38 儀式
僕たちが連れて行かれたのは小さな社。コンクリート製で、頑丈な作り。小さな窓には分厚いガラスがはめこまれている。
ここでレネが歌を歌うと言う。
なるほど。レネの雨乞いの威力を知っての舞台のようだ。普通の家でも耐えられるのだが——それほどレネの儀式における本気度が見て取れる。
そしてこの社の中央には小さな祭壇。そこに野菜や果物、穀物がそなえられている。日本の神社みたい。
その祭壇を囲むように、正面にレネ。対面に村長さん。その背後に数人の若い衆がそれぞれ座っている。一見無関係そうな僕は、レネにぴったり寄り添って座っている。
・・・若い衆の視線が痛い。だって、レネがここにいろって。
居心地の良さと居心地の悪さが同居するこの社の中には、他には誰もいない。子供達や他の若い衆はもう一つある社につめこまれており、セイレーン三人娘は取り巻きをつれてどこかへ行ってしまった。『酒だー』や『飲むぞー』って台詞が聞こえたような気がするけど、まあ放っておこう。
しん、と静まり返る社の中。外の風の音すら聞こえない。
そんな中髭が擦れる音。
「では、そろそろお願い出来ますかな。女神様」
「はい」
レネが小さく答える。ふぅっと息を吸い込む音が聞こえた。
〜♪
美しいレネの歌声。皆の心の中に入り込んで、淀んだ物をすべて浄化してくれるかのような、鈴の音よりも澄んだ歌声。
一音一音指で辿るように丁寧に社の空気を震わす。それらが壁に跳ね返って、共鳴し、眩暈がしそうなリズムに体全体が捕らわれる。
その場にいた全ての者が、その歌に魅了されていた。
僕も、その歌にも、その歌を紡ぐレネの姿にも魅了されていた。
ただ——
〜♪
何だろう、以前聞いた歌とは何か違う。どう言えばいいのかわからないが、同じメロディを紡いでいるのに、『色』が違うような。『中身』が違うような。そんな不思議な感覚。
どういう事だろうか。
僕が一人頭を捻っていると、ぽつり、ぽつりと屋根に雨粒が当たる音が聞こえる。
その音を聞いた村長さん達の顔がぱっと華やぐ。・・・村長さんは表情の違いがよくわからなかったけど。
そして雨粒の音が断続的なものから、連続的なものに変わり、まるで一つなぎの音のように村に響き渡った。
雨乞いは成功。さっき聞いた話では、この村には二ヶ月雨が降っていないらしい。そのため、作物への影響が計り知れず、雨乞いと称してセイレーンの、というかレネの能力を借りることとなったと言う。
正に恵の雨。
しかし、レネの能力がこれで終わるとは思えない。
遠くから雷鳴が聞こえてきた。それは次第に大きくなり、ほぼ真上で鳴り響く。
そしてそれに負けないくらいの風の音。巨大な怪物の唸り声のような音に、社そのものが揺れているようにも思える。
それと同時に、社の屋根を叩く雨音も大きくなる。断続的に爆竹を鳴らすような。そんな轟音。
でも、僕には以前のような激しさは感じなかった。嵐には違わないが、以前僕が経験した嵐に比べれば、ごくごく普通の範疇に入るものだ。
小さなガラス窓から外を確認しても、前が見えない程の嵐でもない。どちらにせよ、傘は役には立たないだろうけど。
うーむ。レネの歌にもコンディションとかあるのかな?そう言えば以前のレネは、自ら歌いたい衝動にかられて歌ったんだった。それに対して今は、お願いされて歌っている。その辺の心理的な変化が、結果に影響を及ぼしているのかもしれない。
ともあれレネは歌い終え、優しく微笑んだ。若い衆から小さなどよめき。
その笑顔でさえ魅了してしまうレネは、もはや罪。
「ありがとうございます。女神様」
村長さんと若い衆が深々と頭を垂れる。
これにて、雨乞いの儀式、もとい、レネの能力による必然の儀式が終了した。
とは言え、まだ外に出られる状態ではないので、しばしの歓談タイムとなる。
レネが村長さんと話ていたり、勇気をだした若い衆がレネに話しかけたり、軽い敵意を向けられながら僕が話しかけられたりと、穏やかな時間が流れる。
こんな事を聞いてくる人もいる。
「め、女神様!あの、このガ——いや、この方は女神様にとって何なのでしょうか?」
今『ガキ』って言いかけたな。
「先程も言った通り、大切な方です」
レネの答えには淀みがない。おかげで僕は誇らしくなってくる。大切な甘いもの担当者ですけど。
「し、しかし、このガ——いや、この方が女神様に見合うとは思えません!ただの地味なだけの方じゃないっですか!」
また『ガキ』って言いかけたな。それに、地味ってやめろ。
「見合うかどうかは私が決めます。この私が大切にしたいと決めたのです。それに——」
レネは言葉を切ると、たおやかな聖母のような微笑みを浮かべ、お腹に手を当てた。
「ここには新しい命が・・・」
え?
