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セイレーンと漂流Days  作者: みつつきつきまる


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11 魚釣り②


 桟橋岩の突端に腰を下ろしておとなしく釣り糸を垂らすレネ。そう、投げ竿じゃないんだから、黙って真下に垂らせばいいだけなんだよね。


 何であんなに大袈裟に投げたのか。


 まあ、レネもちょっとテンション上がったのかなと思いつつ、隣で竿先を眺めるセイレーンの姿を眺める。カエルが苦手な割に、エサのミミズは平気でつまむ不思議なレネ。


 僕としては自分用の釣竿はないので手持ち無沙汰でする事はない。太陽に照らされてきらきら光る海面を眺めているのもいいんだけど、優しい潮風に金髪を揺らしているレネを眺めている方が心が満たされる。


 そんな僕の視線に気づいたレネ。


「ショウさんも釣りがしたいですか?」


 いえ、僕はレネを見ていたいだけです。


「大丈夫だよ。僕は」


 正直に言える訳もない。


 レネは僕の言葉を聞いて、優しく微笑む。海の女神様として神社に奉納して永遠に拝み倒したいくらい可愛い。


「ここでは以前大きなヒラメが掛かった事がありまして」


「ヒラメ?あれって海底で砂に潜ってるんじゃないの?」


 この場所の水深がどれくらいかはわからないけど、レネの持つ簡易的な釣竿で届くほど浅くはないだろう。


「そうなんですけど」


「掛かる事もあるんだ」


「そうみたいですね。でも、大きすぎて中々釣りあげる事が出来なくて。海面まで引き上げたところで逃げられてしまったんですよ」


 なるほど。釣りあげてはいないんだね。


「だから、今日はぜひとも釣りあげたいんです」


 レネの青い瞳に闘志の炎が灯る。リベンジしたいって事が。意外と負けず嫌いなのかな。


「そうなったら僕も手伝うよ。って言っても何が出来るか分からないけどね」


「ありがとうございます」


 レネがにっこり笑う。魚が掛かったら海に飛び込んでこの手で直接確保する事を決心する程可愛い。


「ショウさんがいてくれれば、何でも出来そうな気がします」


 ・・・ダメだよ。ズルいよレネ。優しい笑顔でそんな事言われたら僕だって勘違いしちゃうよ。そう言う意味では、レネはリンさんよりも悪魔的。いや、小悪魔的。


 僕は少し恥ずかしくなって、下を向く。眼下では桟橋岩に波がぶつかって、白い飛沫を散らしながら消えて行った。





 どれ位時間が経ったのか分からない。特に会話もないけれど、何だか心地いい時間が過ぎるなか、レネの持つ竿先に動きがあった。


「掛かりました」


 レネは静かに言うと、竿を持つ手に力を込める。だがまだ動かさない。


「大きそう?」


「おそらく」


 レネはそう答えながら竿先を眺める。小さくぴくぴく動いているのを慎重に観察する。


 レネの目は真剣そのもの。いつもの柔らかい雰囲気も、優しい雰囲気も、今は張り詰めたものに変わっていた。


 僕はそんなレネの雰囲気に飲まれたように、レネの顔と竿先を交互に眺める。今、海に飛び込んだ方がいいのかな。いや、それで魚に逃げられたら元も子もない。


 息を飲んで様子を見守るしかない。


 すると、レネが真剣に見つめる竿先が一瞬ほんの少しだけしなった。


 その瞬間を見逃さず、レネは釣竿を大きく持ち上げる。ほとんど真上に持ち上げたけど、竿先はほどんど動かなかった。しなやかに作られた釣竿が、ひっくり返した『し』みたいな形に大きくしなる。


「・・・ショウさん・・・大きいです!」


「え?え?どうすればいいの?」


 大物なのは何となく分かる。でも、僕はどうすればいいんだ?


