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観測者

 王都アルトリア。


血の匂いがようやく薄れ始めた王座の間に、黒い外套の男は一人立っていた。


ヴァルドの痕跡は、既に片付けられている。

床は磨かれ、壁の染みも消え、まるで何事もなかったかのようだった。


人間の王という存在は、こうも簡単に"無かったこと"にできる。


「‥‥‥‥脆い」


ぽつりと、男は呟いた。


手袋を外し、空中に指先を滑らせる。

すると、薄く歪んだ魔力の痕跡が可視化された。


王族特有の、濃密で整った魔力。


「血統は悪くない。器としての条件も満たしていた」

だが、と男は目を細める。


「魂が軽い」


圧力をかければ崩れ、恐怖を与えれば縋る。

支配の負荷に耐えられない。


あれでは"接続"に使えない。


王座を一瞥する。


「王という肩書きは便利だ。

 人間は、旗があれば勝手に集まる」


だから利用した。

だから担いだ。

だからーー処理した。


静かな足音が背後に現れる。


「次の候補は?」

問う声に、部下は頭を垂れる。


「王家の直系はほぼ消滅。残存の血筋は不明です」


「不明だと?

"あの器"はどうした。闇オークションに出した姫だ」


「それが‥‥‥オークションで落札後、行方知らずで‥‥‥」

男は少し、考えながら問う。


「すぐに探せ。候補となり得る

 "例外"を」


その言葉に、部下は一瞬だけ目を伏せる。


例外。


この世界の枠から、僅かに逸れた存在。


「王族である必要はない。

 だがーー枠に収まらぬ者であること」


男は外套を翻す。


「混乱は、まだ利用できる」

王都はこれから揺れる。

恐怖と疑心が、街を満たす。


その中で、どんな魂が浮き上がるのか。


「観測を続けろ」


命じる声は、冷たくも穏やかだった。


***


それは静かに始まった。


最初は、兵士一名の失踪。

次に、貴族の屋敷で起きた不可解な死。

医師の診断は一致しなかった。

出血はほとんどない。

だが体内の魔力が、根こそぎ消えている。


まるでーー

"抜き取られた"かのようだった。


噂は瞬く間に広がった。


「夜に黒い影を見た」

「地下水路で何かが動いている」

「死体が、干からびていた」


王都は封鎖された。


だが封鎖は安心を生まない。

むしろ恐怖を加速させる。


兵が巡回を強化するほど失踪は増え、

ついには城内の一室で異変が起きる。

見張りをしていた若い兵士が、突如暴れ出した。

瞳孔は開き、皮膚は黒ずみ、魔力が暴走する。

仲間が取り押さえたときには、彼の身体は内側から崩壊していた。

原因は不明。

魔道師団は首を振る。


「外部からの干渉の痕跡がある」


だが、それが何かは分からない。

王家は既に崩れ、統率者を失った王都は、疑心暗鬼に沈んでいく。

誰かが囁いた。

「これは、王位争いの呪いだ」と


別の誰かは言った。

「いや、もっと大きな何かだ」


だが、答えを知る者はいない。

黒い外套の男を除いては。


***


数日後。


バルカスから離れた小さな村の酒場。

昼下がりの静かな空間に、旅人の声が響いた。


「王都が封鎖されたらしい」


その一言で、空気が変わる。


「また内乱か?」

「いや、違う。怪物騒ぎだとよ」


アーサーの手が、止まった。

酒を注いでいた指先が、わずかに震える。


「怪物‥‥‥?」

思わず口を挟む。

旅人は頷いた。


「兵が何人も死んだらしい。

 干からびてたって話だ」


干からびる。

魔力を抜かれた死体。

アーサーの脳裏に、王城の地下で見た魔術儀式の光景がよぎる。

蓮は、黙って聞いていた。


「王族の血が狙われてるって噂もある」


その言葉に、アーサーの呼吸が浅くなる。


王族。


もう捨てたはずの名。

だが血は消えない。


「‥‥‥行かなければ」


小さく、しかしはっきりと言った。

侍女が驚く。


「セレシア様‥‥‥」


「私はもう"アーサー"よ‥‥それに‥‥‥

 王都で何かが起こってる。放ってはおけない」


それは王女としての責任か。

それとも未練か。


二人の話を聞いていたマーリンが言った。


「だめ‥‥‥これは罠。アーサーを誘ってる‥‥」

パンを口に頬張りながら答える。

蓮も、ようやく口を開いた。


「マーリンが言った通り、俺も罠だと思う。」

心配そうにアーサーを見つめる蓮。

アーサーは視線を向ける。


「罠‥‥‥」


「王家が崩れた直後だ。

 混乱に便乗するには、出来すぎている」


蓮の胸に、得体の知れない違和感があった。

これは単なる内乱ではない。

視線のない視線に、触れられているような感覚

アーサーは拳を握る。


「それでも」

声は震えていない。


「それでも、行きます」


契約した。

逃げ道はない。

蓮は、しばらく彼女を見つめた。

そして、ため息をひとつ。


「分かった」

立ち上がる。


「俺も行くよ」

アーサーが息を呑む。


「これは王位の争いの後始末じゃない」

視線は遠く、王都の方角へ。


「もっと、嫌な予感がする」


酒場の外では、風が強まっていた。

王都アルトリアは、再び揺れ始めている。

だがそれは、政争の余波ではない。

もっと深い場所で、何かがうごめいている。

そしてーー

その"例外"は、既に動き出していた。



 

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