27 助っ人
レネが風邪をひいた。
突然の嵐に見舞われ、ずぶ濡れになった上に下着姿でしばらく過ごしていたためか、レネが熱を出してしまった。
僕が高熱に見舞われるパターンだと思ったのに。
て言うか、セイレーンも風邪引くんだ。
「・・・すいませんショウさん・・・ごほっ」
ベッドに横たわるレネ。上気してピンク色になった頬や、潤んだ瞳、荒い呼吸。今ここで言う台詞ではないかもしれないが、すごくエロい。
「いつもレネには良くしてもらってるから、気にしないでいいよ」
僕は言いながらレネの額に濡れタオルを乗せる。この距離でも熱くなった体温を感じられそうだ。
「今日は僕が全部やるから、レネはゆっくり休んでてよ」
「ありがとうございます・・・」
レネは消え入りそうな声で言うと、そっと目を閉じた。
僕は寝室を出て、台所に向かいつつ思う。
はて、風邪をひいたセイレーンに何をしたらいいのだろう。
薬は飲ませていいのか?人間と同じ薬で大丈夫なのか?何を食べさせればいいのか?お粥か?そう言えば米はあるのか?首にネギを巻いて大丈夫か?等々。
何せ風邪を引いたセイレーンの相手をするのが初めてなので、何をしたらいいか分からない。人間と同じ対応で大丈夫なのだろうか。
まあ、まずは栄養を取らせた方がいいだろう。なるべく暖かいもの。
僕が風邪を引いていた時にレネが食べさせてくれた物を思い出す。野菜がたっぷりのスープ。優しい味付けで、体の芯から温まるスープ。
そう思いつつ冷蔵庫を開ける。
・・・何も入っていない。
在庫を使い切ってしまったのか、はたまた小まめに仕入れるから今日はたまたま無いだけなのか分からないが、何もなければ何も作る事が出来ない。
無力感に苛まれる。
僕はレネが弱っている時も役に立てないのか。僕といる事で幸せを感じてくれているのに、そんな彼女を助ける事すら出来ないのか。僕は与えられているばっかりで、与える事は出来ないのか。
空っぽの冷蔵庫を眺めて絶望する。
幸せを感じると言われて浮かれていたが、僕にそんな資格はない。
僕が自分の無力感に苛まれていると、突然玄関のドアが勢いよく開いた。
「おう、小僧」
口の悪いセイレーン、セラさんが姿を現した。手にしたカゴには、幾つもの野菜が山盛りにされていた。
「レネが風邪を引いたらしいな。どうせ、大雨の中二人で全裸で激しい運動でもしてたんだろ」
黒い瞳に睨まれる。
そんな事する訳がないでしょ。
「嵐に見舞われてびしょ濡れになっただけだよ」
「びしょ濡れついでにぐしょ濡れか。昨日の嵐だろう?どうせレネの仕業だ」
前半の意味は分からないけど、昨日の嵐はレネが呼んだ事は理解されているらしい。
「それで自分が風邪を引くとは情けねぇ」
セラさんは半眼で亜麻色の髪を揺らす。
「セイレーンでもない小僧がレネの面倒を見れる訳が無いからな。アタシが用意してやるから、黙って座ってろ。小僧は役に立たん」
セラさんはそう言うと、台所に立つ。手際よく野菜を切り、鍋に入れていく。ブロッコリーにニンジンに、玉ねぎにほうれん草。そこに少しの鶏肉。じっくりことこと火を通す。
僕はダイニングの椅子に座りながらその光景を眺める。
亜麻色のボブカットの後ろ姿。ノースリーブワンピースを着ているのでレネほどのセクシーさは感じないが、微笑ましくてくすぐったい光景ではある。
女の子が台所に立つ姿って、なんでこうもときめくんだろう。
でも僕の心はレネのものだけどね。
「おい、小僧」
「は、はい」
ふいに呼びかけられ、背筋が伸びる。セラさんは美人だが口が悪いので、妙な緊張感がある。
「何見てやがる」
振り向いて睨んでくる。セラさんは口も悪いが目つきも悪い。ちゃんとしてれば清楚な美人なのに。
