42 その時は
じー・・・
見られてる。
にこにこと平和そうな笑顔で、レインさんにじっと見られている。
今この部屋には僕とレインさんしかいない。レネとセラさんはキッチンにいるし、リンさんとイナさんはレインさんに用事を頼まれて外に出ている。
レネのお母さんと向かい合って二人きりという状況。
なぜか分からないけど、冷や汗が背中を流れる。
どこの馬の骨か分からない僕を値踏みするわけでもなく、娘に近づく不埒な男を追い返すでもなく、ただただ、レインさんは可愛らしい笑顔を僕に向けている。
逆に怖いんですけど。
そして何も言ってくれない。どうやら敵意は向けられていないみたいだけど、実際にはどう思っているかは分からない。
でも僕としては、レネのお母さんとは少しは距離を詰めておきたい。何があるかわからないし。
「あ、あの。レネのお母さん」
「ママって呼んで♡」
「あの、レインさん」
「ママ♡」
「えっと、その」
「ママでーす♡」
「・・・ママ」
「そうそう。よく出来ました♡」
何だろう。調子狂うなぁ。
にこにこ度が増したレインさん。いや、ママ。
つくづくレネに似てるなぁ。レインさんと話していると、未来のレネと話しているようで不思議。レネも将来こうなるのかな。
将来、か。
「あのレイ——ママ、一つ聞きたいんですけど」
レインさんに笑顔で睨まれたので、言い直す。
「ママは、レネに女王の座を引き継いでもらいたいですか?」
しかしすごい話だな。女王とか。
「んふふ。まあね。可愛い娘に跡を継いでもらいたいけど、本人が嫌なら仕方ないけどね」
レインさんはうふふと笑う。
「さっきも言ったように、女王ってのはただの通称でね。実際にはただのセイレーンの代表者ってだけで、偉くも何ともないのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。だから何の権限もないし、何かを徴収してるわけでもない。仕事的には大した事はしてないのよ」
「へぇ。あれやれこれやれとか、命令とかしないんですか」
「する訳ないわ。お願いする事はあるけど、それは何の役割もない人と一緒。だから、娘には引き継いでもらいたいけど、何のメリットも無いしね」
レインさんはやれやれと頭を振る。
「でも、レネは悩んでるんですよね」
「そうみたいね。ほら、あの子責任感が強いから、悩んでるんだと思う。引き継ぐ事が自分の役割だって思ってるのかもね」
「その役割って、レ——ママの家系で代々引き継がれてるんですか?」
「うん。そうね。でも、たまたま代々私たちの家系で継いでるだけで、他の人に渡してもいいんだけどね。こんな事やりたがる人もいないし、体良く押し付けられてるだけかもね。女王って持ち上げられてさ」
はあ、とため息をつくレインさん。
「私は楽しいからいいんだけどね」
不満さが隠せていませんよ。
「だからレネが断ってもいいかな、って思ってる」
「そうなんですか?」
「それに」
レインさんの表情に薄く影が落ちた。
「レネには私と同じ気持ちになってほしくないしね」
そう言って僕を見る。
「同じ気持ち?」
「ええ。さっきは平気だって言ったけど、本当は大好きな人と一緒にいたいもの。あの頃は毎日泣いてたわ。レネが産まれるまで」
「そうなんですか?」
「そうよ。それまで一人だったけど、それからは余計に孤独になっちゃってね。皆んなが慰めに来てくれたけど、あの時は辛かったわ」
レインさんんお目が悲しげに曇った。
「あの人が未だに私を想ってくれてるってのもね。私は忘れてもいいって言ったんだけど、ずっと私を想ってくれてる。それに応えられないってのもあって、自分を責め続けたものよ」
「そうなんですね。レ——ママは明るいから、全て乗り越えたのかと」
「そんな訳ないわよ。私だって女の子よ♡」
レインさんが悪戯にウインクした。やっぱり可愛いな。ママ。その人がレインさんを好きになる気持ちも分かる。
