41 ママ
「あ、あの。僕、れ、レネさんとは仲良くさせてもらっていて。ええと」
「まあ落ち着け、少年。結婚の挨拶みたいだぞ」
異常な緊張に襲われた僕が立ち上がってたどたどしく挨拶するのを制すリンさん。
今はお母さんの隣にリンさん。対面に僕とレネ。少し離れたスツールにセラさんとイナさんが座っている。
レネに促されてソファに座り直す。
そんな様子を見ながらコロコロ笑うレネママ。そんな表情もレネにそっくり。ついでに、そのタンクトップに包まれたものもそっくり。
「彼が噂の彼なの?」
目をキラキラさせたレネママ。レネではなくリンさんに聞いている。
「ええ、そうです。少しスケベなだけで、悪い男ではありませんよ。レインさん」
少しスケベって何。
「そうだな。一緒に風呂に入るくらいだし」
「一緒の布団で寝てたのを見たぜ」
「あらあら」
少女漫画の主人公かってくらい目を輝かせる、レネママ——レインさん。
「仲がいいのね♡ママ、嬉しい♡」
「はぁ」
見た目はそっくりだが、リアクションがレネとはまるっきり違う。両手を合わせて遠くを見ている。
「それでそれで」
レインさんは前のめりになって僕とレネを交互に見る。
「二人はどこまで行ったの?」
「ちょ・・・」
「ママ!」
母親が言う事かね。
「チュウは?チュウはしたの?まだ?ダメよレネちゃん。もたもたしてたら他の人にとられちゃうんだから。恋は先手必勝だって教えてあげたでしょ?」
何か話が変な方向に。
「ぐいぐい押せる時に押さないと。せっかくそんな大きなおっぱいがあるんだから、それをちゃんと活用しないと。男の子はおっぱいが好きなんだから、飾ってるだけじゃ勿体無いわよ?おっぱいで押さないと」
そりゃ好きですが。でも、あまりおっぱいおっぱい連呼しないで。
「それはもちろんそうだ」
イナさん、今は黙ってて。
「それに、ちゃんと言葉にはしたの?男の子って鈍感だから、ちゃんと言葉にして伝えないと理解してくれないわよ?空気で理解してくれるだろうって思ってたら、あっと言う間に掻っ攫われるんだから」
レインさんは拳を握って力説している。僕もレネも、どう答えたらいいかわからない。
「ピロートークって言うんだろ?」
違うと思うよ。セラさん。
「私の魅力に気づいてくれるはずだ、なんて余裕ぶってたら、結局寂しい思いをする事になるんだから。それが嫌なら、ちゃんと目を見て、素直に気持ちを伝える事ね」
まあ理にかなっているし、僕にも言える事かもしれない。
「そうねぇ。最後は既成事実かしら」
いきなり飛躍した。
「ママ!そんな事を聞きに来たんじゃありません!」
レネが抗議の声をあげるが、レインさんは止まらない。
「ママが若い頃もね〜うっかり歌って嵐を呼んじゃったら、船が沈んじゃって」
どっかで聞いた話だな。
「逃げ遅れた人を助けて島で看病してたんだけど」
やっぱりどっかで聞いた話。
「最初はね・・・私のせいで辛い想いをさせちゃったから、どうにかして助けなきゃって必死で、それこそつきっきりでお世話してたんだけど」
つくづくどっかで聞いた話。レインさんは語りながら、少しずつ頬を染めて行く。
「また始まったよ。レネママののろけ」
「こっちがくすぐったくなってくらぁ」
イナさんとセラさんがぼやいている。
「いつの間にか、ね。彼の優しさだとか、彼の明るさだとか、まっすぐさとかに惹かれて・・・ね♡それに、彼も私を想ってくれていたし、結局は私から攻めて——って、私なんでこんな事をっ♡」
真っ赤な顔を両手で抑えるレインさんがなんか可愛い。恋する少女みたいに悶えている。
「でもママ」
レネが口を挟む。茶化すわけでもなく揶揄うわけでもない、真剣な表情。
「その人と一緒にいられないのに、ママは寂しくないんですか?」
一度レネに聞いた事があったな。愛し合っていながら、離れなければならなかった二人の事。
「寂しい?どうして?可愛いレネちゃんもいるし、皆んなもいるわ」
ケロっとしているレインさん。
「でも、愛する人と一緒にいられないのは——」
「一緒にいないだけで、あの人は未だに私を愛してくれているわよ。連絡もくれるし、会いにもきてくれる。会う度に一緒に来てほしいって言われるの、レネも知っているでしょう?」
「はい。彼は——パパはママの事を愛してます」
「だから今はそれでいいの。一緒にいられないのは、私の事情でもあるしね——」
そこまで言って、レインさんはレネの目を真っ直ぐ見据えた。恋する乙女の目ではない、温かな母親の目。
「それを話しに来たんじゃないの?」
口元に笑みを浮かべる。
「女王としての役割を引き継ぐかどうか」
「じょ・・・」
思わず声が漏れてしまった。レネって、女王の家系だったのか。
「女王って言ってもね、実際は村長とか、組合委員長とか、そんな感じなんだけどね」
肩をすくめておどけるレインさん。僕はただただ、口を真一文字に結んだレネの横顔を見る事しかできなかった。
「その事をちゃんと話しておきたいと思いまして」
背筋を伸ばして凛として言う、女王の娘レネ。そう聞くと高貴な感じに見えるから不思議。
「十七歳になるまでに決める、って言ってたわよね?まだ時間はあるけど、もう決まったの?」
あれ?レネって十六歳だったんだ。僕と同い年。少し年上だと思ってた。
「決めた——つもりだったんですが」
レネは少し悲しげな顔をした。
「まだ決められません」
「そう」
レインさんはそう言って微笑んでうなずいた。
「私はレネちゃんに無理強いはしないわ。焦らすような事もしない。でも、どっちにしても決まったら早く教えてね」
「はい」
「レネちゃんが引き継げないって言っても、私はかまわないからね」
「でも」
レネが顔を上げる。
「そうすると、ママはいつまでもパパと暮らせない——」
「あら、私は寂しくないって言ったでしょ?私の事は気にしないで、あなたの人生なんだから自分のために決めるのよ」
「・・・」
うーむ。レネが役割を引き受けないと、レインさんはここから離れられないのか。でも引き継ぐと、今度はレネが離れられなくなる。
それで迷っているのか。
レネにはここから離れられなくなる事を躊躇する理由があるのだろうか。
考えていると、レインさんが僕を見ている事に気がついた。
「?」
目が合うとにっこり笑う。無邪気な少女のような笑顔。
どう言う意味だろう。
「さ。この話はこれくらいにして」
レインさんは胸の前でぱんと手を叩く。
「ママ、久しぶりにレネちゃんのポトフが食べたいわ。作ってくれる?」
「いいですよ」
「あらあら。じゃあセラちゃんも手伝ってあげて?」
「アタシもかよ。まあ、いいけど」
レネとセラさんが立ち上がってキッチンに向かう。
「ああ、そうだ。エイミーのところに荷物を持っていかないと。リンちゃんとイナちゃん、頼める?」
「いいですよ」
「いってくるぜ」
リンさんとイナさんが立ち上がる。
「玄関に置いてある箱がそうだから、お願いね」
そう言って二人を見送るレインさん。
あっと言う間に。
このリビングには僕とレインさんだけが残された。
相変わらずレネにそっくりな笑顔でにこにこするレインさん。
どうしよう。また緊張してきた。




