29 BBQ
「おい少年、食べているか?」
何も手にしていない僕を見て、真っ黒な単発を揺らしてリンさんが声をかけてくれる。
「うん。いっぱい食べてるから心配しないで」
「うむ。今日はレネの快気祝いだからな。
リンさんの言う通り、今日はレネの快気祝いでバーベキューを楽しんでいる。レネの水浴び現場のほど近く、イナさんが行き倒れていた辺りにコンロを起き、エビやらイカやら貝やらを炭火にかけている。
まあ、快気祝いといいつつ、飲み食いしたいだけのような気もするけど。
火と味を見るのはセラさん。レネは一応主役と言う事で特に役割は与えられず、砂の上に座る僕の隣でにこにこしている。
「おう、レネ。お前も飲め。そして脱げ」
酔っ払って目が座っているイナさんに絡まれるものの、にこにことあしらっている。
そのためターゲットが僕に切り替わる。
「おう、坊主。お前は飲まないのか?」
イナさんが僕の隣に膝をつく。
「僕は未成年だよ」
「関係あるか」
「あるよ」
赤い髪を振り乱して迫ってくるイナさんは怖い。
「オレの酒が飲めねぇってのか?」
缶ビール片手にテンプレみたいな事を言うイナさん。誰のお酒も飲めません。
「ダメですよ。無理強いしてはいけません」
レネに諌められ、いじけるように頬を膨らませるイナさん。でも次の瞬間、悪戯を思いついた子供のように目を輝かせる。
「なあ坊主」
「え?」
呼ばれてそちらを向くと、一瞬でイナさんにヘッドロックされる。僕の頭を小脇にかかえ——ちょっと待って、頬に大きな柔らかい物があたって——
「オレの酒を飲むまでこのままにしとくぞ。どうだ?おりゃおりゃ」
わー。押し付けないで。動揺と気恥ずかしさでパニック寸前。でも、確かに柔らかくて温かくて気持ちいいけども。
いやいや、脱出しないと。
幸い、無理矢理脱出しようと思えば出来るだろう。この感触が名残惜しくなければ。
一瞬、名残惜しいと思ってしまった自分が恥ずかしい。ふと見ると、レネが汚れた物を見るような冷たい目で僕を見ている。
ちょっと怒ってるみたい。やっぱり速やかに脱出しないと。
なんて思っていると、素早く回り込んできたイナさんに正面から頭を抱えられる。二つの柔らかい物で顔を挟まれ、息が出来なくなる。
「んんんんーんんん!」
じたばたもがくけど、もがけばもがくほどイナさんは面白がって押し付けてくる。
「へへっ、気持ちいいだろう?坊主。ここで圧死できるなんざ、幸せもんだぜ」
いや、正直気持ちいいですけど。柔らかさがどうしようもないですけど。レネとも似たような場面はあったけど、その時は上からのしかかられただけで、押し付けられたわけではない。だから、こうして頭に両腕を回してぐいぐい押し付けられているのとはやっぱり違う。
イナさんはレネとは違う、表現し難い艶かしい匂いがする。その上お酒のせいか、体温が高い。そして、その膨らみは確かにレネよりも大きい。
「ほれほれー。逃さねえぞ」
「んんんんーんんんー!」
レネよりも大きいため、僕の顔を塞ぐ密閉度が物凄い。呼吸が出来ないどころか、顔を動かす事すら出来ない。
気持ちいいけど、命の危険を感じてきた。
「・・・イナ・・・」
地の底から響くような声がする。ん?レネの声かな?
