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アルトリア王国

――アルトリア王国。


大陸西方、豊かな平原と霧深い森に囲まれたその国は、古くから「剣と誓約の国」と呼ばれてきた。


国を興したとされるのは、遥か神代の英雄――アーサー王。

聖剣を携え、魔を討ち、人を導いたその王の名は、単なる個人の名前ではない。


この国において「アーサー」とは、英雄の称号であり、王たる資格そのものを意味する。


代々の王は即位の際、己が生き方と覚悟をもって、その名を継ぐか否かを国と民に示してきた。

名を継ぐ者は王であり、王である者はまた、英雄でなければならない――それがアルトリア王国の不文律である。


そして現在――

「アーサー」の名を継いでいる者は、二人いる。


一人は、現国王。

【アウレリウス・アルトリア。】


先代王の崩御に伴い王位に就き、王として、そして“アーサー”として国を統べる男。

その治世は安定しており、周辺諸国との均衡も保たれていた。


もう一人は、次代の王としてその名を許された第一王子――

【レオンハルト・アルトリア。】


剣の才に優れ、民からの信頼も厚い。

若くして「アーサー」を名乗ることを認められた彼は、誰の目にも次期国王としてふさわしい存在だった。


だが――


その光が強ければ強いほど、影もまた濃くなる。


第二王子は、その影の中にいた。


英雄の名を継げぬまま、王家に生まれたという事実だけを背負わされた男。

彼の胸に渦巻く感情は、やがて国の命運を左右することになる。


そして、もう一人。


英雄の名を名乗りながら、王都の外で剣を振るう者がいた。


本名――【セレシア・アルトリア。】


王女でありながら、誰にも告げず魔物討伐に赴き、

その際はただ「アーサー」と名乗る少女。


それは憧れか、逃避か、それとも――


まだ誰も知らない。


だがこの国の運命が大きく動き出すとき、

その名が、再び重くのしかかることになる。


***


アルトリア王国、王都アルトリア。

白亜の城壁に囲まれた王城の中庭に、馬車が静かに止まった。


扉が開き、薄い外套を纏った少女が地に立つ。

その立ち姿には、旅の疲れよりも、凛とした覚悟が宿っていた。


「ーー兄上。

 ただいま、帰還しました」


【セレシア・アルトリア。】

第三王女にして、王家の末娘。


その声に、真っ先に歩み寄ったのはーー


「無事で何よりだ、セレシア」


柔らかな笑みを浮かべた青年だった。

金髪碧眼、騎士装束をみに纏いながらも、その佇まいは剣よりも人を安心させる。


第一王子【レオンハルト・アルトリア】

少しばかり心配そうにセレシアを見つめる。


「怪我はないか?

 ‥‥‥顔色が少し悪いな」


「問題ありません。

 少々、街道が荒れていただけです」


セレシアはそう答え、軽く首を振った。


(‥‥‥嘘だな)