「暇ならレネの様子でも見て来い。いくらアタシが美人だからって、見惚れてたら◯すぞ」
セラさんが座ってろって言ったんじゃないか・・・
とは思ったものの、セラさんの迫力に気圧されて寝室に戻る。セラさんの耳が赤かった気もするが・・・実はあんな事言って照れてただけなのかな。
ともかくレネの様子を見る。布団から顔だけ出して寝ているレネが可愛い。
苦しそうに呼吸をしているが、眠っているのか目を閉じている。
今はとにかく体を暖かくして休めるのが重要だろう。そして目が覚めたら栄養を取らせて、薬を飲ませると。詳しい事はセラさんに任せるとして、僕は僕で出来る事をしよう。
レネの額に乗せていたタオルを一度取り、桶に入れて用意しておいた冷たい水にひたす。ぎゅっと絞ってもう一度額に乗せると、レネがぴくっと体を震わせた。
可愛い。
普段から昼寝をするレネをじっくり観察しているが、風邪を引いている時は違う儚さがある。僕が側にいてあげないと、て言う使命感が湧き上がる。
風邪を引いてる時でも僕を魅了するなんて、罪な天使様だよ。
呆れ半分でそう思っていると、
「・・・ショウさん・・・」
消え入りそうな声が聞こえた。
「レネ?起きちゃった?」
レネは薄く目を開けている。
「・・・ショウさん・・・寒いです」
風邪を引いて熱を出したら寒く感じる人もいるだろう。だが、あまり温かくしすぎると熱がこもってしまうので、そこは注意しなければならない。
「寒い?もう一枚かける物を探して来ようか?」
幸い今レネが寝ているのは軽くて通気性のある布団なので、一枚薄いブランケットをかけるくらいは問題ないだろう。
そう思って立ちあがろうとすると、
「どうして手を掴むの?」
布団から伸びてきたレネの手に掴まれた。
「寒いんです・・・」
「だから、何かとってくるよ」
「寒いんです・・・」
「わかったからさ」
「寒いんです・・・」
「何でぐいぐい引っ張るの?」
風邪ひきさんだとは思えないくらいの力で引っ張られる。これはつまり、
「一緒に布団に入ってほしいの?」
訪ねると、レネは小さく何度も頷いた。
そんな気はしてた。
ここ最近はごくごく普通に自然と一緒の布団で寝る事が出来るようになっては来たが、こうして添い寝を誘われるのは趣が違う。
少し妙な気持ちになる。
とは言え、相手は風邪を引いて少し気が弱くなっているようだから、なるべく希望は叶えてあげたい。
風邪をひいた人に対して邪な考えなどある訳がない、と自分に言い聞かせてゆっくり布団に入る。
——!!
すごく熱い。のぼせそうな熱さ。
その熱さに僕がたじろいでいると、もっと熱い物体が僕に襲いかかって来る。発熱レネに強く抱きつかれる。
いつもと違う熱い柔らかい物体に、本当にのぼせて鼻血が出そう。勢いで濡れタオルが落ちてしまった額が僕の顎付近にある。そして首元にかかる規則的な熱い吐息が僕の背筋を震わす。熱いはずなのに。
レネは安心したのか、眠ってしまったようだ。
ちょっと待って。足まで使って抱き枕にされて動けないよ。
それにこの熱攻撃はすごい。頭がぼーっとしてくるし、そのくせ鼻の奥がツンとする。それに、この熱くて柔らかい感触は、なぜかわからないけどもやけにイヤラしい気分になる。頭に血が上っているからだろうか。
我慢しなければならない事が多すぎる。
でも、これはレネの風邪を治すために必要な事なんだ・・・邪心は捨てろ、僕。
目を閉じて心を無にする。
「よしよし。心が弱っているスキに寝込みを襲っているな。完璧だ」
セラさんの声が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。