「私の後ろから・・・私を支えて下さい!」


 言われて僕はレネの後ろに移動。レネを支えるには——


 いや、ちょっと待って。支えるって、後ろから抱きつくみたいな形にならない?自転車の二人乗りみたいに、しがみつくような形に。


 レネの小さな背中を眺めながら躊躇していると、レネの切羽詰まった声が聞こえてくる。


「ショウさん・・・早くっ・・・落ちてしまいますっ」


 さっきからレネの言葉がいやらしく感じるのは、僕の心が邪なせいだ。それはともかく、僕は覚悟を決めてレネを足の間に入れるように座ると、お腹に手を回す。


 ヤバいな・・・レネの金髪が目の前どころか鼻を突っ込める位の場所にある。切ない程甘いシャンプーの匂いにくらくらする。それに、手を回したお腹は程よく引き締まっていて、柔らかさの奥に筋肉も感じる。そしてなるべく密着しないように気をつけているけど、数センチ離れた背中の体温が僕の体に伝わってくる。   

 

 レネから伝わって来るあらゆる情報は、僕の心を大いにかき乱してくる。


「もっと強く・・・私を掴まえて下さい」


 レネはそう言って、じりっとほんの少し後ずさる。魚を引くためなんだろうけど、そのせいで僕の体とレネの背中が密着する。


「レネ・・・ちょっと・・・」


「くすぐったいです・・・でも今は、やめて下さい」


 そうは言われても。後ろから抱きついて密着している状況は、僕にとっては拷問に近い。


 いい匂い。柔らかい。温かい。


 細い二の腕がぷるぷるしてる。可愛い。健康的な太ももにうっすら筋肉が浮いている。可愛い。そして魚と対峙する真剣な横顔には汗がにじんでいる。可愛い。


 そんな可愛いを全身に受ける僕は、体の一部が大きく反応しそうなのを必死で堪える。さすがに密着した状態でそれはマズイ。


 そうだ、釣りに集中しよう。僕はレネを手伝って魚を釣り上げるんだ。そうだ、それがいい。


 僕はレネのお腹に回した手に力を込める。こうやってレネと一緒に大物を釣り上げるんだ。


「そうです!ショウさん、その調子で一緒に」


 レネの声。それを合図に、僕はレネの体を力一杯引く。レネも同時に釣竿を引っ張り、魚を引き上げようとしたけど、今回はうまくいかなかった。


「ショウさん、呼吸を合わせて下さい」


「こ、呼吸?」


「そうです。私と呼吸を合わせて下さい」


 言われて僕はレネのお腹に回した手に神経を集中する。レネの呼吸を感じる。


「私とショウさんなら、出来るはずですっ!」


 レネの言葉はいちいち僕の心を弄ぶ。でも、僕は自分の中の邪な心が蘇る前に、僕は更に腕に力を込める。


 早く釣れてくれ。心がもたない。


 そう願いつつ、レネのお腹で呼吸を感じる。大きく息を吐きだした状態。レネの体も、ふっと弛緩してその瞬間を待っている。


「行くよ、レネ」


「はい・・・思い切り、お願いします」


 と、レネが大きく息を吸い込んだのを感じた。同時に、レネの柔らかい体に力が込められる。


 その瞬間を見逃さず、僕は両足を踏ん張ってレネの体を強く引く。強く引いたから僕の腕はレネの大きな胸に引っかかって、そのおかげで力を入れやすくなった。


 腕から伝わる柔らかい感触を必死に頭の外に追い出す。


「もう・・・もうすぐっ!」


 そう言ってレネが大きく釣竿を引き上げると、勢い余って僕を後ろに押し倒した。


「きゃぁ!」


「うげ」


 カエルが潰されたような声が出る。頭をぶつけなくてよかった。


 そうして桟橋岩の上で重なって倒れた僕たちの横に、ぴちゃりと音がして魚が落ちてくる。三十センチくらいの恐らくヒラメ。小さくはないけど、二人がかりで引き上げる程大きくない。


「ふふふっ」


 僕の上でレネが笑う。


「はははっ」


 つられて僕も笑う。こんなに大騒ぎしたのに、結果はそれに見合わないのかもしれない。でもなぜか、とんでもない達成感がある。


「釣れましたね」


「うん」


 そう答える僕の頬を、レネの柔らかな金髪が撫でる。僕の体に伝わるレネの体温。そして、僕の腕に伝わる破壊的なくらい柔らかい感触。


「あ、あ、ご、ごめん」


 僕の両腕がレネの胸を強く押しつぶしているのに気づき、急いで手を離す。大の字になった僕の上に、レネが倒れている状態。今になって色々な事を思い出す。


「もっとそうしていても良かったのですが」


 レネが小さく呟いた。


「そんな事言うと、勘違いしちゃうよ」


 僕がそう言ってレネの頭を撫でる。そのせいかどうかは分からないけど、レネは中々僕の上からどいてくれなかった。


 僕に伝わったレネの体温は、夏の日差しよりも熱く感じた。




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