34 シャワー
「いや、さすがにダメだって」
「そんな事言わずに。足が痛くて出来ないんです」
「それは分かるけどさ・・・僕がやるわけにはいかないよ」
「でも今はショウさんしかいませんし・・・ショウさんにお願いしたいんです」
「いや・・・やっぱり僕じゃダメだよ」
「そんなに嫌ですか?」
「嫌な訳ないよ。でも、良くないよ」
「本当にダメ・・・ですか?」
「うっ」
家に帰ってきて、ダイニングの椅子に座ったレネに潤んだ瞳で見上げられ、僕は言葉を失う。
女の子はどこでどうやって男に言うことを聞かせる方法を覚えてくるのだろうか。そんな顔で上目遣いで見られたら、世界の九十九パーセントの男は喜んで言う事を聞くに違いない。
しかも、白いビキニ姿だ。
だから、レネには僕に何でもお願い出来る権利を得るために、怪我をしてまで勝負なんかする必要は無かったんだ。
そうやっていつもは無条件に言うことを聞くけど、今回ばかりは違う。
「海に入って体がべたべたなんです。シャワーで体を洗ってもらいたいだけなんです」
いや、それが問題なんだよ。僕にレネの体を洗ってもらいたいって?レネ、僕の理性を破壊しに来てる?
「足が痛いんで、自分では出来そうもありません」
「本当に出来ない?」
「出来ません。出来なくて困っています」
うーん。僕が下心があって手伝うんじゃなくて、困ってるから手伝うっていう予防線張ってくれるのは嬉しいんだけど、どうしても出てきますよ。下心ってやつは。
なんせ、レネの素肌を直接ごしごしでしょ。一糸纏わぬレネと密室で近い距離で。
やっぱりマズイでしょそれ。
いや、やりたくないって意味じゃない。勿論。
本音を隠さずに言えば、『丹念に隅々まで洗わせていただきます』だけども、そんな光景を目にして冷静でいられる自信がない。おかしな態度だったり、おかしな身体的変化が起こったりして、レネに嫌われたくない。それに、我を失った僕がレネを危険な目に合わせないか、っていう不安もある。
そうなる恐れがあると思うから、僕は断っているんだけども。
「今日だけ、ですから」
中々引き下がってくれないレネ。レネは時折強情だ。
しかし、レネはなぜこんなに執拗に言って来るのだろうか。そんなに僕に体を洗ってもらいたいのか、それとも、本当にただ困っているだけか。
困っているだけだろうな。思い上がったらいけない。
「お願いします。ショウさん」
手を合わせるレネ。どうしてもシャワーが浴びたい、という意味だろう。
「それってさ、さっきの勝負であった、何でもお願い聞いてあげるっていう権利の行使でいいっ事?」
そうならばまだ、理由づけにはなる。
「違います・・・あれは別の事を・・・」
レネはごにょごにょ言っている。ともあれ権利を行使するつもりはないらしい。
「だから、お願いします!」
「あー」
何だろうこれ。女の子に体を洗ってくれと懇願される日が来るとは思ってもみなかった。でも、こんな経験はもう無いだろうし、覚悟を決めるしかないのかな。
「・・・分かった」
ファンファーレを流して喜びたい気持ちは隠して。
「でも条件がある」
「条件?」
「うん。まずは、水着を取らない事」
自分で言って自分でがっかりするなよ。僕。
「あとは、背中だけ」
やっぱり自分で言っておいてがっかりしてる。
「そうですか」
こっちも残念そうなレネ。僕にどこを洗ってもらいたいのさ。
それでも気を取り直したレネ。
「ではさっそくシャワーへ」
すっと立ち上がるけども、
「痛っ」
うっかり足をついてしまって、痛みが走った模様。
「足が痛くて歩けません」
言いながらチラチラ僕を見る。
はいはい。分かってますよ。
シャワールームは目と鼻の先なんだけどね。
「今度はこっちがいいかな?」
僕はそう言いながらお姫様抱っこする。腕の中で小さくなったレネが、満足そうに天使のような笑顔を浮かべている。
「じゃあ行きますか。天使様」
「はぁい。お願いします」
結婚初夜にベッドに新婦を運ぶ時はこんな気持ちなのだろうか。まあ、その答え合わせはしばらく先になりそうだけど。
しかしまあ。
熱気で溢れる密室に二人きりって、ちょっとヤバいね。
四六時中頭に血が上っているみたいにふわふわしているし、広くないから圧迫感もある。そして、湯気の向こうにはあられもない姿のレネ。
いや、水着はちゃんと着てるけどさ。
とりあえずレネを陶器で出来た船みたいなバスタブの縁に座らせ、僕は湯船の中からレネの背中の方を向いてスタンバイ。肩甲骨の間にあるミニチュアの翼が可愛らしい。
さてと。まずは熱いシャワーをレネの頭からかけて全身を洗い流す。レネの肌に弾かれた水滴が玉になってゆっくりと流れ落ちていく様は、いけないビデオのワンシーンみたいだ。
ダメだダメだ。こんなところでへこたれていては、僕の理性を守る事なんて出来ない。
無心で。無心でシャワーを流すんだ。
一通り流し終えると、レネは水を含んで輝きを増した金髪をかきあげる。
むぅ・・・その水を僕にかけるのも理性破壊作戦の一環だな・・・僕は負けない。
「じゃあ、まずは髪を洗ってください」
おっと。いきなりの条件破り。背中だけだって言ったのに。
