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崩壊

森は、異様だった。


切っても、切っても、倒したはずの魔物が立ち上がる。

血を流しても、苦しむ様子すら見せず、

まるで命令だけで動く人形のようだった。


「‥‥‥‥おかしい」


セレシアは剣を振るいながら、歯を噛みしめた。


「こんな魔物、聞いたことがない‥‥‥」


首を落としたはずの個体が、

ふらりと立ち上がる。


胴を裂いたはずの個体が、

無言で迫ってくる。


「‥‥‥こいつらは、生き物じゃない‥‥‥?」


汗が背を伝う。


敵は、明らかに"時間稼ぎ"をしているようだった。

数ではない。強さでもない。

ただ、しつこく、執拗に、

彼女をこの森から出させないためだけに、現れ続けている。


「‥‥‥誰かが、意図的に動かしている‥‥‥」


剣を振るうたび、

心の中で焦りが膨らんでいく。


(兄上‥‥‥)


(何かが、王都で起きている‥‥‥)


その時、遠くで、空が赤く染まった。


ーー王都の方角。


炎だ。


煙が、風に乗って、微かに匂ってくる。


「‥‥‥‥そんな‥‥‥‥‥」


胸が、嫌な音を立てた。


「兄上に‥‥‥‥伝えなくては‥‥‥!」


セレシアは魔物を振り切り、

無理やり進路をこじ開けるように走り出した。


だがーー


森の奥から、黒い霧が立ち上がった。


霧の中から、異形の魔物が現れる。

明らかに、今までとは"格"が違う存在。


「‥‥‥まだ、来るのか!?」


剣を構え直す。


息は荒く、腕は重い。

それでも、退くわけにはいかなかった。


「通してくれ‥‥‥!私は、王都へーー!兄上の元に!!」


だが魔物は、無言で、ただ塞ぐように立ちふさがる。


***


その頃ーー

王都アルトリアでは。


城門は破られ、

市街は炎に包まれていた。


騎士団は各地で分断され、

統率を失い、混乱の中で戦っていた。


王城前の広場に立っていたのは、

第一王子レオンハルト。


鎧は割れ、血に染まり、

それでも彼は、剣を手放さなかった


「これ以上‥‥‥民に手を出すな‥‥」


背後には、避難しきれなかった民たちがいる。

老人、子供、怪我人ーー

戦えない者たち。


レオンハルトは、ただ一人で、

敵兵と魔王の群れの前に立ち続けた。


「私は‥‥‥王子である前に、剣士だ」


剣を握る手に、力を込める。


「そして、アーサーの名を継ぐ者だ」


敵が、押し寄せる。


彼は、何度も斬った。

何度も倒した。

それでも、数は減らなかった。


肩を裂かれ、

脇腹を貫かれ、

膝が、震え始める。


それでも、立ち続けた。


「‥‥‥セレシア‥‥‥」


ふと、妹の顔が脳裏に浮かぶ。


「無事でいてくれ‥‥‥」


剣が、地面に突き刺さる。


それを支えに、立ち上がる。


最後に振り返った先には、

怯えながらも、彼を見つめる民の姿。


「‥‥‥生きろ」


「この国は‥‥‥‥まだ、終わっていない‥‥‥」


次の瞬間、

無数の刃と牙が、彼に襲いかかった。


グサぁぁ!!!グシャぁぁ!!ブシュっ!!

