37 辺境の村
「この度はありがとうございます。女神様」
そう言ったのは白髭で頭には髪の毛のない、しわくちゃなおじいさん。
しばらく海を超えて、現れた大陸にある小さな村に僕らは来ていた。数十人の村人が迎える中、そのおじいさんは村長か何かだろうか。
この村の生活レベルと言えば、レネ達とさほど変わった様子はない。僕の元の世界のように発展しているわけではないが、最低限の生活用品は揃っていそう。
だが、なんだか土地がひび割れて痩せ細っているように見えるのは気のせいだろうか。
「ご無沙汰して申し訳ありません」
レネは丁寧に言って翼をしまう。
レネにしがみついている事に気付き、僕は慌てて離れる。
「女神様はお怪我をされたそうで・・・もう体調は万全ですかな?」
「おかげさまですっかり元気です」
村長さんの言葉ににっこり笑みを浮かべるレネ。そう言えばこの村の人達は、レネ達がセイレーンだと知っているのだろうか。
翼を広げて飛んできたんだから、只者ではないとは思っているだろうが。本当に女神様だと思っているのだろうか。
「わーい、女神様!」
「女神様!」
子供達がレネに群がってくる。三歳から五歳くらいの男の子や女の子達だが、どさくさに紛れてレネの胸を触るな。お尻を触るな。抱きつくな。
不思議と子供達はレネの元にしか集まらない。他の三人の元には、
「きゃー!リン様こっち向いてー!」
「おー。順番だぞ順番。撫でてあげるから順番に並ぶのだ」
リンさんの元には若い女性達が。黄色い声援を浴びて満足そう。確かに格好いい系のリンさんは女性人気がありそう。
「イナ!今日こそは負けねぇぞ!今日こそは酔い潰して介抱してやる!」
「ふーん。あんたらに出来るかな?オレを酔い潰す事が出来たらお持ち帰りされてやるよ」
屈強な男達を前に挑発的なイナさん。酒の飲み比べだろうか。
あの砂浜で大いびきをかいていたのは誰だったかな?
「あぁ、セラ様・・・どうか私を罵倒して下さい」
「消えろ、クズ共が。◯すぞ」
「あぁ・・・もっと!もっと激しいのをお願いします!」
特殊な性癖の男性に懇願されながら囲まれるセラさん。どちらかといえば迷惑そう。
・・・どうやら女神様はレネ一人らしい。
そうして呆れながら三人の様子を見ていると、子供達が僕の方を見ているのに気づいた。不思議な物を見るような目で、
「ねえ女神様。このひとだれ?」
「さっきくっついてたよね?」
「女神様のカレシ?」
「このひとのこと好きなの?」
子供の素直さというのは恐ろしい。大人なら気を遣って簡単には聞けないことを純粋な目で平気で聞いてくる。
さて、これにレネは何と答えるのか。僕は興味深々だ。
レネは美しい金色の髪を翻し、それこそ女神のような笑みを浮かべる。
子供達を見渡して、
「この方は、私の大切な人ですよ」
丁寧に言い聞かせるように言った。
おお、と小さなどよめきが広がる。
なるほど。大切な甘いものを担当する人、と。さっきそう聞いたので僕はそう思うだけだが、先程のやりとりを知らない人からしたら、別の意味に聞こえるのも無理はない。
「やっぱカレシなんだー」
「わー、女神様のカレシー」
「ねーねー、チュウしたの?」
わ、わ、今度は僕に群がってきたぞ。爛々とした純粋な目で僕を見ないでくれ。実際そんなんじゃないんだから。そうなりたいと思ってはいるけども。
「あー、赤くなったー」
「ほんとだー」
「ねえ、チュウしたの?」
僕が答えられないでいるとやんやと囃し立てる子供達。
「皆さん、これくらいにしておきましょうね。ショウさんも困っていますから」
「はーい。ショウくんまたねー」
「ショウちゃんバイバーイ」
「はやくチュウできるといいねー」
などと言いつつ子供達は村長さんの後ろに戻ってゆく。
その様子を見ていた村長さん。顔がしわくちゃすぎてよく分からないが、微笑ましい光景に笑顔を浮かべているらしい。
「ほっほっほ。子供達が元気で申し訳ありませんな。女神様。それと、お連れの方」
この村長さんが僕とレネの関係をどう判断したのかは定かではないが、敬愛する女神様に群がるゴミムシ、などとは思われていないようだ。
反面、
「くそ〜女神様カレシいたのか・・・狙ってたのに・・・」
「あんな地味な男のどこがいいんだ」
「今日こそは想いを伝えようと・・・」
「女神様とあんな事やこんな事を・・・羨ましい」
「どうにか別れさせる手は無いものか・・・」
村長さんの後ろになにやらよくない空気が。嫉妬やら妬みやらが渦巻いた禍々しい視線。そんな物が僕に向けられている。
いや怖い。やめて。
「なあ、少年」
僕が毒気に満ちた空気に慄いていると、村の女性陣から抜け出したリンさんが僕に耳打ちしてきた。
「レネはここの男共に言い寄られて迷惑していたからな。君がレネの大切な人だとわかれば、彼らも引き下がるのではないかな?」
島の男達の気持ちはよく分かる。こんなに可愛くて魅力的でスタイルの良い女神様とお近づきになりたいと思うのは男の性だ。僕も認める。
だが、レネはそんな状況にも困り果てていて、その対策として僕を連れてきたのだろう。リンさんの説明からはそう感じ取れる。
「僕がレネの彼氏のフリをすればいいって事?」
「実際の彼氏でもいいがな」
「ふぐぅっ!そう思われるように頑張りたいところだけども」
僕はなれるなら是非ともなりたいところだけども、レネはどう思っているのだろう。そんな風に思って迷惑じゃないかな。
「はっはっは。頑張れよ少年!」
リンさんそんなにばしばし叩かないで。後ろの女性陣が僕を睨んでるんですけど。
「なぁに?あの男。リン様と馴れ馴れしい」
「そうよ。私のリン様なのに」
「え?私のリン様でしょ?」
「私のリン様に決まってるじゃない!」
ああ、向こうは向こうで内紛が起こってしまった。優雅にリンさんが仲裁に向かう。
何か、僕、いろんな人を敵に回してない?
「ほっほっほ。騒がしくて申し訳ないですな」
本当にそう思ってます?
「では早速、女神様のお力をお借りしたい」
村長さんがレネに言う。
「わかりました。いつものような形でいいですか?」
「はい。お願いします。では、儀式の場所にご案内いたします」
村長さんは言うと、くるりと向きを変えて歩き出した。その後ろを子供達が続き、その後ろを僕とレネ。その後ろを、禍々しい空気をまとった男性陣。
いずらいな。
「ねえ、儀式って何?」
村長さんの言葉が気になる。
「私達が呼ばれるのはその儀式のためです。もっとも、その儀式に必要なのは私だけですが」
「でも皆んなで来るんだ」
「私を一人にすると危ないとか——そんなに子供では無いのですが」
なるほどね。レネを一人にすると色々な意味で危険だって事は皆んな分かってるんだ。何だかんだで友達想いじゃないか。
そんな三人はそれぞれの取り巻きをつれつつ、最後尾をついてくる。
「それで、何の儀式なの?」
レネだけが必要な儀式。
「雨乞いの儀式です」
レネは短く言うと、そっと僕に腕をからませた。
う・・・後ろの空気の禍々しさが増したような。




