国王
王宮・謁見の間。
高い天井には、
歴代の"アーサー"を描いた大きな壁画が並んでいた。
剣を掲げ、民を守る英雄たち。
その中心に描かれているのはーー
現国王、アウレリウス・アルトリア。
王座の前に、
セレシアは膝をついた。
「父上。
セレシア・アルトリア、無事、帰還いたしました」
「顔を上げよ、セレシア」
低く、よく通る声。
国王アウレリウスは、白銀の髪を後ろに流し、
堂々と王座に腰をかけていた。
その姿は、まさに"アーサー"の名を継ぐ者。
セレシアが顔を上げると、
アウレリウスは、ほんの一瞬だけ、表情がを緩めた。
「‥‥‥無事で何よりだ」
その一言に、
セレシアの胸が少しだけ温かくなる。
「街道沿いの村々から、報告が来ている
魔物の被害が減ったとな」
セレシアは息を呑む。
「‥‥‥通りすがりの者が、
魔物を討ったと聞いています」
「ほう」
アウレリウスの目が細められる。
「名を、"アーサー"と名乗ったそうだな」
「‥‥‥‥‥」
セレシアの指が、わずかに震えた。
「その名を名乗るには、覚悟がいる」
国王は、壁画を見上げる。
「この国では、
"アーサー"とは、
剣を持つ者の称号であり、
民を守る誓いそのものだ」
「‥‥‥はい」
「それを名乗る者が、
正体を隠し、民を救っている」
アウレリウスは、静かに笑った。
「面白い。
そしてーー危うい」
その時。
「父上」
一歩前に出たのは、第二王子だった。
「その者が、本当に民の味方とは限りません。
名を騙る不届き者の可能性も」
その言葉に、
セレシアの胸がきゅっと締め付けられる。
「‥‥‥兄上」
レオンハルトが、穏やかに口を挟む。
「結果として、
村が救われているのは事実です」
「だからこそ、危険なのです」
第二王子は、冷たく言った。
「民の信頼を集め、
いずれ王家を揺るがすかもしれない」
セレシアは、思わず声を上げそうになり、
ぐっと堪えた。
(‥‥‥違う。
あの人は‥‥‥)
「‥‥‥よい」
アウレリウスが、場を制した。
「噂に踊らされるな。
だが、見過ごすことも出来ぬ」
王は、セレシアを見る。
「セレシア。
お前は、街道を通って帰還したな」
「‥‥‥‥はい」
「その"アーサー"を、見たか?」
一瞬の沈黙。
セレシアは、ゆっくりと答える。
「‥‥‥いいえ。
直接は、見ておりません」
それは、半分だけの真実だった。
アウレリウスは、じっと娘を見つめ、
やがて頷いた。
「ならばよい。
今は、国境がきな臭い」
王座の間に、緊張が走る。
「バルカスとの衝突は、
もはや時間の問題だ」
「‥‥‥!」
「この国に、"偽りのアーサー"が現れるのなら、
本物が示さねばならぬ」
アウレリウスは、壁画に手を向けた。
「"アーサー"とは、名ではない。
意思だ」
セレシアは、胸の奥で、
その言葉を何度も繰り返した。
(‥‥‥意思。
人を守る、意思‥‥‥)
***
アルトリア王国・王城西翼。
窓の外では、第一王子レオンハルトの凱旋準備が進んでいた。
旗、花、音楽ーーすべてが"英雄"のための舞台。
それを背に、第二王子ヴァルドは静かに笑っていた。
「‥‥‥滑稽だな」
英雄、英雄、英雄。
この国は、いつも同じものしか見ない。
「兄上はアーサーの名に守られているだけだ。
本当の王に相応しいのは‥‥‥俺の方だというのに」
その時、背後から声がかかった。
「その通りでございます、殿下」
振り返ると、そこにいたのは見知らぬ男。
城の人間ではない。
だが、ここに立っている時点で、ただ者ではない。
「‥‥‥来たか」
ヴァルドは、驚きもせずに言った。
男は一礼する。
「準備は、順調に進んでおります。
"時"が来れば、この国はーー
すべて、あなた方のものになりますよ」
「当然だ」
ヴァルドは、窓の外を見下ろしながら答える。
「このl国は、英雄ごっこに酔いすぎた。
だからこそ、壊す価値がある」
男は、低く笑った。
「あなたこそが、真の英雄なのですから」
その言葉に、ヴァルドの口元が歪む。
「そうだ‥‥‥俺こそが、
ここの王として立つ男だ」
「第一王子は、いずれ"消える"」
男は淡々と言う。
「事故か、戦か、それともーー
民が信じる"英雄の最期"として」
「その後に残るのは、誰だ?」
ヴァルドは、ゆっくりと振り返った。
「‥‥‥俺だ」
「はい。殿下です」
男は深く頭を下げる。
「すでに、外では駒が動き始めております。
敵国も、貴族も、裏切り者も‥‥‥
すべて、あなたの王座のために」
ヴァルドは、静かに笑った。
「兄上が守ってきた国を、
俺が"正しい姿"に作り替えてやる」
その目に宿るのは、嫉妬ではない。
劣等感でもない。
ただーー
"奪う覚悟"を決めた者の、冷たい光だった。




