作戦会議
王都外れ、職人街と倉庫街の境目にある酒場は、地図にも名前が載らないような場所にあった。
昼は荷物運びの男や下請け商人が喉を潤し、夜になれば裏稼業の人間や訳ありの旅人が自然と集まるーー
そんな"表と裏のあいだ"にある酒場だ。
古い木の扉は何度も塗り直され、床板は長年の足音でわずかに湾曲している。
壁には討伐依頼書や古い剣、意味の分からない紋章が無造作に飾られ、どれもがこの店を通り過ぎた無数の人生の名残だった。
その日も、店内は静かすぎるほど静かだった。
蓮とマーリン、エルメスは酒場の隅の席に並んで座っていた。
昼間から開いている安酒場は、客もまばらで、
酔い潰れた傭兵と、黙って杯を傾ける商人が数人いるだけだ。
マーリンは蓮の隣でミルクを飲み、蓮の様子を伺っていた。
「‥‥‥‥空気が重いな。」
エルメスは、琥珀色の酒を揺らしながら言った。
氷が、カランと静かに鳴る。
「師匠‥‥‥。俺‥‥嫌な予感がするんだ」
蓮は、冷めたスープに手もつけず、窓の外を見ていた。
「理由は?」
「わからない。
でも‥‥‥何か、取り返しのつかないことが起きた気がする」
エルメスは、ふっと息を吐く。
「君の"勘"は、だいたい当たるからな。
当たらないでほしい時ほど、よく当たる」
マーリンがうんうん。と頷く。
「マスターの勘。ロクでもない‥‥‥」
「おい‥‥怖いこと言うな」
その時だった。
酒場の扉が、静かに開いた。
外套を深くかぶった女が、一人、店に入ってくる。
足取りは慎重だが、迷いはない。
女は、店内を見回し、
そして、一直線に蓮とマーリン、エルメスの席を見た。
「‥‥‥‥蓮様、ですね」
低く、震えた声だった。
蓮は顔を上げ、エルメスと視線を交わす。
マーリンが警戒する。
「俺が蓮だけど‥‥‥あなたは?」
女は、周囲を警戒するように見回してから、フードを外した。
現れたのは、見覚えのある侍女の顔。
だが、その表情には、疲労と恐怖が刻まれていた。
「私は‥‥‥‥セレシア様にお仕えしていた者です」
(セレシアの横にいた侍女だ。覚えている。)
その瞬間、エルメスの目の色が変わった。
「‥‥‥仕えて"いた"と言ったね」
女は、ぎゅっと握りしめ、視線を落とす。
「アルトリア王国は‥‥滅びました」
その言葉が、音もなく落ちた。
次の瞬間、酒場の空気が凍りついた。
「えっ‥‥‥何だって?」
蓮が、低く聞き返す。
「王城は陥落し、第一王子レオンハルト様は戦死。
国王陛下も‥‥‥すでに‥‥‥」
言葉の続きを、女は飲み込んだ。
蓮はゆっくりと立ち上がる。
「セレシアさんは?」
女の肩が、少し震えた。
「‥‥‥捕えられました。
第二王子‥‥‥いえ、新国王となった者の命で」
エルメスは、指を組み、静かに言った。
「"厄介払い"だね。
王位を脅かす存在は、近くに置けない」
「そして‥‥‥‥」
女は、意を決したように顔を上げた。
「セレシア様は‥‥闇オークションに‥‥‥‥出されます」
「ほう」
エルメスの口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「ずいぶん、下劣な即位祝いだ」
「だがー一人の欲ほど、値段のつけやすいものもない。」
蓮の拳が、音を立てて握り締められた。
「いつだ。」
「三日後に。
バルカス領内、地下都市で行われます」
エルメスは、顎に手を当てる。
何かの辻褄があったらしい
「なるほど。
だから最近、バルカスの貴族連中が妙に動いていたわけだ」
「そんなことまで知ってるの!?師匠」
蓮は驚いた顔でエルメスを見つめた。