その声のせいか、少し力の緩んだイナさんからの脱出を試みる。そのまま体を離す事は無理だったので、イナさんの体に両手をついて——
「あんっ」
意図せずイナさんの両胸を鷲掴みにしてしまい、イナさんがわざとらしく嬌声をあげる。
手から伝わる水風船のような感触はどうしようもなく柔らかいけど、どうにかイナさんの体を押し離す。顔にあたる空気がひんやりと感じられ、呼吸を取り戻す。
「はぁーーー」
とにかく苦しかった。苦しかったのに、抗いがたかった。逃れたい気持ちと逃れたくない気持ちが同居する、恐ろしい兵器だ。
ほっとしていると、目の前に頬を赤くして目を潤ませたイナさん。
「・・・ダイタンなんだから」
そう僕の両手は、掴みきれないイナさんの両乳を鷲掴みにしたままだった。
「うわっ!」
急いで手を離す。
こっちの感触もすごかった。何げに手で触れたのは初めてかもしれない。
「ダイタンついでに、サービスしてやろうか?」
と言ってイナさんは妖艶な笑みを浮かべながらタンクトップに手をかけ、ゆっくりと裾をたくしあげる。
えっ、まさか・・・。
その光景に吸い込まれるように目を向けていると、
「ぐえ」
襟首を掴まれ引っ張られる。
引っ張られた方に目を向けると、レネ。笑顔なのに、目の奥がまったく笑っていない。晴天のはずの背景が暗黒色に染められ、大量の稲妻が走っているような、そんな空気をびんびんに感じる。
「・・・レネ?」
「・・・ショウさん・・・」
地の底から響くような声。
レネ・・・これは怒ってるな・・・。
背後ではイナさんが大声で笑っているのが聞こえた。
「いいんですっ。ショウさんがいいのなら、イナの胸を触ったって、いいんですっ」
言葉とは裏腹に拗ねたような表情で、焼いたイカを親の仇みたいにかじるレネ。ぷんぷんと擬音が聞こえてきそうなその表情は、頭を砂浜に擦り付けて土下座したいくらい可愛い。
「ごめんって。怒らないでよ」
僕は串に刺さったエビをかじりながら謝る。ほどよい塩気が食欲をそそる。
「僕だって触りたくて触ったわけじゃないし」
浮気の言い訳をしてるみたい。
それに、なんでレネは怒っているのだろうか。なんで僕は怒られているのか。
永遠の謎である。
「でも、嬉しそうでした」
そう言って可愛い目で睨んでくるレネ。
う・・・嬉しく無かったと言えば嘘になる。
「イナの方が大きいですし」
気にしてるんだ。そんな事。レネだって充分以上の大きさだけど、大きさだけが全てじゃない。
「そうだぞ。少年」
僕の心を読んだみたいに、近づいてきたリンさんが言う。黒ビキニ姿で四人の中では一番大胆な格好なんだけど、
「胸が大きかったからって偉いわけじゃない」
ほぼ真っ平と言っても過言ではないその胸を張る。
「そうだぜ。あんなデケェヤツなんて、邪魔くさくて気持ち悪いだけだろ」
リンさんに同調するセラさんが亜麻色のボブを揺らす。白いノースリーブワンピースに包まれたそれは、控えめに膨らんでいる。
自分達を慰めているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「憐れんだ目で見るんじゃねぇ」
そんな目で見たつもりはありませんけど。
小柄な割に迫力のあるセラさんが、半眼で睨みながら僕の肩を掴んだ。
「おい、イナ」
僕の肩を掴んだまま、焼いたイカを肴に何本ものビールを空けていたイナさんに呼びかける。
「何だ?脱ぎたくなったか?」
「んな訳あるか。この小僧に小さい組の恐ろしさを味合わせてやるから押さえつけろ」
え?え?
「なるほど。ぱふぱふ出来ない哀愁を味合わせてやる訳か」
「テメェ◯すぞ」
「二人で挟めば威力倍増だな」
「じゃあリンは後ろで、アタシが前だ」
そんな三人がニヤニヤとにじり寄ってくる。え?
僕、何されるの?
言いしれぬ恐怖が迫って来る中、
「ショウさん!」
レネに手を引かれ、立ち上がる。
「あ!テメェら!」
そのままレネが走り出し、僕も引っ張られて走り出す。
「おー、坊主が小さい胸から逃げ出したぞー」
「うむ。このままでは魅力が伝わらん」
「追いかけるぞ!っておい!」
三人同時に追いかけ始めたものの、酔っ払って足をふらつかせたイナさんに巻き込まれ、三人仲良く砂浜に倒れ込んだ。
もみくちゃになりながらぎゃーぎゃー言っている。
そんな騒ぎを聞きながら、僕の手を引いて走るレネを眺める。
「ふふっ」
そよ風のように笑うレネ。
もう怒ってないのかな?
「逃げましょう」
「どこに?」
「誰もいないところへ」
太陽の降り注ぐ砂浜に、レネの絹糸のような金髪が揺れた。