え?
若い衆と僕は同じ表情をしていただろう。目を見開いて、口をあんぐり開けて。
「ですから」
レネは言って、僕の腕をとった。
「私たちを見守っていてもらえますか?」
僕の肩に頭を預けてそう言った。
それを聞いた若い衆は涙を流し、床を叩いて悔しがる者すらいた。啜り泣く声に雨音が混じる。この瞬間が、いくつかの恋が破れた瞬間でもあった。
レネは僕の方を見ると、他の人に見えないように小さく舌を出した。
ああ、そうか。そうだよな。びっくりした。方便って奴だよね。いつの間にか僕がやる事やっちゃったのかと思ったよ。
まあこれで、レネに言いよる男はいなくなるだろう。
・・・別の噂が流れそうだけども。
雨が弱まったのを確認した僕たちは、圧迫感のある社を出る。レネ話によると、弱まってしとしと降る雨は一週間ほど続くらしい。以前は爆発するように雨が降り、あっと言う間に晴れ上がったが、やはり心理状態が影響しているらしい。
僕はレネと一つの傘に入る。冷やしてはいけないと注意され、レネの腰を持って引き寄せる。そして、僕に密着するレネ。何か、いい。
そして僕たちは、葬式のような若い衆を引き連れて村の集会場までやって来た。セイレーン三人娘はここにいるらしい。
平和にやっているだろうか。あの三人は何か不安だな。
そう思いつつ扉を開ける。と、
「おう、レネ、少年。終わったかな?」
「もうこっちはすっかり出来上がってるぜ」
「ケッ、つまらねぇ」
死屍累々。酩酊状態の男女が床を埋め尽くしている。ああ、あれはリンさんの取り巻き。こっちにはセラさんを慕う特殊性癖の人たち。そして、イナさんをお持ち帰りしようと息巻いていた屈強な男達の姿もある。
そしてあちこちに散らばる、ビールの空き缶や空き瓶。ビールでない酒瓶。
「こ、これは、何があったの?」
惨劇と言ってもいい状況に、僕はようやく声を絞り出す。
「困りましたねー」
レネはそう言いつつも、さほど困っていなさそう。
「うーんと、だな」
言ったのはイナさん。イナさんが原因なの?
「飲んでたら気持ち良くなっちまってな。一節歌ったら、こうなった」
「イナの歌は人を酔わせるからな」
セイレーンの歌の威力。イナさんの歌にはそんな力が。
レネの歌は嵐を呼び、セラさんの歌は心を奪われ、イナさんの歌は人を酔わせ、リンさんの歌は——
「リンさんが歌うとどうなるの?」
黒髪の悪魔様に尋ねる。そう言えば知らない。
リンさんは大袈裟にギターを弾く真似をすると、
「私が歌うとだな、船に呪いがかかる」
え?呪い?一人だけ何か違わない?
「何なら三日で沈む呪いをかけた筏に乗って帰るかい?少年」
それは、ちょっと勘弁して下さい。




