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表と裏

王都の中央区。

城壁のさらに内側、貴族街の最奥ーー

王立素材庫は存在していた。


白亜の石で組まれた巨大な建造物は、装飾がほとんどない。

だが、その無骨さこそが権威だった。


入口には衛兵がいない。

代わりに、空間そのものが張り詰めている。


「‥‥‥‥ここが?」


蓮が小さく息を呑む。


「そう」

エルメスは当然のように頷いた。

「王国が"金より価値があるもの”を預かる場所だ」


扉はない。

近づくと、空気が歪み、魔法陣が浮かび上がる。


<認証を>


無機質な声が響く。


エルメスは外套の内側から、古びた金属札を取り出した。

王家の紋章が刻まれたそれを、魔法陣へ滑り込ませる。


一拍。


空間が割れ、通路が現れた。


「‥‥‥中、こんな仕組みなんだ」

蓮は呟く。


「侵入者対策さ」

エルメスは淡々と言った。


「正面から入れる人間だけが"客"だ」


マーリンはというと、

光る壁に手を伸ばしている。


「きらきらしてる‥‥‥‥」


「触らないで」

エルメスが即座に止めた。

「それ、王家最強クラスの防衛結界だから」

マーリンは少し残念そうにした。



内部は、想像以上に静かだった。


広い。

だが、がらんとしている。


中央に立つのは、数人の人間だけ。


白衣を纏った鑑定官。

魔力計測器を持った補助官。

そしてーー

一段高い位置に立つ、老齢の男。


「王立素材庫・第一鑑定官、バルムです」


低く、よく通る声だった。


「本日はどのような"国家案件"を?」


その言葉に、蓮の背筋が伸びる。


エルメスは一礼だけして、言った。


「高純度ミスリルの鑑定と、部分換金を」


空気が、ほんの一瞬だけ止まった。


「‥‥‥部分、ですか」


老鑑定官の目が細くなる。


「ええ」

エルメスは微笑む。

「"全部"は、重すぎる」


その言葉に、鑑定官が小さく息を吐いた。


「ではーー拝見しましょう」


運び込まれたのは、

魔導封印が施されたミスリルの塊。


布が外された瞬間。


ーー青白い光が、室内を満たした。


誰も言葉を発さない。

補助官の一人が、思わず魔力計測器を落とした。


「‥‥‥純度、九割八部」

「混じり気‥‥‥なし」

「結晶構造‥‥これは‥‥‥」


鑑定官バルムは、ゆっくりと目を閉じた。


そして。


「‥‥‥王国級、いえ」

少し言い直す。

「王国が表に出したくない級ですね」


蓮は喉を鳴らした。


(やっぱり、ヤバイ‥‥‥)


「今回は、どの程度を?」

鑑定官が尋ねる。


エルメスは指を二本立てた。


「全体の二割」

「用途は伏せて、正規価格で」


「‥‥‥‥記録は残りますが」


「構わない」

エルメスは即答した。

「"存在"だけでいい」


沈黙。


やがて、鑑定官が頷く。


「承りました」

「支払いは、金貨ではなくーー」


「王立信用証で」

エルメスが遮る。


鑑定官は、初めて笑った。


「‥‥‥‥お分かりですね」


数分後。


厚みのある、王立信用証が机に置かれる。

封蝋ふうろう付き、国家保証。


蓮は、その重さを手に取って思う。


(これ一枚で‥‥‥国が動くんだ)