ポタ‥‥‥ポタ‥‥‥。


「くっ‥‥‥‥‥。」


レオンハルトは、最後まで剣を離さなかった。


その身体が倒れた時ーー

広場には、一瞬だけ、静寂が訪れた。


それが、

アルトリア王国が"音を立てて崩れた"瞬間だった。


***


レオンハルトが倒れたその夜、

アルトリア王城は、静まり返っていた。


いやーー

正確には、"静まらされていた"。


生き残った騎士たちは拘束され、

重臣の多くは姿を消し、

王城には、不自然なほど整った秩序だけが残されていた。


王座の前に立つのは、第二王子ーー。


彼は、血のついた床を見下ろしながら、

静かに笑った。


「兄上は‥‥‥立派だったよ」


その声に、涙はない。

悔恨もない。

ただ、満足だけがあった。


「だが、時代が違った。

 英雄ごっこは、もう終わりだ」


背後に、黒衣の男ーー

あの"怪しい男"が立つ。


「お見事です、殿下。

 これで、アルトリアは"あなたの国"になります」


第二王子は、王座に腰を下ろした。


「ふふ‥‥‥これからは、

 俺こそが"王"だ」


即位の儀は、形だけ整えられた。

民にはこう伝えられた。


_______________________


ーー第一王子は戦死。

ーー国王は病に倒れ、間も無く崩御。

ーー混乱を治めるため、第二王子が王位を継ぐ。


______________________


真実を知る者は、

もう、ほとんど残っていなかった。


その頃ーー

森の中で、セレシアは膝をついていた。


魔物の波は、ようやく止んだが。

彼女の身体は、すでに限界だった。


「‥‥‥遅すぎた‥‥‥?」


胸が、締め付けられる。

王都の方角からは、

炎と黒煙が絶えず上がっている。


それが意味するものを、

彼女は理解してしまった。


「‥‥‥兄上っ‥‥‥‥?」


立ちあがろうとした瞬間、

背後から、冷たい感触が首元に触れた。


「動かないでください、姫様」


振り返ると、

黒衣の男と、武装した兵たちが立っていた。


「あなたを拘束しに来ました」


セレシアは剣を握ろうとしたが、

身体が言うことをきかなかった。


「‥‥‥第二王子、ヴァルド様の命です。

 いえ、新たな"国王様"の命と言った方が正しいですね」


その言葉に、

心のどこかで、何かが音を立てて崩れた。


「何を馬鹿なことを!!それに次期国王は

 レオンハルト兄様のはずだ‥‥」


男は、答えなかった。

ただ、意味ありげに微笑むだけだった。


意識が遠のく。


最後に見えたのは、

夜空に浮かぶ、歪んだ月だった。


***


アルトリア王国は、一夜にして崩れた。


それは、戦争というよりもーー

「崩壊」という言葉の方が、あまりにも正しかった。


王城の塔は燃え、

市街地では火の手が止まらず、

騎士団じゃ統率を失い、

民は逃げ惑った。


原因はただ一つ。


ーー第二王子の"裏切り"。


彼は敵国バルカスと通じ、

人為的に作られた魔物と反乱兵を同時に解き放った。


内側から壊すために。


王城は包囲され、

第一王子レオンハルトは前線に立ち、

最後まで剣を振るい続けた。


「民を‥‥‥守れ‥‥」


その言葉を最後に、

"アーサー"の名を継ぐ者は、戦場に散った。


国王と王妃は行方不明。

国家を担う、大臣たちは政治の場から退いた。


混乱の中、王座に座ったのはーー

第二王子のヴァルドだった。


彼は民に向けて、こう宣言した。


「王国を救うため、私は剣を取った。

 だが、その裏で反逆を企んでいた者たちがいる」


その反逆者の筆頭に挙げられた名はーー


【セレシア・アルトリア】


王城に戻ったセレシアを待っていたのは、

歓迎ではなく、拘束だった。


「‥‥‥兄上と父上は?」


「反逆者に語る言葉はない」


第二王子は、冷たい目でそう告げた。

そして開かれた、名ばかりの裁判。


証拠はすでに"用意されていた"。


______________________


・敵国と通じていたという偽の書簡

・怪しい男(バルカスの手先)の偽証

・侍女による密告という形を取った裏切り


______________________


セレシアは、何一つ理解できなかった。


「私は‥‥‥国を守ろうと‥‥‥」


だが、声はかき消された。


「王家の恥」

「戦場で逃げた臆病者」

「第一王子を見捨てた女」


罪は、いくらでも重ねられた。


そしてーー


「貴様はーー王族の身分を剥奪する」


その一言で、

セレシアは"姫"ではなくなった。


名前も、立場も、誇りもーー

すべて奪われた。


表向きには、こう発表された。


______________________


『セレシアは反逆の罪により処刑された』


______________________


民は嘆き、

同情の声もあったが、

恐怖の前では、やがて沈黙した。


だがーー


彼女は、死んでいなかった。


夜、密かに城の裏門から連れ出され、

目隠しをされ、

口を塞がれ、

馬車に押し込まれた。


向かう先は、公式の地図には存在しない。


闇の道。

闇の取引。

闇の市場。


「王族を殺せば英雄になる。

 だが、生かして消せば‥‥‥誰も探さない」


第二王子は、そう笑った。


政治的に邪魔な存在を、

"完全に消す"ための方法。


それがーー

奴隷として売る、という選択だった。


セレシアは、鎖に繋がれながら、

ただ一つだけ、心の中で繰り返していた。


(兄上‥‥‥)


(私は‥‥‥まだ、剣を捨てていません)


名前も、国も、誇りも奪われたがーー

彼女の中の"アーサー"だけは、

まだ、消えていなかった。


そしてその運命は、やがてーー

闇オークションという名の舞台で、

蓮たちと、再び交差することになる。



***



ーー目を覚ました時、

彼女は、鉄格子の中にいた。


手首には枷。

足にも鎖。


ここが、王城ではないことだけは、すぐにわかった。


「‥‥‥ここは‥‥‥どこだ?」


扉の向こうで、誰かが笑う。


「目が覚めたか、王女様」


「いや‥‥‥"元"王女か」


セレシアは、唇を噛みしめ男に問う。


「ここはどこだ!!お前はいったい‥‥‥」


「すぐに分かるさ」


男は、椅子に座り

不気味な笑みを向けてくる。


知らない場所。

知らない天井。


彼女はまだ知らない。


この先に待つのが、

闇オークションという名の地獄であることを。






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