安堵
街を出て少し歩いた先、安宿の一室。
軋むベットに腰を下ろしたマーリンは、
どこか落ち着かない様子で部屋を見渡していた。
薄汚れた檻の中とは違い、ここには風と光があった。
「‥‥‥‥‥とりあえず、だな」
蓮は言葉を探しながら、彼女を見た。
ボロ切れの同然の服。
痩せた肩。
魔力封印の影響か、顔色も良くない。
(護衛どころか、放っておいたら倒れるレベルだろ‥‥‥‥)
「まずは飯。腹減ってるだろ?」
マーリンは一瞬きょとんとしたあと、静かに視線を逸らした。
「‥‥‥‥‥否定はしない」
その声は、年相応に細い。
宿の食堂で出されたのは、温かいスープと硬めのパン。
豪華とは言えないが、十分すぎるほどだった。
マーリンは最初こそ遠慮がちだったが、一口、また一口と口に運ぶうち、動きが速くなる。
「‥‥‥‥美味しい」
ぽつりとこぼれた言葉に、蓮は思わず笑った。
「よかった。無理しなくていいからな」
食事が終わる頃には、彼女の頬はわずかだが血色が戻っていた。
***
次に向かったのは、衣類店。
「え、ここ?」
「さすがにその格好は目立つだろ‥‥‥‥」
安物だが、清潔なローブと下着。
フード付きで、耳も隠れる。
「‥‥‥‥‥いいの?」
「いい。護衛候補なんだろ?身なりも大事」
マーリンはしばらく無言で服を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「‥‥‥‥‥感謝する」
蓮も、自分の身なりを整えた。
「異世界の服は目立つしな‥‥‥」
マーリンと同じローブを羽織った。
「お揃いだ」
「‥‥‥‥‥うん。」
マーリンは少し照れながら言った。
***
そして最後。
魔法具店の前で、マーリンの足が止まった。
ガラスケースの中。
古い装丁の魔導書。
明らかに、目が釘付けだった。
(‥‥‥あ、これ)
「欲しいのか?」
「‥‥‥‥別に」
即答だったが、視線は戻らない。
店主がニヤリと笑う。
「お目が高い。そいつは古代語で書かれた魔導書でね。値は張るが本物だ」
値札を見て、蓮は一瞬固まった。
(‥‥‥‥たっか!!)
ミスリル換金の金が、かなり削られる。
ーーそれでも。
マーリンは、ただ"欲しそう"に見ているだけだった。
要求もしない。
媚びもしない。
(‥‥‥ああ、もう)
「それ、ください」
「お、毎度!」
マーリンは目を見開いた。
「‥‥‥‥本気?」
「本気。読むだろ?」
少しの沈黙のあと、彼女はゆっくりと頷いた。
「‥‥‥‥‥‥一生、大事にする」
魔導書を抱くその姿は、奴隷ではなくーー
ただの、魔法を愛するエルフの少女だった。
***
その様子を、通りの向こうから見ていた男がいる。
年季の入った外套。
鋭い目。
(‥‥‥‥‥おかしいな)
「低級の店で見かけた"あのエルフが")
男は、確信に近い違和感を覚えていた。
「‥‥‥‥‥面白い」
後に蓮が師匠と呼ぶことになる。
高ランク奴隷商人との、最初の邂逅だった。




