13 ハンモック
レネがハンモックに横たわって平和そうにゆらゆら揺られながらうたた寝をしている。
僕は横にあるロッキングチェアを揺らしながら、そんな愛おしい姿を眺めていた。
ふわっとした金髪で、今は閉じられているが、空よりも海よりも深い青い瞳。白のタンクトップとショートパンツという眩しい姿をしたレネはセイレーンだ。この孤島に一人で住んでいる。
強い日差しが日常的に降り注ぐこの島では、木陰に設置されたハンモックは最高の昼寝場所となる。
レネは昼寝が大好き。お昼ご飯を食べた後はこうしてハンモックでうとうとする事もあれば、砂浜でごろごろしている事もある。寝る子は育つと言うが、そのお陰かレネのある特定の部分はよく育っている。
ロッキングチェアに座り、その様子を眺める僕。レネにとっての安息の時間は、僕にとっての至高の時間でもある。
ゆるやかな潮風に揺らされるハンモックに包まれたレネ。タンクトップには収まりきらないたわわに育った特定の部分も微かに揺れている。まあ、胸なんだけどね。
「ショウさん・・・」
レネが僕の名前を呼んでいる。起きちゃったかな?
うっすらと目を開ける。その妙に艶っぽい姿に僕の胸は大きく高鳴った。
「こっちに来てください」
レネはそう言って両手を伸ばした。なんて悪魔的な誘惑。少し寝ぼけているよう。
レネとはなぜかいつも一緒のベッドで寝ている。だからそれと変わらないだろうと言われるかもしれないが、ベッドならば端に逃げる事はできるが、ハンモックは否が応でも密着せざるを得なくなる。そんな状況に僕の理性が保つわけがないだろう。
「ごめん。今日はやめとく」
意気地なしの僕はがそう言うと、レネは切ない目をして手をひっこめた。可愛くてたまらない。
あああぁ。密着しておけばよかったかなぁ。
レネと一緒にいるとこんな場面によく遭遇する。
どうやら、レネは寂しがり屋なのかよくくっついてくる。
でもそんな様子は僕だけに見せるようなので、それはちょっと嬉しい。
「じゃあ、撫でて下さい」
甘えるような、酔ったように言うレネ。そんな顔で言われて断る男がいるんだろうか。
「うん」
僕は立ち上がると、レネの横まで行く。ハンモックは僕の腰より低い場所にあるので、膝をついてレネの金髪を撫でてあげる。たっぷりと空気を含んでふんわりした柔らかい感触に、思わずため息をつく。
「綺麗だなぁ・・・」
「ありがとうございます」
寝ているのか起きているのか分からないレネはそう言いながら、くすぐったそうに身をよじる。丸みを帯びた体がハンモックの中でもぞもぞ動く。
「猫みたいだね」
実はレネはセイレーンではなくて猫なのかもしれない。だったら定期的に撫でてあげないと。
そんな事を思いつつ、レネの金髪に指を絡めつつ、レネの可愛い寝顔を眺める。それから僕だけに見せるそんな無防備な天使様の頬に触れる。真っ白ですべすべで、きめ細かくていつまででも触れていたい。
「ん・・・」
その声は反則です、天使様。
その声が漏れた桜貝みたいな唇に目がいってしまう。
触ってみたいな。でもやっぱりダメだよね。レネなら許してくれるかな。でも嫌われたくないしな・・・。
悶々としたラリーが僕の頭の中で行われる。それもこれも、レネが魅力的だからいけないんだ。
じっとレネの寝顔を眺めているといつの間にか時間が過ぎる。不思議だけど、この島にいると何もしていないのに時間が早く過ぎるような気がする。
ちなみに、さっきのラリーの結果はまだ出ていません。
結果を待たずにレネが目を覚ます。惚けたように僕を見るレネは最高に可愛い。
「夢を見ました」
「夢?」
少し伏目がちに言うレネに問い返す。
「はい」
何だか寂しそう。
レネは数秒目を閉じて、大きく息を吐く。
「ショウさんが、船に乗って帰ってしまう夢です」
僕の胸に小さな痛みが走る。
「ショウさんは笑顔で船に乗って・・・笑顔で手を振っていました」
レネは口元に笑みを浮かべてはいたけど、そのサファイアみたいな瞳に浮かんでいたのは喜びじゃないような気がする。
「こっちに来てください、って私が言っても手を振るばかりで」
その瞳は僕を見ているようで、もっと遠くを見ているようで。
「ショウさんが帰れるのは、喜ばしい事なのに」
消え入りそうな声で独り言のように言うレネに、僕の胸はキュンとした。
そう、僕はいずれ帰らなければならない。いつになるか分からないが、この可愛い天使様と別れるその日がいつか来てしまう。
でもレネと一緒にいればいるほど、その日が永遠に来なければいいのに、とすら思ってしまう。
レネはそう思ってくれているだろうか?僕には帰ってほしくないと思っているのだろうか?
「そんな顔しないでよ」
僕の方が苦しくなっちゃう。
「帰りたくなくなっちゃうじゃないか」
こんな寂しそうな顔を振り切ってまで、帰る船に乗る自信はない。
レネは少し笑った。
「・・・私がショウさんを食べるまで、待っててもらえますか?」
人を食べるセイレーンは伝説の中でだけ。目の前のセイレーンは、僕を元気にするためにそんな事を言う。
「もっと時間をかけて美味しくなるよ」
元気な方が美味しいんだって。
僕は言うと、レネに手を差し出す。少しだけ普段通りの柔らかな笑顔を取り戻したレネはその手を取って体を起こす。
・・・跪いてプロポーズしてるみたいだ。
レネの潤んだ瞳は、いつかその返事を聞かせてくれるだろうか。
「もう少し待ってて下さいね」
言いながらレネがハンモックから降りようと器用に足を出して——と思ったらつま先がハンモックにひっかかって足を取られる。
「あ」
「あ」
僕とレネが声を出したのは同時だった。
その瞬間、僕の目の前にとんでもない物が迫ってくる事に気付く。目をまんまるにしたレネの可愛い顔と、タンクトップでは収まりきらないたわわ。避ける間もなく、積極的に避ける気もなく、二つの柔らかい物に顔面を押し倒される僕。
「んんんんんー」
ええ。何に押しつぶされているかは理解していますとも。魅惑の桃源郷にあるという伝説のブラックホール。そこに吸い込まれた者は、二度と正気には戻れないと言う。
レネの豊満な胸に、顔をがっちりと挟まれていた。
「ショウさん!大丈夫ですか!」
レネが何か言っている。その声がレネの口からでなく、胸から直接僕の頭に響き渡る。
深い渓谷の奥に僕の鼻は捕らえられ、脱出する事は不可能だ。
「ごめんなさい!今どきます!」
レネが離れようと体を動かす。その度、両サイドの膨らみはぽよぽよ動き、何度も何度も僕の頬に優しくタッチする。火山が噴火するような熱量が僕の体の奥から込み上げる。頭から煙を上げているかもしれない。
その信じられない程の柔らかさと暖かさに、僕は正気を失うのを覚悟しつつ、遠い故郷に思いを馳せる。
やっぱり、帰りたくないかもしれない。




