異変
夜。王城の執務室。
レオンハルトは、地図の上に石を並べていた。
城の裏門、南の塔、倉庫街ーー
噂に上がった場所に、同じ色の石を置いていく。
「‥‥‥やはり不自然だな」
傍には、忠臣の騎士が控えている。
「第二王子殿下は、毎回"偶然"を装っていますが‥‥‥
さすがに多すぎます」
「だが、証拠がない」
レオンハルトは、拳を握る。
「弟を疑うには、あまりに脆い材料だ」
「では、どうなさいますか」
「影で調べる。
"黒い外套の男"を先に捕まえろ。
奴が口を割れば、全てが見えるはずだ」
騎士は、静かに膝をついた。
「御意」
レオンハルトは、窓の外をみた。
(間に合え‥‥‥
まだ、引き返せるはずだ)
***
その頃。
城の外、地下の古い礼拝堂跡。
松明の火が、壁に歪んだ影を映す。
怪しい男が、低く笑った。
「‥‥さすがは第一王子。
匂いに気づき始めましたよ」
第二王子は、腕を組んだまま言う。
「だからなんだ?」
「そろそろ、選んでいただく必要があります」
怪しい男は、一歩近づく。
「"弟"でいるか。
"王"になるか」
第二王子の唇が、歪む。
「俺は‥‥‥
ずっと、影だった」
「なら、光を奪えばいい」
「兄上から?」
「ええ。
英雄の名も、民からの信頼も、王座もーー」
怪しい男の目が、赤く光った。
「全て、あなたのものになります」
沈黙。
やがて、第二王子は言った。
「‥‥‥戻れなくなるな」
「いや‥‥最初から、戻る道などないか‥‥‥」
第二王子は、ゆっくりと頷いた。
「いいだろう。
俺が"王"になる」
怪しい男は、深く頭を下げた。
「その日を、バルカスは心よりお待ちしております」
地下の闇に、二人の影が溶けていった。
***
王城・北の塔の上階。
窓の外では、アルトリアの街灯が静かに揺れている。
その光を背に、第二王子は怪しい男と向かっていた。
「‥‥‥具体的に、どうする」
第二王子の声は低い。
怪しい男は、奥から地図を取り出した。
広げられたのは、国境沿いの要塞群と街道。
「まず、"守り"を壊します」
男の指が、三つの砦をなぞる。
「南の<グラン砦>
東の<セルド砦>
西の<ヴァルナ砦>」
「いずれも、兄上の腹心が預かっている場所だな」
「ええ。だからこそ、価値がある」
男は、薄く笑った。
「補給路を断ち、内部から混乱を起こす。
その混乱を"魔物の暴走"に見せかける」
第二王にの眉が動く。
「魔物‥‥‥‥?」
「はい。
"人為魔物"を、国境に解き放ちます」
「‥‥‥‥本気か」
「ええ。
民はこう思うでしょう。
"王家は、国を守れなかった"と」
男は、囁くように言った。
「そして、あなたが言うのです」
『兄上は、英雄の名に縋っただけだ』
『私は、現実を見ている』
『だから、私が国を導く』
第二王子の指が、地図の端を強く掴んだ。
「兄上は‥‥‥必ず前線に出る」
「もちろん。
アーサーの名を継ぐ者ですから」
男は、楽しそうに言った。
「英雄は、民の前で倒れなければ意味がない」
沈黙。
やがて、第二王子は言った。
「民も、兄上も、駒か」
「王になる者にとって、全ては駒です」
第二王子は、窓の外を見た。
城下町の明かりが、遠く瞬いている。
「‥‥‥始めろ」
その一言で、歯車が回り始めた。
***
数日後。
南の<グラン砦>近辺で、異変が起きた。
・家畜が引き裂かれる
・兵が消息を絶つ
・夜ごと、赤黒い影が徘徊する
人々は噂した。
「魔物が‥‥‥増えている」
「いや、前と"違う"‥‥‥」
王城にも報告が届く。
「国境で、正体不明の魔物を確認」
「通常の魔物と、性質が異なります」
レオンハルトは、報告書を握りしめた。
「‥‥‥始まった、か」
その頃。
第二王子は、静かな笑みを浮かべていた。
「兄上‥‥‥
英雄は、舞台に立つ時だ」
アルトリア滅亡への、第一歩だった。
***
夜明け前。
南方街道、森と草原の境目。
月明かりの下、血の匂いが漂っていた。
セレシアは剣を構えたまま、荒く息を吐く。
足元には、すでに数体の魔物が倒れている。
だがーー終わらない。
闇の奥から、また別の影が這い出してくる。
「‥‥‥‥おかしい」
低く、独り言のように呟く。
一体、斬る。
二体、斬る。
三体目っ!、斬る。
それでも、森の奥から同じような"何か"が現れる。
「‥‥‥切っても、切っても‥‥‥」
剣先が、わずかに震えた。
「‥‥‥きりが、ない」
魔物たちは、どこか歪んでいた。
角や牙は魔物のものだが、体の作りが不自然だ。
筋肉の付き方、関節の向き、目の濁り方ーー
"生き物"というより、"作られたもの"に近い。
バケモノ‥‥。と言っても過言じゃない
「‥‥‥こいつらは、本当に魔物なのか?」
一体が、悲鳴のような声が上げて突っ込んでくる。
セレシアは一歩踏み込み、斬り伏せた。
血が飛び散る。
だが、その血の色はーー黒と赤が、まばらに混じっていた。
「‥‥‥生き物の血じゃ、ない‥‥」
胸が、ざわつく。
(誰かが、作っている‥‥‥?
人の手で‥‥?)
背後から、風を切る音。
振り向くと、また新しい影が現れていた。
(これは、ただの魔物騒ぎじゃない)
アルトリアのどこかで、
"何か"が、意図的に動いている。
「兄上に伝えなくては‥‥‥」
セレシアは剣を下ろし、深く息を吐く。
倒れた魔物たちをもう一度だけ振り返りーー踵を返した。
一刻も早く、王城へ。
この異変を、誰よりも信頼する兄に伝えるために。
だがーー
その背に、忍び寄る影があることに、
この時のセレシアは、まだ気づいてなかった。




