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酒場の火は、いつの間にか落とされていた。

夜は深く、窓の外では虫の声だけが淡々と続いている。


卓に残っているのは、蓮とセレシア、それから侍女だけだった。


しばらくの沈黙のあと、

セレシアがぽつりと口を開いた。


「‥‥‥‥名前を、捨てます」


侍女が、はっと顔を上げる。


「セレシア様‥‥‥?」



「"様"も、いらないわ」

静かな声だった。

感情を押し殺しているわけでも、強がっているわけでもない。


ただ、決めた声。


「王女セレシアは、もう死んだ」

「王家も、帰る場所も、もうないもの」


指先が、卓の上で軽く握られる。


「でも‥‥‥」

一瞬だけ、視線が揺れた。


「名前がないのは、不便ね」

少し、寂しそうに笑う。

蓮が、ゆっくりと顔を向ける。


「偽名か?」


「ええ」

セレシアは頷く。

「誰にも辿られない名前がいい」


少し考え込むように目を伏せーー

やがて、はっきりと言った。


「"アーサー"」


「よりにもよって‥‥

 いえ‥‥それでいきます」


侍女が、思わず息を呑む。


「‥‥‥アーサー、ですか」


「剣を振るう者の名」

セレシアは小さく笑った。

「今の私には、お似合いでしょう?」

「それに‥‥‥兄上の意志も‥‥‥」


蓮は、何も言うわずに頷いた。


「分かった」

短く、それだけ。


それで十分だった。


セレシアーーいや、アーサーは、

その瞬間。胸の奥で何かが切れるのを感じていた。


懐かしさでも、後悔でもない。


未練だ。


それを自分の手で、静かに手放す。


(もう、振り返らない)


彼女は、前を見た。


***


同じ頃。


王都・アルトリア。


第二王子のヴァルドは、王座の間でひとり立ち尽くしていた。

血の匂いが、まだ残っている。


第一王子の死後、

急ごしらえで集めた貴族たちは、

今や半分以上が姿を消していた。


「‥‥何故だ」


呟きは、虚しく床に落ちる。


そこへ、足音。

黒い外套を纏った男が、ゆっくりと姿を現した。


「ご安心ください、殿下」

低く、滑らかな声。


「すべて、予定通りです」

ヴァルドは、縋るように男を見る。


「予定通りだと?‥‥

 貴様が言ったのだぞ、俺を担げば、王位は守れると」


声が、わずかに震えた。

それでもまだ、彼は信じている。

いやーー信じようとしている。


黒い外套の男は、ゆっくりと首を傾げた。


「ええ。確かに申し上げました」

その声音は、あまりにも穏やかだった。


「"王位に就くこと"、"王位が守られること"は別だと」


ヴァルドの眉が、ぴくりと動く。


「‥‥‥‥何を、言っている」


「王とは、座るものではありません」

男は淡々と続ける。

「支えられ、利用され、そしてーー

 必要がなくなれば、降ろされる」


一歩、近づく。


「あなたは"王になる器"としては十分でした」

「ですが、"王であり続ける重さ"までは、耐えられなかった」


「‥‥‥黙れ」

ヴァルドの声は、掠れていた。


「俺は、王家の血を引いている」

「正当な後継者だ!」


「ええ」

男は、あっさりと肯定する。

「だからこそ、価値があった」


ーーその一言で、すべてが繋がった。


「‥‥‥‥価値、だと?」


「旗です」

男は言う。

「貴族をまとめるための」

「軍を動かすための」

「他国に"内政干渉"を正当化させるための」


ヴァルドの背後で、足音が揃う。


重い音。

金属が擦れる音。


振り返った瞬間、彼は目を見開いた。

兵たちが並んでいる。

だがーー


「‥‥‥‥その紋章は‥‥‥‥」


外套の隙間から覗くのは、

王家の獅子ではなかった。

鋭角的な、黒い紋章


「なっ‥‥‥!?」

「それは‥‥‥‥王家のものではない!?」


喉が、ひくりと鳴る。


「貴様‥‥!」

「俺は、王だ!!」


叫びは、空しくも広間に反響した。

外套の男は、初めて嘲るように笑った。


「滑稽ですね」


軽く、首を振る


「これはーー処理ですよ。殿下」


「王位継承争いは終わりました」

「役目は、果たされたのです」


男が、指を鳴らす。

兵たちが、一斉に武器を構えた。


その瞬間、ヴァルドは悟った。


ーー自分は、選ばれた王ではない。

ーー選ばれた"段階"だったのだ。


「貴様‥‥‥‥。」

縋るように名を呼ぶ。


「俺は‥‥‥‥約束を‥‥‥」


「ええ」

男は、静かに頷いた。


「だからこそ」

一歩、距離を取る。


「あなたの"王としての物語"は、ここで完結です」

冷たい声だった。


「さようなら、第二王子殿下」


剣が、振り下ろされる。


王位を夢見た男の叫びは、

夜の闇に、音もなく消えた。


そしてーー


王家は、静かに終わった。





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