32 トラウマ
幸い押し倒すのを踏みとどまった僕は、再びレネとのトラウマ克服を目指す。
さっきの通り、ふいに水を被ってしまうとパニックを起こしてしまうらしい。それがわかっただけでも一歩前進。
「ゆっくりと顔をつけてみましょうか」
さっきと同じく胸辺りの深さの場所でレネに言われて顔だけを水面につけてみる。
意外と大丈夫。
「ちょっと潜ってみようかな」
「じゃあ一緒に潜りましょうか」
そう提案を受けた僕は快諾して、向かい合って両手を取り合ったまま、大きく息を吸い込んで二人同時に真下に潜る。
水の中で頬を膨らませるレネが可愛い。そして金色のポニーテールがゆらゆら揺れ、上下左右自由に揺れ動く胸が素晴らしい。
それらに気を取られていたからか、恐怖心は全く無かった。
「ばはぁ!」
二人同時に水から出る。
「どうでしたか?」
前髪から水を滴らせるレネ。
「レネが可愛かった」
「もう。そうじゃないですよ」
そう言ってまた頬を膨らませるレネは、フグを怒らせてパンパンに膨らんでしまったくらい可愛い。
「怖くなかったですか?」
僕を心配そうに見上げる。
「怖くなかったよ」
僕が言うといつもの天使みたいな笑顔を浮かべるレネ。
そして悪戯っ子のような顔。
「えいっ!」
手で掬った水を僕にかけてくる。
「やったなぁ!こっちも!」
負けずに僕もレネに水をかける。きらきら光る水飛沫が二人の間を行き交う。なぜだろう、もうこれだけで楽しい。ただ水をかけ合っているだけなのに。
そうしてしばらく飽きもせず水をかけあうだけの時間が流れる。
こうなったら次は——
僕は素早くレネをお姫様抱っこする。
「きゃあ。やめてください」
言葉とは裏腹に嬉しそうなレネ。そんなレネを思い切り放り投げる。
大きな水飛沫の中にレネが消える。
少しして、ゆっくり浮き上がってくる。
「酷いです・・・」
じっとりとした目で僕を見る。それもまた可愛い。
「ごめんって」
笑いながら手を差し出すと、
「許しません!」
レネはそう言って僕に飛びついてきた。
いやあの・・・最小限の布で覆われた胸が僕の顔を挟んでいるんですが。布で覆われていない部分も頬に当たっているんですが。
「こうしてあげます!」
こうしてくれるんですか。ただのご褒美じゃないですか。全然呼吸が出来ないけど、この際どうでもいい。
「イナには負けませんっ」
何に対抗してるの。
ぎゅうぎゅう胸を押し付けてくるレネ。とうとう鼻の奥が限界を迎えそう。そして、下半身がそろそろ海から上がれない状態に陥りそう。
危険を察知した僕はレネを顔にしがみつかませたまま、前方に倒れる。大きな水飛沫と共に海面に叩きつけられ、レネとからみあう。
少しパニックに——陥りそうだったけど、顔面を覆う柔らかな感触に正気を取り戻す。パニックに陥っている場合ではない。
そうして同時に海面に顔を出す二人。
「ふふふっ」
「ははっ」
顔を見合わせてどちらからともなく笑い出す。
楽しい。
特に何をした訳ではないのに、なぜこんなに楽しいんだろう。トラウマを克服できたらこんなに楽しい思いが出来るのか。
トラウマが完全に克服出来たかどうかはわからないが——レネと笑い合うこの瞬間が、かけがえのないものだと気付かされた。
遊び疲れて、僕は砂浜で横になっている。
隣には三角座りするレネ。こう見ると、背中からお尻、太ももに繋がるラインがとても——いや、やめておこう。
燦々と照りつける太陽が暖かい。そして、背中に感じる熱せられた砂が肌をじりじり焼く。そんな刺激と心地よい疲れに、僕は眠気を覚える。
目を閉じると、あっと言う間に眠りに落ちた。
そして目を開ける。ほんの一瞬、ほんの数分だけ眠っていたらしい。空を行く太陽の位置はほとんど変わっていない。
それなのにやけに体の半分が熱い。気温が上昇した訳ではないのに。
そう思いつつ熱い方を見つめると、
ふにゅ。
レネが体を寄せて眠っていた。器用に僕の首に両手を回して。至近距離にレネの寝顔がある。
これはいけない。
水着姿という無防備極まりない姿のレネが僕にしがみついている。どういう訳でこうなったかはわからないが、全身で感じるレネの柔肌の感覚は殺人的。
夜ベッドで一緒に寝るのは慣れた——どころかそうじゃなきゃ寝られなくなった——が、今は全く違う。何より素肌が触れる範囲が広すぎる。
どうにか抜け出し——たくはないな。
出来るならこのままいたい。レネの全てを感じていたい。腕に伝わる終末的な柔らかさとか、からみついてくるしっとりとした肌だとか、抗う事なんて不可能だ。
僕はこの状態を堪能する事にした。
「ショウさん・・・」
!!・・・起きたかと思ってびっくりした。どうやら寝言みたいだ。
「ショウさん・・・もっとこっちへ・・・」
寝言を言いながら、レネは僕の頭を引き寄せる。と同時にじりじりと顔を近づけてくる。
「ちょっと、レネ・・・」
たまらず呼びかけるものの、レネが目を覚ます様子はない。
「ショウさん・・・もっと・・・」
レネが更に顔を近づけて来る。それに伴い、僕の腕に押し付けられたレネの胸が、大きく持ち上げられて水着との間に隙間を作る。
うーん・・・覗けば中が見えそう。いやでも、寝てる間に見るなんて真似は僕には出来ない。
どうにか理性を保って目を逸らすものの、顔を近づけてくるレネからは逃れられない。
「逃げないでください・・・」
呼吸を感じるほどレネの顔が近づいて来て、
ちゅ。
僕の頬にレネの唇が触れた。
「・・・」
放心。
顔から火が出そうなくらい熱い。初めて感じる柔らかなレネの唇の感覚に卒倒してしまいそう。
「もっとです・・・」
そんなレネのキスは一撃では終わらない。二度三度と唇は僕を追撃する。
ちゅちゅちゅ。
「ちょっと、レネ・・・」
動く事の出来ない僕は撃墜されるばかり。
サンドバックと化した僕は、雲一つない青空をただ見上げる事しか出来なかった。
「もっと食べたいです・・・」
夢で甘いものでも食べているのかな?僕の頬を甘い物と勘違いてるのかな?起きたら何か作ってあげよう。
僕の方は、スイーツよりも甘いキスに別のトラウマが生まれそう。