マーリンはそれを見て、首を傾げた。


「‥‥‥‥これ、ごはん?」


「違う」

エルメスが即答する。

「でも、世界一おいしいご飯に変えられる」


「すごい!」

マーリンは目を輝かせた。


王立素材庫を出る時、

背後で重い声が響いた。


「ーーエルメス殿」


振り返る。


「王国は、貴方の動きを"覚えました"」


エルメスは軽く手を振った。


「それでいい」

「忘れられる商人は、三流だ」


外に出た瞬間、

王都の喧騒が一気に戻ってくる。

蓮は、深く息を吐いた。


「‥‥‥なぁ師匠」

「今ので、相当目立ったよね?」


「もちろん」

エルメスは笑う。

「だから次はーー"見えない金"を取りに行く」


マーリンが元気よく手を上げる。


「つぎ!どこ行くの!」


エルメスは外套を翻し、言った。


「裏だよ」

「ーー商会の、奥の奥さ」


***



王都南区。

正規の市場から外れた石畳の裏路地に、その商会はあった。


看板は小さい。

だが、出入りする人間の"質"が違う。


「‥‥‥ここ、普通の商会?」

蓮が小声で聞く。


「表向きはね」

エルメスは気にも留めずに答える。

「裏は"王より金を動かす場所"だ」


扉を叩くと、即座に開いた。


「お待ちしておりました」

現れたのは、痩せぎすの男。

目だけが異様に鋭い。


「話が早い」

エルメスは名乗らない。

「ミスリルだ」


男の喉が、わずかに鳴った。


「‥‥‥‥量は?」


返事の代わりに

マーリンが小さな袋を差し出す。


中身が覗かれた瞬間

男の顔色が変わった。


「‥‥‥‥地下へどうぞ」


地下金庫。


壁一面に魔導刻印。

空気が重い


待っていたのは、ここの商会長グラナダ。


恰幅のいい中年男性。だが‥‥

色の濃い化粧をし、女性のような格好をしていた。

指には宝石の指輪が並ぶ。


「これはこらは‥‥‥可愛らしいお客さん♡」

笑顔だが、目が笑っていない。


マーリンがすかさず質問。


「‥‥‥女の人?」


慌てて、マーリンの口を塞ぐ蓮。


「んぐぐっつ‥‥‥」


「いいのよ♡不思議に思っても仕方ないわ

 私のことは、グラちゃん♡とでも呼んでちょうだい」


「グラち‥‥‥」


「こらっ」

蓮はさらにマーリンの口を塞ぐ。


「それはそうと‥‥‥エルメス。

 王立素材庫の"後"で、うちに来るとは

 随分と大胆じゃなーい?」


「情報が早いな。

 まぁ‥‥だから来た」

エルメスは椅子に座り、足を組む。

「君は"表と裏の相場差"を知っているからね」


グラナダは一瞬、沈黙した。


「‥‥‥‥どれほどを?」


「全体の三割」

「都市を分ける」

「精錬前の塊で」


「‥‥‥無茶苦茶ね」

グラナダは苦笑した。

「相場が暴れるじゃない」


「いや。暴れない」

エルメスは即答する。


「"流し方"を君が知っているからね」


沈黙。


やがてグラナダは言う。


「値は?」

「正規の八割が限界よ」


その瞬間。


エルメスは、袋から"もう一欠片"を取り出した。

青白い光が、地下を満たす。


「‥‥‥‥っ!」


グラナダは立ち上がった。


「あんた‥‥精錬前で、この純度‥‥‥!」

「ありえない‥‥こんな物、見たことが‥‥」


「七割五分」

エルメスは淡々と言う。

「その代わりに、"最初の取引相手"に君の名が残る」


「‥‥‥‥ッ」


グラナダの手が震えた。


(最初の取引)

それは、"歴史に残る"という意味だ。


「‥‥‥‥分かった」

グラナダは深く息を吐いた。


「その条件で引き受けたわ」


「賢明だね」


契約に金貨は使われなかった。


代わりに、

宝石、信用証、土地権利、魔導契約ーー

"金以上の価値"が積まれていく。


蓮は、唖然とする。


(‥‥‥‥金って、数字じゃないんだな)


マーリンは、宝石を一つ持ち上げて言った。


「これ、綺麗‥‥。

 ご飯になる?」


「ならない」

エルメスが即答する。

「でも、国は傾く」


「???」

マーリンは首を傾げた。

そこに、セシルがひょっこり顔を出す。


「やっぱり来てましたね〜!」

「もう裏も押さえてありますよ!」


エルメスは少し呆れ顔でいう。

「‥‥‥君、どこにでもいるね」


「仕事ですから!」


***


契約が終わる。


グラナダが最後に言った。


「忠告するわ」

「この量のミスリルを動かせばーー」

「必ず"嗅ぎつける連中"が出るわ」


エルメスは立ち上がる。


「だからこそ、価値がある」


蓮は、拳を握った。


(もう、戻れないな)


マーリンが笑っている。


「いっぱい人、助けられるね!」


エルメスは、その頭を軽く撫でた。


「そのための金だ」


地下金庫を出るとき、

王都の夜が、静かに三人を包んだ。


金は集まった。

信用も、敵意も。


次に動くのはーー

王国か、貴族か、それとも"敵"か。



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