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ハイランク(高位奴隷商人)

「‥‥そのエルフを、譲って欲しい」


不意にかけられた声に、蓮は足を止めた。


 振り返ると、そこに立っていたのはーー

 街の喧騒に溶け込むようでいて、なぜか目を引く男だった。


年季の入った外套。

背筋は伸び、無駄な動きが一切ない。

ただ立っているだけなのに、周囲の空気がわずかに張りつめる。


「‥‥‥‥は?」


思わず、間の抜けた声が出た。


男の視線は、蓮ではなくマーリンに向けられている。

正確にはーー彼女の"在り方"そのものを見ているようだった。


「そのエルフの少女だ」


男は静かに続ける。


「低級の店に並ぶような目じゃない。

 衰弱しているように見せているが‥‥‥魔力の流れが不自然だ」


 マーリンが、ぴくりと肩を震わせた。


(‥‥‥この人、気づいている?)


蓮は反射的に、マーリンの前に一歩出た。


「悪いですけど、売る気はありません」


即答だった。


 男は、ほんの一瞬だけ目を細めーー

 次の瞬間、ふっと笑った。


「即答か。いい反応だ」


「‥‥‥‥は?」


「普通なら、値段を聞く。だが君は違った」


男はゆっくりと近づいてくる。


「安心しなさい。力ずくで奪うほど落ちぶれてはいないよ」


そう言ってから、懐から小さな金属札を取り出した。

そこには、精緻な紋章が刻まれるている。


「名乗りが遅れたな。

 私はーー高位奴隷商人ハイランクのエルメス・ストレンジャーだ。」


 その言葉に、周囲の空気が変わった。


マーリンが、静かに息を呑む。


「‥‥‥‥‥」


「改めて言おう。そのエルフを譲ってくれ。

 金でも、情報でも、地位でもいい」


男ははっきりと告げた。


「正直に言うと

 あの娘はーー"商品"としての価値が高すぎる」


蓮は、少しだけ唇を噛んだ。


(やっぱり、そう来るよな‥‥‥)


「でも、答えは変わりません」

男を見上げて、蓮は言った。


「譲りません」


沈黙。


数秒。

だが、その沈黙は妙に長く感じられた。


「譲らない、か」


エルメスは腕を組み、改めて二人を見比べた。

根踏みするようでいて、その視線にはどこか愉快そうな色がある。


「理由を聞いても?」


 蓮は一瞬言葉に詰まったが、正直に答えた。


「‥‥‥‥俺が、そう決めたからです」


その瞬間。


「‥‥‥っ」


マーリンが、はっきりと息を吸う音が聞こえた。

蓮の背後で彼女が一歩前に出る。


「私は‥‥‥‥」


小さな声。

しかし、確かに意思のこもった声だった。


「私は!れっ‥‥‥‥」


言いかけて、言葉が詰まる。

マーリンの頬が、わずかに赤く染まった。


(え?)


蓮が振り返ると、マーリンは視線を逸らし、ぎゅっと魔導書を抱きしめている。


「‥‥‥‥な、名前は‥‥‥まだ‥‥」


もごもごと、聞き取れそうで聞き取れない。


一瞬の沈黙のあと、彼女は意を決したように顔を上げた。


「‥‥‥‥マスター」


その呼び方に、蓮の心臓が跳ねた。


(ま、マスター!?)


「私はマスター‥‥‥この人がいいと思った」


翡翠色の瞳が、まっすぐに蓮を見る。


 売られたからではない。

 命令されたからでもない


小さく、しかしはっきりと。


「‥‥‥あなたが、いいと思った」


言い終えた瞬間、マーリンはぷいっと顔を背けた。


「‥‥‥べ、別に‥‥‥深い意味は‥‥‥ない‥‥‥」


耳まで赤い。


(‥‥‥いや、あるだろ。めちゃくちゃあるだろ)

蓮は必死で表情を取り繕いながら、内心ではーー


(やばい‥‥‥めちゃくちゃ嬉しいんだけど)


口元が緩みそうになるのを、なんとか堪える。


「‥‥そ、そっか」


声が少し裏返った。


「えっと‥‥ありがとう、マーリン」


その名前を呼んだ瞬間、彼女の肩がぴくっと揺れた。


「‥‥‥‥っ」


さらに赤くなる。


 エルメスは、その一連のやり取りを黙って見ていたがーー

 やがて、深く息を吐いた。


「‥‥‥なるほどな」


目を細め、静かに言う。


「そのエルフが"選んだ"か」


そして蓮を見る。


「君‥‥‥ただの素人じゃないな」


その声には、確かな確信があった。


「ーーますます興味が湧いた」



 エルメスは、しばらく二人を見つめていた。

 笑みは消え、代わりに職人のような真剣な目になる。


「‥‥‥‥ひとつ、確認させてくれ」


そう前置きしてから、ゆっくりと言う。


「君たち、正式な奴隷契約は結んでいないな?」


蓮の心臓が、どくんと鳴った。


「え?」


「正確にはーー結んではいるが、成立はしていない」


エルメスはマーリンの首元をみる。

そこには、低級奴隷商特有の簡易な首輪があるはずだった。


だが。


「‥‥‥‥印が、浅い」


マーリンがぴくりと反応する。


「普通なら、契約魔法は魂の奥まで沈む。

 だがそのエルフの契約は‥‥‥表層だけだ」


 エルメスは低く呟いた。


「こんな状態、初めて見る」


(え、なにそれ‥‥‥)

蓮は焦りながらも、口を開く。


「えっと‥‥‥低級の店で普通に買いましたけど‥‥‥‥」


「それが"普通"じゃない」


エルメスはきっぱり言い切った。


「この契約はーー」


一拍、置く。


「"例外"だ」


その言葉にマーリンがはっと顔を上げた。


「奴隷として縛るには弱すぎる。

 だが、自由契約とも言えない」


エルメスは蓮を見る。


「つまりだ。

 この世界の奴隷契約のルールから外れている」


(‥‥‥それ、まずくない?)


蓮の背中には、冷たい汗が伝う。


「安心しろ。違法ではない」


エルメスは続ける。


「だがーー

 こんな契約を結べる人間は、普通いない」


エルメスの視線が、鋭くなる。


「君は‥‥‥何者だ?」


「ただの高校生です」


思わず本音が出た。


「高校生?聞いたことがないな」


「異世界から来た、学生で、金も信用もない、陰キャです」




一瞬の沈黙。

次の瞬間、エルメスは声を上げて笑った。


「はははははは!

 こいつは参った!」


「ただの人間、しかもまだ子供が、"例外の契約"を引き当てるか!」


マーリンは、ぎゅっと魔導書を抱えたまま、静かに言った。


「‥‥‥私は、縛られていない」


「うん?」


「命令も‥‥‥強制も、感じない」


小さな声だが、はっきりと。


「‥‥‥‥それが、怖くない」


その言葉に、エルメスの笑みが完全に消えた。


「なるほど」


そして、低く告げる。


「君たち‥‥‥‥危険だ」


蓮は一瞬身構えたが、師匠はすぐに続けた。


「だが同時にーー」


口角を上げる。


「とびきりの"逸材"でもある」


蓮は一歩踏み出し、蓮の前に立った。


「決めた。君を試させてもらう」


「試す‥‥‥?」


『そうだ」


エルメスは不敵に笑う。


「この例外を、本物にできるかどうかをな」





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