33 勝負
一眠りして体力を回復したレネ(僕は消耗した)は、家からビーチボールを持ち出して僕に向かってトスをあげた。
おおっ。ボールが三つ弾んだ。
二つのボールから目を離せないでいると、残った一つがばすんと頭に落ちてくる。
レネがけらけら笑う。
「ちゃんと私に返してくださいよ」
そうは言っても、レネの懐にあるボールの動きが気になって、他のボールに目が行くわけがない。それはレネのせいだよ。
僕は転がって行ったビーチボールを拾い上げ、大きく弧を描いてレネに向けて投げる。
「はーい」
大きく両手をあげて、受け入れ体制のレネ。やけに無防備な姿にドキドキしていしまう。今現在、三つの白い三角形だけが、レネの体を隠している。
それに、そんなに両手を上げると人の急所である脇がむき出しに——そして脇から横乳に繋がる複雑な曲線がどうにも。
レネはその姿勢のままビーチボールを待ち受けると、落ちてきたビーチボールをジャンプしながら弾き返す。
は、跳ねた。なんたる躍動感。レネの二つのボール——もう胸でいいや——胸が上下に激しく揺れ、着地した後も揺れが収まる気配はない。
ほどなくして、僕の頭にボールがぽすんと。
「もー」
レネがお冠。腰に手を当てて頬を膨らます様子も可愛い。
「ちゃんとボールを見ててくださいよ!」
そっちのボールはちゃんと見てましたけど。ちゃんと目に焼き付けましたけど。
「ごめんごめん。ぼーっとしてた」
ぼーっとしてたのは確かだけど、やっぱりレネのせいだと思うな。
僕は再びボールを拾う。それからちょっとした悪戯心が芽生える。可愛い子を困らせてやろう、という幼稚な悪戯心。
「行くよー!」
僕は声をあげてレネに合図を送ると、ビーチボールを右腕で強く弾く。
大きく浮き上がったビーチボールは、レネを飛び越えて海の方へと向かう。レネがそれを見上げながら追いかけてゆく。
そう、これが狙い。レネがそのままボールを追いかけてゆくと、海に突っ込む事になる。
水も滴るいい女を眺めてやろうじゃないか。
いやまあ、さっきから滴っているんだけどさ。
ともあれ、僕の狙い通りレネは海へと一直線。異変に気づいたレネが一瞬足元を確認するけど、もう遅い。あとは海に突っ込むしかない。
と、思いきや、
ふっ、と。
海面に突っ込むぎりぎりでレネは背中の翼を広げてふわっと浮き上がる。そのままビーチボールをキャッチすると、海面すれすれを滑空。
眩しい白い姿を輝かせながら、数回ゆっくりとはためく。
そんなレネの姿は、白い水着も相まって天使そのもの。僕は呼吸も忘れて見惚れてしまう。
そのまま上昇気流に乗り大きく宙返りすると、ゆっくりと僕の目の前に着地する。
ビーチボールを抱えて天使の微笑みを浮かべるレネ。
「レネ・・・空飛ぶなんてズルいよ」
それから僕らはただビーチボールの打ち合いを続ける。ただただそれだけ。
すこし狙いを外して相手を走らせたり、手前に落として砂に突っ込まされたり、思いの外強く返って来て顔面直撃したりと、ただそれだけの時間が流れる。
でも、
「スゲー楽しい・・・」
何だろうこの楽しさは。テレビゲームでもスマホとも違う、単純な動きの繰り返しなのに、いくらやっても飽きない。
しかも、ビーチボールを正確に打ち返しつつ、ぽよんと弾むレネの胸を眺めるという高等テクニックを身につけてからは、飽きるどころかいかにして長い時間これを堪能するかというテーマに切り替わりつつある。
やはり、白い三角形の中で揺れる胸は官能的。
見てしまうのは人としての理。
僕は何もおかしくない。
「レネー!そっち行ったよー!」
「はーい!じゃあ。返しますよー!」
それにこんな平和な競技に勝敗は無い。世界一優しい競技。
しかし、レネはビーチボールを打ち返しながら言った。
「ショウさーん!勝負しませんか?」
「勝負?」
「勝った方が負けた方に何でもお願い出来る、勝負です!」
「何でも?」