ここで素直に従ってはその条件とやらが有名無実化して無法地帯と化す恐れがあるので、従ってはいけない。分かってるよね?僕。
「・・・いいよ」
断れる訳がないじゃないか。
僕は素直にシャンプーを手に取ると、両手で泡立てる。それをそっとレネの頭に乗せて、優しく頭皮のマッサージを始める。
僕は今、レネの頭皮を揉んでいる。
柔らかい頭皮。あまり強く揉むと壊れてしまいそうなか弱さ。それに、この細くて柔らかい金髪。国宝でも扱うような慎重さで一本一本丁寧に洗う。
確かに海水のせいで少しゴワゴワしてるな。女の髪の大敵に違いない。
「気持ちいいです〜。もっと強くていいですよ」
そんな少し鼻にかかった声で言わないで。希望には応えますから。
「これくらい?」
「そうですそうです・・・ああ・・・自分ではなかなか出来ないんです」
髪を洗って感想を聞いているだけなのに、僕の理性への攻撃力は何だろう。
僕はそんな攻撃をどうにか防ぎながら、シャンプーを洗い流し、リンス、トリートメントと丁寧に髪の毛をケアする。
それらを洗い流してひと段落。
ふう。これだけでも僕にはかなりのダメージだ。しかし、メインイベントはこれから。
「あ、やっぱり邪魔なので取ってしまいますね」
もはや条件破りの無法地帯と化したシャワールームで、レネはあっさり水着を外す。お願い、こっち向かないで。
「レネ・・・水着外さないでって言ったよね」
「下は履いてますよ?」
レネが屁理屈を言っている。確かにそうだけども。
とは言え取ってしまったものは仕方ない。僕はスポンジにボディーソープを取り、薄目になってレネの背中と対峙する。
シャワーのせいでほんのりピンク色したレネの背中。背中越しに横から丸いものがチラチラしているような気もするが、それを気にしてはいけない。理性が持って行かれる。
僕は心を無にして、レネの背中をスポンジで撫でるように洗う。
「ショウさん、くすぐったいです」
レネが身を捩る。
危ない危ない。横から溢れる。
「ご、ごめん、何か・・・綺麗でさ」
あまり強く擦ると傷つけてしまうような、そんな気がして力を入れられなかった。
でもそうか、洗うって決めたんだからしっかりと洗わないと。理性とか関係なく、自分の役割を果たさないと。
僕は心を入れ替えて、役割を全うするモードへと切り替える。
不思議と邪な気持ちを忘れる事が出来た。
「はぁ・・・誰かに背中を洗ってもらうって、気持ちいいですね・・・」
せっかく邪の気持ちを忘れたのにそんな扇情的な事を言わないで。
ため息と共に気持ちを入れ替える僕。ふと、目の前のミニチュアの翼が気になった。
なるべく触れないように洗っているけど、どうなっているんだろう。本当に小さな翼がそこにあるようにも見えるし、タトゥーみたいに描かれているだけのようにも見える。
興味本位で触れてみる。
「はぁぅんん!」
レネがびくっと体をのけぞらせた。
「わ、れ、レネ、ごめん!」
浴槽の縁から滑り落ちそうになったレネにお腹に腕を回し、どうにか受け止めて座り直させる。
しかし危なかった・・・危なくその上——なま乳に触れるところだった。そのおかげで泡だらけのレネの背中と僕のお腹が密着しているけども。
僕の理性に気づかれる前に離れておこう。
「い、いじわるです・・・ショウさん・・・はぁ」
「そ、そんなつもりじゃなかったんだ!ちょっと忘れてて・・・」
セイレーンの翼が敏感な部分だとすっかり忘れてた。
僕は誤魔化すように背中の泡をシャワーで洗い流す。
レネはしばらく肩を上下させて呼吸を荒げていたけども、大きく深呼吸して落ち着いたらしい。
「じゃあ、次は私が——」
「ちょっと待って!」
元気に降りむこうとしたレネを静止する。レネはこっちに向こうとした姿勢のまま固まる。
「・・・次は私がショウさんの背中を洗います」
ここはやっぱり無法地帯らしい。でも僕は色々あって疲れてしまった。
「うん・・・じゃあお願い」
素直に背中を向ける。
レネがこっちを向いた気配がする。
背中にスポンジの感触。
「ショウさんの背中っ」
嬉しそうなレネの声。そう言えば、レネは全裸の僕の汗を拭いたりしてたんじゃなかったっけ。そう考えれば背中くらいどうって事ないだろう。
それに背中はさっきから晒してるし。
でもどこか上機嫌なレネ。スポンジは背中だけでなく、首、両腕とその行動範囲を広げてゆく。
なすがままの僕。どうせなら全身くまなく洗ってもらいましょうか。なんてね。冗談だよ。
そう言えば、本当にレネ足痛い?
僕の疑問をよそに、スポンジは僕の背面の侵略を完了。余計に尻まで侵略する勢いだったが、それはどうにか死守する。
行き場をなくしたスポンジは、次にお腹をも侵食を始め、それと共に後ろのレネとの距離も近くなる。
ぽよん。
あ、当たった。当たった。柔らかい何かが。なまの何かが。
我を失いそうになった僕は慌ててシャワーで泡を洗い流し、なるべくレネを見ないようにしてシャワールームを飛び出る。
ダイニングに両膝と両手を着く。
ぽたぽたと体から髪から流れ落ちる雫を拭いもせず、大きく息を吐く。
「少し・・・やりすぎてしまったかもしれません・・・」
シャワールームからレネの呟きが聞こえた。




