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セイレーンと漂流Days  作者: みつつきつきまる


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20/53

19 誤解


「はぁ~。サクサクの生地にふわふわなクリーム。ショウさんのシュークリームはどうしてこんなに美味しいんでしょう」


 世界平和の権化みたいにうっとりした目でシュークリームを頬張るレネ。これでも世界中の船乗りが恐れ慄くと言われるセイレーンだ。口の周りが粉砂糖まみれになっている。


「レネは甘いものには夢中になるよね」


 ハンカチで粉砂糖を拭ってあげる。本音を言うと、その粉砂糖を全部舐め尽くしたい。


「だっておいしいんですもの」


 たくさん作ったはずなのに、半分以上無くなっている。


「そこまで夢中になってくれると嬉しいな」


 僕は言いつつ、レネの幸せそうな顔を見ながらコーヒーを一口。砂糖を入れていないのに甘く感じる。


「あぁ~幸せです」


「また口の周りが粉砂糖まみれになってるよ」


 さっき拭いたばかりなのに。


「拭いて下さい」


 レネが言って僕に顔を向ける。少し違えばキス顔みたいな。


 ・・・可愛い。粉砂糖をすべて拭ってお菓子の国を冒険したいくらい可愛い。


 レネのおねだりを僕が断れる訳もなく、ありがたくレネの口元を拭わせて頂く。必要以上に口元の柔らかな感触をハンカチ越しに楽しむ。


 また粉砂糖まみれにならないかな。


 これがマッチポンプと言う物か。 


 そうして僕がレネの口元に粉砂糖がまみれるのを待っていると、


「ん?」


 ポケットのスマートフォンが振動している。メールやメッセージでなく、通話の着信。珍しい。わざわざ電話をてくる人は誰だろう。


 スマートフォンの着信画面を見る。


『林田由希子』


 んー。クラスの中心的人物の女の子か。僕みたいな目立たない人間にも気を配ってくれる、リーダー的な存在だ。


 いつも気さくに話しかけてくれるけど、電話で話すのは初めてだ。


 少し緊張しながら出る。


「はい。カグラです」


『あ、カグラ君。よかった繋がった。林田です。全然メッセージ返してくれないから』


 快活な声が響く。そうか、あの写真を送るというミスを犯して以来、返信が怖くて返事どころか見てもいない。


「ごめん。いろいろあって」


『いーのいーの。カグラ君元気にしてた?確か、親切な人のお世話になってるんでしょ?』


「うん。元気だよ。僕に良くしてくれる人だし」


『あの可愛い人でしょ?カグラくんも隅におけないねぇ』


「そんなんじゃないって」


 久しぶりのクラスメイトの声に、つい顔が綻ぶ。そしてふと見ると、レネがシュークリームを頬張りながらこちらを横目に見ている。


 ?


「それより、何かあった?」


 わざわざ電話してくる用事があったのだろうか。


『いやね、カグラ君が帰ってくるとしたら、皆んなで迎えに行こうかって話になってるのよ。皆んな心配してるし、早く会いたいって思ってる人も多いみたいだし』


「帰り、かぁ・・・」


 夏休みも半分過ぎた今、そろそろ考えなければならないかもしれない。でも正直なところ、あまり帰りたいという気持ちは無い。


『いつ帰るとか、どこに着くとか、決まったら教えてよ。まあ、帰らないっていうなら、カグラ君の自由だけどね~』


「そんな事言わないでよ」


『まあ、皆んな待ってるって事よ。待ちに待ってる女子もいるって噂が——』


 なぬ。それは初耳。でもしかし、僕の心はレネに魅了されている。もし本当なら残念な話をしなければならないかもしれない。


「ショウさん」


 少し浮かれた僕に、レネが呼びかける。なぜか、いつもより大きな声。


『例の人?可愛い人なんでしょ?』


「うん。すごくね」


「ショウさん」


 さっきよりも大きな声。


「いつものように私のブラジャーを洗濯しておいて下さいね」


「え?あ?うん。わかったよ」


 どうして今そんな事を?


『え?ブラジャー?って、カグラ君とそんな仲の人なの?』


「いや、え?違う、違う。洗濯を手伝ってるってだけの話で」


「毎日一緒に寝ているので、シーツが汚れてしまいます。これも洗っておきましょう」


 やはり大きな声でレネ。どうしたんだろう急に。


『い、一緒に寝てるの?汚れてる?え?可愛い女の人だよね?そんな関係なの?』


 林田さんに言われてはっとする。レネは誤解されかねない事を言っている。いや、誤解ではないんだけど。


「い、いやいや、そうじゃなくて」


 レネが大きなシュークリームを一口で食べようとしている。が、さすがに無理があって、クリームが中から飛び出して頬についてしまう。


 レネが黙って僕に頬を向ける。


 あ、拭けと。ありがたき幸せ。


「あの、今シュークリームを食べていて——」


 僕は言いながら、レネの頬にかかったクリームを拭いてあげる。


「ショウさん・・・いつも優しく触れてくれる手が・・・くすぐったいです」


 なぜか艶っぽい声を出すレネ。


『うわぁ・・・』


 林田さんが音をたてて引いていくのを感じる。どうにかしなければ。


「は、林田さん、とにかく誤解で、そんな、いかがわしい事をしてる訳じゃないから」


『本当?いまいち信じられないけど。まあいいわ』


 信じてもらったかはわからないけど、誤解されたままではたまらない。


 いや、誤解じゃない事もあるのか?でも、なぜレネは今こんな事を言うんだろう。わざわざ親密アピールみたいな。


「あのさ、申し訳ないけど、この事は皆んなには内緒にしてもらえる?誤解なんだけど、何か面倒な事になりそうで」


 クラスには多感な人がたくさんいる。


『あー、その事なんだけど』


 林田さんの声。今まで気づかなかったけど、その背後がざわざわしている。


 まさか・・・


『今、皆んなで聞いてるの』


「!!」


『今日登校日だったから、連絡してみようって話になって』


「!!!」


『スピーカーで聞いてるんだけど・・・何か怖い顔してる人がいっぱいいるなぁ』


「ちょ、あの」


「ん・・・ショウさんはやっぱり上手です・・・私・・・夢中になってしまって・・・」


 ほら、また誤解されそうな事を。シュークリームの話でしょ?


『ごめんね、カグラ君。いや、いろいろ決まったら連絡してよ。こっちから連絡すると、いろいろ邪魔みたいだから・・・ちょっと赤くなってる子もいるから、切るね。じゃ』


 ツーツー


 逃げるように電話を切ってしまった林田さん。いや、やっぱり誤解されたままだ。


 僕はゆっくりとレネを見る。なぜか電話口の林田さんに誤解されかねない事を言うレネ。今までこんな事を言った事はないのに。


 レネは何故か満足そうに最後のシュークリームを頬張る。口元を粉砂糖まみれにしてうんうん頷いている。


 学校の女子との会話。まさか。


 あのー。


 もしかして、レネ、やきもちやいてる?


 ともあれ、帰ると言う選択肢が小さくなったのは間違いない。





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