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試練

王都から伸びる街道の分岐点。

夕暮れの空の下、蓮は足を止めていた。


「‥‥‥で?

 エルメスさんは、なんでこんな辺境まで来ているんですか?」


隣を歩く男ーーエルメスは、心底どうでもよさそうに肩をすくめた。


「監査委員からの要請」


「要請?」


「"面倒な案件があるから処理してこい"ってさ」

吐き捨てるような言い方だった。


「正直、

 王都から出るのも嫌だったんだけどね」


エルメスは前方に見える屋敷を顎で示す。


「キモール・バルティオ男爵。

 聞いたことある?」


「‥‥‥名前だけは。

 ここの領主様ですよね?」


「そうだ!」


【キモール・バルティオ男爵】

悪い噂しか出てこない。

傲慢、短気、話が通じないーー

典型的な"地雷貴族"。


「奴隷絡みで揉めている」


エルメスは淡々と続ける。


「違法取引の疑い。

 契約経路の不正。

 監査が入れば確実にアウト」


「‥‥‥それ、エルメスさんが処理する案件じゃ?」


「そう」


エルメスは、にやりと笑った。


「だから君に押し付ける」


「はい?」


「ちょうどいいだろ」


歩みを止め、エルメスは蓮を見る。


「君、奴隷商人を目指すんだろ?」


蓮は言葉に詰まる。


「戦えない

 力もない

 守る手段も限られている」


「でも」


エルメスは続けた。


「商人は違う」


「言葉と契約で

 相手を動かす」


「それができなきゃ。

 この道では生き残れない」


一拍。


「だから試練だ」


エルメスははっきり言った。


「キモールを納得させろ」


「力で抑えるな

 脅すな

 私の名前も使うな」


「純粋な"交渉"だけで」


蓮の喉が鳴る。


「‥‥‥失敗したら?」


「その時は‥‥」

エルメスは、あっさりと答えた。


「君は、ここまで」


 その言葉は重かった。

 だが、どこか当然のようでもあった。


「私はね」


エルメスは屋敷の方向へ視線を戻す。


「弟子を欲しがるほど、

 暇じゃない」


「でも。」


ほんの少しだけ、声が和らぐ。


「面倒事を"任せられる相手"なら、

 一緒に王都へ連れていく価値はある」


 遠くから怒号が聞こえてきた。


どうやら、

すでに屋敷の前で何か揉めているらしい。


「ほら」


エルメスは歩き出す。


「現場だ」


「観察はする」


「助けはしない」


「答えは、君が出せ」


 蓮は隣で歩くマーリンを見た。

 まだ衰弱は抜けきらず、

 戦える状態ではない。



(逃げ場はない)


それでもーー


「‥‥‥わかりました」


蓮は前を向いた。


「やってみます」


エルメスは満足そうに笑った。


「それでいい」


「さあ、見せてくれ」


「君が、奴隷商人として生きる覚悟を」


***


バルティオ男爵邸の正門前。

重厚な鉄門の前で、怒号が飛び交っていた。


「だから言ってるだろう!

 この取引は"無効"だ!」


 詰め寄っているのは、

 商人風の中年男と、その後ろに控える数名の役人たち。


「契約経路が違反している以上、

 我々は監査としてーー」


「黙れ!」


怒鳴り声が空気を切り裂く。


門の前に立つ使用人たちは委縮し、

周囲には野次馬も集まり始めていた。


蓮は、少し離れた位置からその様子を見ていた。


(‥‥‥想像以上に拗れている)


隣で腕を組むエルメスが、ぼそっと言う。


「ね?

 面倒でしょ」


「‥‥‥師匠が投げた理由が、よくわかりました」


「だろ?」


エルメスは、完全に観客の顔だ。


「さ。

 そろそろ"主役"が出てくる」



その言葉を待っていたかのようにーー


屋敷の大扉が、バンッ!と乱暴に開いた。


「やかましいぞ!!」


低く、しかし通る声。


現れたのは、

派手な装飾の施された服に身を包んだ男ーー

キモール・バルティオ男爵だった。


「私の屋敷の前で、

 誰の許可を得て騒いでいる!」


役人たちが一斉に背筋を伸ばす。


「キ、キモール男爵‥‥‥!」


「監査だとか言ったな?」


男爵は鼻で笑い、

顎を上げて周囲を見下ろした。


「笑わせるな。

 私は"貴族"だぞ?」


「その私が、

 たかが奴隷の取引で

 平民どもに口出しされると?」


一歩、前に出る。


その圧だけで

場の空気が一段と重くなった。


「契約は済んでいる。

 金も払っている」


「それを今さらーー」


男爵は、役人を指差した。


「無効だ?

 違法だ?」


「誰が決めた?」


役人が言い返そうとするが

言葉が詰まる。


「‥‥‥経路が、

 低級奴隷商をーー」


「経路?」


キモールは、嘲笑した。


「そんなもの、

 結果の前では誤差だ」


「私は"買った"

それだけで十分だろう?」


完全に、聞く耳を持たない。


(‥‥‥‥これは)


蓮は、ゆっくりと状況を整理する。


・男爵は力と立場で押し切るタイプ

・だが、監査が来ている=完全に白ではない

・怒鳴っている=内心、余裕がない


(つけ入るならーーそこだ)


その時。


エルメスが、耳元で囁いた。


「ちなみに」


「この件、

 表沙汰になると

 男爵は"しばらく表舞台から消える"」


「‥‥‥なるほど」


蓮は一歩、前に出た。


「失礼します、キモール男爵」


場の視線が、一斉に蓮に集まる。


「誰だ?」


「通りすがりのーー

 奴隷商人です」


「‥‥‥ほう?」


ここからが、本番だった。


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