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セイレーンと漂流Days  作者: みつつきつきまる


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43 夏の夢


 太陽の光が眩しい。


 暑いとも言えるような陽気。


 じりじりと背中を焼く砂。さざなみの子守唄。


 僕は砂浜で大の字になって、空を流れる白い雲を眺めていた。


 さっきお昼を食べたばかりなのに眠気を誘うような空気。時間という概念が消え去ってしまったようなこの場所で、僕はただまどろんでいた。


 このまま時間が過ぎなければいいのにな。


 時間が過ぎなければ、この先の事も考えずにここにいる事が出来るのに。


 難しい事を考えずに、楽しい時間が過ごせるのに。


 しかし現実はそうもいかない。


 僕が帰るのか帰らないのか、その決断をする最終期限が来週に設定されてしまった。あと五日。決断をするには長いのか短いのか。もっとも、決断するなら早い方がいいだろうけど。


 とは言え、言ってしまうと『帰らない』という決断をするのは難しい。学校であるとか、両親であるとか、友達であるとか、残して来たものが大きすぎる。それを無視できるほど、僕は世捨て人じゃない。


 反面、その決断をした時に失う物も、負けないくらい大きいような気がする。


 こののんびりとした空気や、温かな空気、そして何より——


「ショウさん」


 僕が失うかもしれない最大の存在であろう。陽光に負けない金色の髪を輝かせながら、波間の宝石よりも優しい笑みを浮かべるレネ。


 そんないつも通りのレネの表情に、胸が苦しくなる。


 僕が体を起こすと、レネは隣に腰掛けた。


「今日も気持ちいいですね」


 潮風に髪を揺らしながら目を細めるレネ。


「そうだね」


 僕はレネの顔を見つめる。


 僕は昨日、家に帰る事が現実的になった時に、はっきりと感じた事がある。それは、僕のレネへの気持ちだ。


 正直言って、こんなに可愛い女の子が近くにいる状況とか、少し官能的な状況だとかに浮かれていた部分はある。僕も健康的な男子だし、すけべ心を抱いていた事は白状する。


 でも、昨日の温泉での一件や、ママであるレインさんの家での一件を通して、それだけではない気持ちが芽生えている事を確信した。


 僕はレネの事が好きなんだ。この、心優しいセイレーンに、心から惹かれている。


 だから決断できずにいる。帰らなければならないけども、レネと離れたくない。


「セイレーンが歌わない限り、ずっと天気はいいのかな?」


「もう。やめてくださいよ」


 頬を膨らますレネが可愛い。


「でも、嵐の後はお魚さんがよく釣れますよ」


「そうなの?」


「そうです。以前はこれくらいの」


 言うとレネは両手を広げて大きさを示す。一メートル以上はありそう。


「これくらいのお魚さんをママが釣り上げたんですよ」


「さすがにそれは大きすぎるよ」


「釣り上げるのに四時間かかったようです」


「本当かなぁ。でも、ママはパワフルそうだからあり得るかも」


「ふふっ。ママって」


「あ、つい」


 口に手をあてて笑うレネ。


 こんななんでもないやりとりが楽しい。


 レネもそう思ってくれているのか、柔らかい笑みを浮かべ続くている。レネも楽しく、心地よく思ってくれていれば嬉しいな。


 この空気感がずっと続けばいいのに。この何も起こらない日常の中、何でもない会話しながら過ごしていたい。レネとずっと一緒にいたい。


 レネはどう思っているんだろうか。僕が帰る事、それに僕の事——


「時折ここにはイルカも来てくれるんですよ」


「へぇ、そうなんだ」


「十匹くらいの集団で来てくれて、お腹を見せてくれたり、とっても人懐っこいんですよ」


「僕も見てみたいな」


「毎年もうすぐ来てくれる時期ですね。その時になったらいつもセラが一緒に泳ぐんだって、張り切っちゃって」


「セラさんって子供っぽいところあるんだね」


「そうなんですよ。セラは私と同い年ですから。リンやイナよりは子供っぽいところがあります」


「レネも子供っぽいところあるよね。釣りに夢中になったり、甘い物に目がなかったり」


「・・・ショウさんが美味しく作ってくれるのがいけないんですっ」


 拗ねるように唇を尖らせるレネが可愛い。


 そして何でもない会話をしながら、二人ともが意図的に避けている話題がある。


 僕が帰るのかどうか、という話題。


 口に出してしまうとどうしてもそれについて考えなくてはならなくなる。そして考えてしまうと、決断しなければならなくなる。


 こうやって話題を避ける事で、僕は決断を先送りしようとしている。


 男らしくない。それは分かってる。


 でも、レネの気持ちを知らずに決断出来るだろうか。少なくとも悪感情は持たれていないようだけど、もし仮に——本当に仮に、僕に好意を持っていてくれたとしたら、僕はその気持ちを無視出来るだろうか。


 いや、無理だな。


 だったら、僕の気持ちも伝えず、レネの気持ちも聞かずに、いい思い出として心に留めて別れた方が二人のためなのだろうか。


 夏の長い夢だったのだ、と。


 僕は再び砂浜に大の字になる。考えれば考えるほど分からない。


 そんな僕の手に小さなレネの手が触れる。


 温かくて柔らかい手。その感触は確かにここにある。


 そして、レネの天使のような笑顔は確かにここにある。


 覚めるにしては温かすぎる夢だ。






 


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