16 洞窟探検①
「ショウさん・・・あまり早く行かないで下さい」
「ごめん。もっとゆっくり歩くよ」
レネと足なみを揃える。
真っ暗闇を懐中電灯の光だけを頼りに進んでいるので、足元がおぼつかない。だから僕もゆっくり歩いているつもりだけど、レネは怖いのか、中々足が進まない。
僕はセイレーンのレネと洞窟探検に来ている。
砂浜を抜け、岩場を抜けた崖の辺りにぽっかり空いた洞窟。レネも入った事が無いらしく、中がどうなっているかは知らないらしい。せっかくだからと探検しようと誘って、二人でここまで来たところだ。
高さは僕が少し屈まなければならないくらいで、レネぐらいならそのまま立っていられるほど。そして幅は二人がゆったり並ぶには少し狭いくらい、つまり、くっついていれば並んで歩けるくらいの広さ。
そう、僕たちは仕方なく、くっついて歩いている。洞窟を形成する全てに感謝します。
「足元気をつけてよ。滑るから」
「はい。ありがとうござ——きゃ!」
お約束通り足を滑らせたレネを支えてあげる。前に倒れそうになったのを支えたから、とっさに一番柔らかい場所を支えてしまう。
洞窟内で滑る要因を作り出した全てに祝福を。
「ありがとうございます」
少し恥ずかしそうに笑うレネ。暗闇なのに後光がさしているように見えるほど可愛い。
レネは足を滑らせないためか、それともただただ怖いだけか、僕の腕をしっかりその胸に抱えている。
そう胸に。
僕の右腕はその柔らかな拘束具に捕らえられ逃げる事は叶わない。いや、逃れるのを全力で拒否するほどの夢心地に、浮かれてしまいそう。
あの桟橋岩でレネから逃げ続けた僕はもういない。
周囲が暗闇のせいか、腕に走る感覚が研ぎ澄まされている事に気づく。柔らかな拘束具は腕だけを捕らえているにも関わらず、まるで全身を締め付けられているように感じるのは幻だろうか。
しかしそれよりも、柔らかな感触の奥。レネの心臓の音がマラソンしているかのように速く鼓動しているのに気づく。恐怖のためか、それとも。
これぞ、吊り橋効果。
その胸の高鳴りを、恋心と勘違いさせてしまうという、魔法のような御都合主義。なので、今の僕にとっては表面的な柔らかさよりも、その奥の鼓動の速さを注意しておくのが重要かもしれない。
「レネ、そんなにくっつかなくても大丈夫だよ」
しかし、こんな時にチキンな自分が顔を出す。色々堪能したいはずなのに、恥ずかしさが勝ってしまう。
「ありがとうございます。でも、こうしていたいです」
レネはそう言って、僕の腕にしがみつきながら少し引き攣った微笑みを浮かべる。やはり、怖いのだろう。
僕たちはさらに洞窟の奥へ足を進める。まだまだ続いているようだ。
頼りなく懐中電灯が照らすのは、ごつごつした岩ばかり。そこせいか涼しいどころか寒ささえ感じる。だからこそ、この腕に伝わる温かな感触は何物にも代え難い。
ぴちょん。
「ひっ!」
レネが声をあげて体をのけぞらせる。
「す、すみません。背中に水が落ちてきたようで」
心臓の鼓動がより速くなる。
げこ。
この鳴き声は——
「い、いやぁぁぁ!」
レネ、ちょっと待って。顔に抱きつくのは、まだ心の準備が出来てないよ。
きぃ。
ばさばさばさ。
「ひぃぃぃぃ!」
足で僕の体を挟まないで。木のぼりするみたいにしがみつかないで。僕の理性が暗闇の彼方に消えて行っちゃう。
腕どころか耳元でレネの心臓の鼓動を感じる。
もう、吊り橋効果なんかどうでもよくなった。
「みっともない姿を見せてしまいました」
少し落ち着いたレネが深呼吸してそう言う。
「そんな怖がる事はないよ。カエルとかコウモリとかはいたみたいだけど」
必死で落ち着いた様子を取り繕った僕が、懐中電灯で先を照らしながら言う。
レネは今、僕の腕を抱え込むんじゃなくて、そっと腕を掴んでいる。恋人同士みたいでこれはこれで悪くない。
「突然だと驚いてしまいます」
それでも驚きすぎかな。レネはこういうの苦手なのかな。おばけとか出てきたらどんな反応するんだろう。
僕がそんな事を思っていると、
「——、——」
何か聞こえてくる。背後から。どうも風の音には聞こえなかった。
ふと、レネを見る。レネにも聞こえたのか、少し顔を強張らせている。僕の腕を掴む手に力がこめられる。
「——、——だって」
「それ——だろ?」
「——じゃね?」
誰かの会話のよう。僕はレネと顔を見合わせると、そばにあった洞窟の凹みに身を隠す。誰が来るか見届けてやろう。
懐中電灯を消して狭い凹みで身を寄せ合う。暗闇のせいか、レネの甘い匂いが爽やかに感じる。
声がする。
「本当にここに入って行ったのだな」
「そうだよ。レネとあの小僧が、こそこそ暗がりに向いやがってよ」
「男女が暗闇に向かうったら、やる事は一つしかねーな」
「アイツら、こんな暗がりでヤる事ヤってたらただじゃおかねぇ」
「そう言って見たいんだろ?他人の見て興奮すんの、いい趣味だとは言えねぇな?」
「オマエもだろうが!◯すぞ!」
「まあまあ二人とも。若い二人の事だ。我々は見守るついでに、しっかりと目に焼き付けようじゃないか」
声の主は三人。聞き覚えのある声だ。
その声の主が目の前に来た辺りで、懐中電灯を灯す。
黒と亜麻色と赤い髪の色をした三人のセイレーンが、目を見開いて僕たちの姿を確認した。