「何でも!」
何でも。そんな事を言われてしまったらすぐに思いつく事はいくつかある。おっぱ——いやいや、キ——いやいや、ともあれいくつかある。
でも、そんな事をしなくても僕はレネのお願いは聞いてあげるのに。
「ビーチボールを落とした方が負けって事でー!」
「も、もう始まってるの?まだ承諾してないんだけど!」
僕の返事を待つ事なく、レネがボールを打ち込んでくる。勝つ気だな。
「じゃあ、負けないからね!」
レネがその気なら、僕も本気を出そう。何を要求するかは決まっていないけど、何でもお願い出来る
権利は欲しい。
「私も負けません!」
レネも言葉と共にビーチボールを強く返してくる。どうにか拾って、レネに返す。
「えい!」
大きく叫び、大きく振りかぶりつつ、レネはすぐ手前にビーチボールを落とす。姑息な手段を。
僕はほぼ砂に突っ込むような格好でどうにか拾い、次に繋げる。
「ここです!」
だけど、この機を逃さないレネは、僕を飛び越えるような軌道でビーチボールを打ち込む。
「なんの!」
転がるように起き上がると、僕はどうにか後方に飛び込み、ぎりぎり打ち返す。
いや、どう考えても追い込まれてる。
しかし、何でもお願い出来る権利は欲しい。僕が要求するのがエッチな事なのか、いやらしい事なのか、邪な事なのかはまだ分からないが、どうしてもそれを手にしたい。
とはいえ、この追い込まれた状況以上に元々僕にとっては不利だろう。何しろ、レネには僕を惑わす二つのボールがある。下手にそこに目を向けてしまうと、浮かび上がるビーチボールの確認が疎かになってしまう。
さっき身につけた高等テクニックも、レネのやる気を前に役に立たない。
それを知ってか、レネの動きがさっきより激しいような気がする。自分の体を最大限利用するとは、レネもなかなかやるな。
「もう・・・終わりですっ!」
いやまだ・・・まだだっ!このまま手を伸ばせば、関節が外れるくらい伸ばせば——
「え?あっ」
思い切り手を伸ばす僕に見えたのは、砂に足をとられて転びそうなレネ。咄嗟に僕は方向を変え、レネの元に飛び込む。
「うっ!」
片足をついた瞬間にレネの可愛い顔が苦痛に歪む。
そんなレネに手を伸ばし、体が倒れる前に僕の胸でレネを受け止める。
「あ・・・」
僕の胸に手をつくレネ。
背後でビーチボールが砂浜に落ちる音が聞こえた。
「私の・・・勝ちですね?」
そう言って笑顔を浮かべるレネの額に、暑さとは違う汗が流れているのに気付く。
「レネ、足捻った?」
「だ、大丈夫です。少し冷やせば——」
「じゃあ早く冷やさないと。歩けないだろう?僕がおぶって——」
僕がおぶって行ってあげる、と言うより前に、レネは背中の翼を広げてふわりと浮き上がる。
「こうすれば問題ありません」
確かに、浮き上がっていれば足をつかう必要はないけども。そのまま家に帰る事はできるけども。
ちょっとくらい格好つけたかった。
そんな僕の表情に何かを感じたらしいレネ。ゆっくりと着地して、翼をしまう。
そして少しもじもじしながら、
「あの・・・歩けないのでおぶってもらえますか?」
お安いご用。
「じゃあ、乗ってよ」
僕が背中を向けてしゃがむと、レネはゆっくりと乗っかってきた。レネの柔らかくも弾力のある太ももを支えつつ立ち上がって歩き出すうちに、レネが強く首にしがみついてくる。
当たってる当たってる。大きな二つのボールが当たってる。
レネの心臓の鼓動を感じる。いつになく速いような。
「ショウさん?」
「どうしたの?」
「私の勝ちですよね?」
「そうだね。そうなっちゃうね」
僕がビーチボールをとれなかったのも事実。
「僕に何してほしいの?」
そこまでして僕になにをさせたいのか。甘い物が食べたい——は、別に勝負なんかしなくても作ってあげるか。まさか、エッチな要求とか。
「・・・まだ秘密です」
「なにそれ」
僕は笑いながら、レネの家を目指した。