「まぁね!ハイクラスの奴隷商をやっていたら、
嫌でも情報は入ってくるもんさ」
女は、小さな地図を取り出し、机の上に広げた。
「ここです。
表向きは廃鉱山ですが、地下には大規模な闇市場があります」
(ここで闇オークションが‥‥‥)
蓮は地図を見つめ、低く言った。
「まだ‥‥‥間に合うな」
女が、はっと顔を上げる。
「た、助けに行かれるのですか?」
「当たり前だ」
蓮は、剣の柄に手を置いた。
「見捨てることなんてできないよ。
あなたもその為に来たんでしょ?」
「‥‥‥はい。そうですが‥‥」
それを聞いてエルメスは、ゆっくりと立ち上がった。
「普通なら力で取り返すところだけど‥‥
僕たちは‥‥‥‥金と頭で奪い返す」
「‥‥‥本当に?姫さまを‥‥」
女の目に、涙が浮かぶ。
「ああ」
エルメスは、軽く肩をすくめた。
「闇オークションは、僕の得意分野でね。
欲しがる者の心理ほど、扱いやすいものはない」
蓮は、女をまっすぐに見た。
「セレシアさんは、必ず連れ戻すよ」
蓮は、静かに言った。
「力でも、金でも、
使えるものは全部使ってーー迎えに行く」
気づけば、窓から見える風景は薄暗くなっていた。
夜の酒場は、昼間とは違いやけに静まり返っていた。
壁際のランプだけが、橙色の光で四人の影を床に落としている。
蓮、エルメス、マーリン、そしてフードをかぶった謎の女ーーセレシアの侍女。
彼女は、意を決したように顔を上げた。
「‥‥‥お願いです。姫さまを‥‥セレシア様をお助けください」
その声は、震えていた。
蓮は、即答した。
「助ける。当たり前だ」
エルメスは腕を組み、少しだけ口元を歪める。
「感情論としては満点だが‥‥‥現実問題として聞こう。
君たちは"どこ"に売られるか、分かっているのか?」
「‥‥‥闇オークションです。
バルカス王国の貴族が主に参加する、地下の競売に‥‥‥」
エルメスの目が、細く光った。
「そうだ。なら話は早いな」
侍女は、思わず身を乗り出す。
「た、助けるとは‥‥‥具体的には、どのように?」
蓮が答える前に、エルメスが口を開いた。
「力ずくでも奪えるが、確実じゃない。
だからーー"正攻法"で奪い返す」
「正攻法‥‥‥?」
「つ・ま・り、金だ。
オークションで、正規の落札者として姫を買い戻す」
侍女は絶句した。
「そ、そんな大金‥‥‥貴族の方達が参加されるのですよ!?」
「用意する」
短く言ったのは、蓮だった。
「どうやって?」
侍女は不安そうに蓮に問う。
エスメスが、にやりと笑う。
「運と縁を、我々はすでに持っている。
君は知らないだろうが、こいつは"鉱脈に愛された男"でね」
蓮は、少し気まずそうに頭をかく。
「前に‥‥‥ミスリル鉱山を見つけたことがある」
侍女の目が見開かれた。
「ミ、ミスリル‥‥‥‥!?」
「その鉱山、まだ生きている可能性が高い」
「そこを押さえれば、軍資金は一気に作れるはず」
エルメスは、指を鳴らした。
「まずは鉱山の確保。
次に採掘。
換金。
そしてーー闇オークションに殴り込み、だ」
蓮は、拳を握る。
「待ってろ、セレシア。
必ず迎えに行く」
侍女は、深く頭を下げた。
「‥‥‥‥ありがとうございます。
たとえ命を賭しても、私はお二人に従います」
エルメスは、楽しそうに言った。
「いいね。命がけの賭けほど、商売は燃える」
こうして、
"姫を買い戻すための軍資金作り"という、
無茶で危険で、そして誰も真似できない計画が動き出した。
次なる目的地はーー
かつて奇跡を生んだ、ミスリルの鉱山だった。




