20 事故①
今日もレネと魚つりに行く。
僕はバケツを手に、レネと並んで歩く。
僕とレネの共通認識として、新鮮な魚は美味しい。というのがある。そして最近知ったんだけど、レネは、と言うかこの島々に住むセイレーン達は生魚を食べるらしい。
僕もお刺身は大好物なので、レネにそう言うとぜひとも新鮮なお魚を釣りましょう、と言う事になってこうして向かっている。
「まさかお刺身が食べられるとはね」
レネの作る洋食も大好きだけど、そろそろ和食が恋しくなって来た。
「ニホンという国は食べ物が美味しいらしいですね」
お手製の釣竿を担いでレネが言う。食べるのと寝るのが大好きなセイレーンは、竜宮城でタイやヒラメが舞い踊るくらい可愛い。
「うん。レネにも食べてもらいたいな、お寿司とかすき焼きとか」
「今度調べてみましょう。調味料があるかどうかが不安ですが」
この島には電気も通っていて、電波も通っているのでレシピを調べる事は難しく無いだろう。僕が知っている限り教えたっていい。ただ、醤油はあるのだろうか。
刺身にしろお寿司にしろ、それだけが唯一の不安だけど、とにかく魚を釣ってから考えよう。
少なくともこの海域にはヒラメがいる事は判明している。あと、タイとかアジとかいればなぁ。マグロは——さすがにいないだろうし、釣り上げる事は出来ないだろう。
何でもレネとなら楽しく食べられるよね。たとえ何も釣り上げられなくても。
そう思いつつ、白い砂浜を抜ける。
相変わらずの眩しい日差し。雲一つない晴天。僕がこの島に来てから、天気が悪かった日など一日もない。それでいて暑すぎずに湿度も高くないこの島は、最高のリゾート地になれるポテンシャルを秘めている。
それでいてこんなに可愛い現地の女の子がいるとなっちゃあ、人気で人が殺到するんじゃないだろうか。
場所がよく分からないのが難点だけど。
今日はいつもより少し波が高いような気がするけど、気にするほどでもない。
そんな場所で、僕だけの天使様と一緒に魚つりが出来るなんてこんな幸せな事はない。
幸せを噛み締めつつ、桟橋岩に到着。レネが縄梯子を上る。今日は上るんだ。
となると——
目の前にレネのお尻。完璧な丸みを帯びた、大きく無いけど、存在感のあるお尻。
僕は先日見てしまったある光景により、レネのお尻を直視出来なくなっていた。
すんなり縄梯子を上り終え、僕に向かって手を差し出すレネ。
「あ、あははー」
ぎこちない笑みを浮かべる。
「どうしました?」
レネが僕を見下ろしている。前かがみなので、ゆらゆら胸が大きく揺れている。それよりも、今はレネのお尻で頭がいっぱい。
「あー、今日、磯で貝でも探すよ。多分、釣りはレネ一人で大丈夫だろうからね」
「そうですか?」
少し寂しそうなレネの顔。僕だって、この間レネと一緒に魚つりした時は楽しかった。でも今はちょっと・・・
「一人で大丈夫ですか?今日は少し波が高いようですから、あまり波打ち際まで行かないでくださいね」
「大丈夫だよ。何かあっても僕は泳ぎが得意だし、心配しなくていいよ」
「何かあったら呼んで下さいね」
レネはそう言うと、桟橋岩を進む。この先に釣り場がある。
「はぁ」
僕はほっと胸を撫で下ろす。先日レネの全裸を一瞬だけ見てしまったせいで、何にも遮られていない臀部を目撃してしまった。それを、今現在の姿と重ね合わせてしまって、体のごく一部が反応してしまいそうな予感があった。
くっついていたり押し付けられていたりした時はあまりそんな予感はしないのだが、視覚と言うのは様々な感情を呼び起こす物だと実感させられる。
レネの目の前であんな事になったら——と思うと目も当てられない。
だから、少し別行動して落ち着かせる必要がある。この頭と体を。
その為にまずは磯で貝を探す。
探してみると、岩に貼り付いた貝が結構ある事に気づく。
お?これってカメノテって奴じゃないのか?初めて見たけど、食べられるんだよね。
夢中で貝を採りながら、桟橋岩にいるレネの姿を確認する。今日はタンクトップは釣っていないらしい。大人しく釣り糸を垂れている。
僕は安心しつつ、貝採取を再開。夢中になっているうちに波打ち際までやって来ていた。もうすぐそこは海。レネも言っていたように、波が少し高くて白い波しぶきが弾けている。
でも・・・波打ち際のあそこにたくさん貝があるんだよね。あれだけ採りに行こう。
僕はそう思って波打ち際まで近づいて、岩に張り付いた貝を採り始める。
これだけあれば充分かな。
そう思ってその場を離れようとした瞬間、
「ショウさん!」
レネの声が聞こえてはっとする。
そして次の瞬間、大きな波が僕を飲み込んだ。
海に放り出される僕。
いや、慌てない。慌ててはいけない。落ち着いて、落ち着いて行動しよう。
僕は泳ぎが得意なのだから、何も心配する事はない。いつも通り、水泳スクールで学んだ通りに動けばいい。
でも——思ったように体が動かない。それどころか、以前船から投げ出されて波間を漂っていた時の記憶が蘇る。
荒れ狂う海で、小さな木片にどうにかしがみついてもみくちゃにされていたあの時。
体が鉛のように重い。
泳ぎの記憶が波間に消えてしまう。
手をどうすればいいか分からない。
足をどうすればいいかわからない。
呼吸が出来ない。
足が海底に引っ張られる感覚。
どっちが上で、どっちが下かもわからない。
泳いでいるというよりもがいているよう。
パニックに陥って肺から空気を全て吐き出してしまう。
海水を大量に飲み込んでしまう。
目の前が黒い渦で覆われる。
気が遠くなる。
——ああ、僕はせっかくレネに助けられて幸せな日々を暮らしていたのに、今度こそ天国に向かう事になるのか。
少し遅くなっただけで、結局そこに向かう事になるのなら、こんな幸せは味合わせてくれなくてもよかったのに。
以前と違って天国に行く事に抵抗を感じる。
だってその天国には、僕の天使様はいない。