「でも、これはレネには内緒ね。私がこんな風に思ってるって考えたら、気持ちが変わってしまうかもしれないし。ママとしては、レネには自分のために考えてほしの」
だからレネの前では平気な顔してるのか。
「だから」
レインさんは僕の両手を取ると、目をじっと見てきた。
少しドキッとする。
「その時はよろしくね♡」
向日葵みたいな笑顔で言うレインさん。
その時って何だろう。僕に出来る事があるだろうか。
「何の話ですか?」
その時レネとセラさんが鍋を抱えてキッチンから戻ってくる。
「お?レネ、レネママに小僧を取られるぞ」
手を取り合って見つめ合う僕とレインさんを見て、セラさんが揶揄ってくる。
慌てて手を離そうとするものの、とっさに強く握られ、逃げる事は叶わず。
「ふふ♡それもいいわね」
いや、勘弁してくださいよ。まあ、さっきの話を聞く限り、レインさんと相手の方の想いは強そうだからはそんな事は無いだろうけど。
「それは困りますね」
レネも冗談めかして言う。
「でも、私の事ママだって♡」
それは言わされたんですよ。
「ほう・・・ママって事は・・・」
セラさんが目を細める。
「お兄さんですか?」
「ちげーよ」
「ふふふ。男の子も欲しかったのよね♡」
「じゃあ丁度いいじゃん。もらっちゃえば」
「そうしようかしら」
「いや、勝手にもらわれても」
「私のお兄さんになるんですか?」
「だからちげーって」
「だったら弟ですか?」
そうこうしているうちにリンさんとイナさんも帰ってくる。
「どうしたのかな?盛り上がって」
「お?坊主がレネママも狙ってるのか?ママと娘同時に狙うって、変態かよ」
「そんな訳ないでしょうよ」
豪快に笑うイナさんに抗議する。確かにママも可愛いけども。
「でもママと仲良くなったみたいで、嬉しいです」
レネは真っ直ぐな笑顔を見せる。僕とレインさんの仲について心配していない模様。まあ、レネならレインさんとパパにあたる人の絆を理解しているだろうし。
少しヤキモチ焼くかなってちょっと期待したんだけどね。
それから僕ら六人はレネとセラさんが作ってくれたポトフを食べる。そう言えば、僕がレネに助けられて初めて食べたのがこれだったような。
少し思い出しながらも、あの時とは違う状況に少し感動を覚える。
大人数で囲む食卓っていいね。賑やかで温かい。
そうしてみると、ママはママなんだなと思う。周りに気を配ったり、気にしてくれたり。レネが少し甘えたような様子を見るのは、少し新鮮だった。
そして、食後のデザートは僕が作る事になる。
材料の関係でプリン。事前に分かっていれば用意したんだけど。
「あぁ〜。甘いです〜」
「レネはいつもこんな甘い物を食べてるの?」
「やっぱり美味いな」
「なるほど。これでレネの心を掴んだわけか」
「オレの心も掴まれたぜ」
甘い物を食べている時は平和でいいな。表情を溶かす五人を見て、思う。
作った物を美味しいと言って食べてくれる様子を眺めるのは、この上ない幸せ。
それだけでお腹いっぱい。
「嬉しそうね。ショウ君」
レインさんがママの顔で僕に言う。僕の本当の母親なんじゃないかと勘違いしそうな、優しい表情。
それからしばらく和やかな空気が流れたあと、
「あ、そうだ」
レインさんが何かを思い出す。
「どうしました?」
レネがレインさんの顔を覗き込む。
「忘れるところだったけど、来週船が来るのよ」
「いつもの船ですか?そう言えばそんな時期ですか」
「そうそう。いつものタイミングなんだけど」
レインさんはそう言って、改めて僕を見る。
「ショウ君が帰るなら、そのタイミングになると思うんだけど」
「・・・」
「ああ、そうか」
「そうなるのか」
「逃すとまた待つ事になるからな」
「ら、来週?」
急な話に心の整理がつかない。まあ、いつかは帰る時が来るとは思っていたが、一気にそれが現実となる。
整理しなければならない事が多い。
僕は戸惑いながら、隣のレネの横顔を眺める。
「だから、それまでにいろいろ決めておいてね」
レインさんは僕を——僕とレネの顔を眺めながら言うと、プリンを口に運んだ。




