1 セイレーン
夕焼けを浴びる波打ち際で微笑む天使が、砂浜で座る僕に手を振ってくれる。
太陽よりも輝くストレートな金髪と、海よりも鮮やかな青い瞳。西洋人形のような整った顔立ち。白いタンクトップでは収まりきらない大きな胸に、ショートパンツから伸びる太ももは白くて健康的。
そして、背中に広がる大きな翼。
全身で世界は愛に包まれている事を表現しているような天使様の名前はレネ。実は天使じゃなくてセイレーンだ。
セイレーン——世界中の船乗りに恐れられる、歌声で人々を魅了して船を難破させてしまうという、恐ろしい化け物。と、言われている。
頭は女性で、首から下は鳥だとか魚だとか、そんな表現をされていて、人を食べるという伝説がある。
でも目の前のセイレーンは、僕に最高の笑顔を見せてくれる。
外見は人間の女性とほとんど変わらず、翼があるのだけが違い。でも普段は背中にしまっている。
そんなレネとの出会いは衝撃的だった。
数日前、僕——カグラ・ショウは高校初めての夏休みに船旅をしていた。気ままな一人旅。
だけど嵐に見舞われて船は沈没。他の乗客乗員は脱出してみんな無事だったらしいんだけど、僕だけが海に投げ出されて波間に漂っていた。
そこで死を覚悟した時に現れたのが——
「ショウさん、お腹空きましたか?」
僕の天使様ことセイレーンのレネ。僕の事を見下ろして前かがみになっているから、二つの大きなものがゆらゆら揺れる。
そこに目が行ってしまうのは思春期男子としては仕方ない事だろう。それはおそらく生物学的に証明されているに違いない。うん。
「そうだね。そろそろお腹空いちゃったよ」
僕はそう言って立ち上がる。
「体調はどうですか?痛いところとかありませんか?」
レネが顔を覗き込んで来る。こんなに至近距離で女の子の顔を見る事なんか経験がないから、思わず顔を背けてしまう。
「もうすっかり元気だよ。レネのおかげだよね」
そう言うとレネの表情が翳る。
「いえ・・・私のせいですから」
背中の翼がばさりと羽ばたく。僕を助ける為に無理をして、所々が抜け落ちてぼろぼろになっている。レネがそこまでして僕を助ける理由があった。
レネの歌は嵐を呼ぶらしい。比喩でも何でもなく、本当に嵐を呼ぶらしい。船を沈める程の。
レネは数日前にうっかり歌ってしまい、そこへたまたま僕たちの乗った船が通りかかり、あえなく沈没してしまったらしい。
そのせいで僕を死なせる訳にはいかなかった。
そうして助けられた僕は、レネの住むこの謎の島にやって来たと言うわけ。
我ながら不思議な体験だね。
しかも、この謎の島は僕が持つスマートフォン——電波はある——でも検索不可能で、GPSも意味を成さない。だから、結局今僕はどこにいるのかよくわかっていない。
とは言え今の僕としてはレネといられるだけで充分だと思える。実は僕はもう死んでいて、この穏やかな天国で天使と暮らしている——だったとしても満足だ。
「じゃあ帰りましょうか。今日はチキンステーキにしようと思ってるんですよ」
レネの笑顔。それだけでお腹いっぱい。
「いいね。レネの料理は美味しいからね」
「ありがとうございます。誰かと一緒にに食べると何倍も美味しく感じますね」
「僕でも?」
「もちろんです」
僕らはそんな事を話しながら、すぐそばにあるレネの小さな家に向かった。