レオンハルトはすぐに察したが、それ以上は聞かなかった。

問い詰めるより、帰還を喜ぶことを選ぶ男だった。


「それでも無事でよかった。

 父上も、戻りを案じておられた」


その言葉に、セレシアは一瞬だけ視線を伏せーーそして、微笑んだ。


「はい。

 後ほど、父上にもご報告を」


だが、その穏やかな空気を、鼻で笑う声が切り裂く。


「"街道が荒れていた"だと?」


重たい拍手が、わざとらしく響いた。


「ずいぶんと便利な言い訳だな、妹よ」


柱の影から現れたのは、第二王子。

鋭い目つきと、口元に浮かぶ歪んだ笑み。


【ヴァルド・アルトリア】


「王女が護衛も最低限で外出。

 挙句に"荒れていた"で済ませるとは‥‥‥」


肩をすくめ、皮肉たっぷりに続ける。


「随分と、

 "自由"を満喫しているようじゃないか?」


セレシアの指先が、わずかに強張った。


「‥‥‥兄上。

 私は王命に従いーー」


「王命?」


ヴァルドは遮るように一歩踏み出し

睨め付けるような視線を送る。


「それを決めるのは父上だ。

 ーーいや、いずれは"この俺"になるがな」


その言葉に、空気が張り詰める。


「ヴァルド」


低く、だがはっきりとした声。


「妹にその言い方はない」


レオンハルトが前に立つ。


「セレシアは王女だ。

 それ以上に、家族だろう」


「‥‥‥ふん」


ヴァルドは視線を逸らした。


「相変わらずだな、兄上は。

 甘い。甘ずぎる!だからーー」


その続きを言いかけて、口を噤む。

言葉の先にあるのは、

王位、継承、アーサーの名。


それをここで口にするほど、彼は愚かではなかった。


「まあいい。

 無事で何よりだよ、セレシア」


その言葉とは裏腹に、目は冷たく笑っていた。

踵を返し、ヴァルドは去っていく。


残されたた中庭に、静けさが戻った。



レオンハルトは、そっと息を吐く。


「‥‥‥‥すまない」


「兄上が謝ることではありません」


セレシアは首を横に振った。


「私はーー

 私の意思で、剣を学び、外に出ています」


その瞳は、王女のものではなかった。

国を想い、人を想い、剣を握る者の目だった。


レオンハルトは、その覚悟を見て、苦笑する。


「‥‥‥本当に、強くなったな」


レオンハルトは、しみじみとそう言った。


 剣を握る騎士ではなく、

 妹を想う"兄"の声だった。


「侍女からは、聞いている」


セレシアは、ぴくりと肩を揺らす。


「街道で魔物を討ったこと。

 ならず者を追い払ったこと。

 ‥‥‥‥黙って行動して、黙って戻る癖までな」


「‥‥‥‥」


セレシアは、視線を逸らした。


「叱るつもりはない。

 ただ‥‥‥心配なんだ」


レオンハルトは、優しく微笑む。


「お前は王女だ。

 それでいて、誰よりも人のために剣を握る」


その言葉に、セレシアはぎゅっと拳を握った、


「‥‥‥兄上が、そうだったからです」


「え?」


「兄上は、いつも前に立っていました。

 民のために。兵のために。

 危険な場所には、誰よりも先に」


セレシアは、まっすぐ兄を見る。


「私は、それをずっと見てきました。

 ‥‥‥だからっ!」


小さく息を吸って、言葉を防ぐ。


「兄上こそ"アーサー"の名に相応しい方だと、

 ずっと思っていました」


レオンハルトは、少し驚いた顔をした。


「私は、兄上が誇らしいのです。」


 その声は、王女ではなく、

 ただの"妹"のものだった。


「だから‥‥‥

 私も、兄上のようになりたくて。

 誰かのために剣を握れる人になりたくて‥‥」




一瞬の沈黙。


レオンハルトは、静かに問いかける。


「‥‥‥だから、セレシアも

 "アーサー"を名乗っているのかい?」


その言葉にーー


「‥‥‥っ!」


セレシアの胸が跳ねた。

指先が、無意識に外套の裾を掴む。


「そ、それは‥‥‥」


視線が揺れる。


(‥‥‥知られていた?

 いや、そんなはずでは‥‥‥)


レオンハルトは、責めるような目はしていなかった。

ただ、少しだけ寂しそうだった。


「名を継ぐことは、 

 栄誉であると同時に、重荷でもある」


「‥‥‥」


「その重さを、

 一人で背負おうとするな」


セレシアは、唇を噛んだ。


「私は‥‥‥‥

 兄上のように、強くなりたかっただけです」


「強さは、剣だけじゃない」

レオンハルトは、そっとセレシアの頭に手を置いた。


「お前はもう、十分すぎるほど、

 優しくて、強い。」


セレシアの目に、涙が滲む。


「‥‥‥兄上」


「だが、忘れるな」


レオンハルトは、はっきりと告げる。


「お前は、セレシアだ。

 誰かの影じゃない。

 "アーサー"の名を借りなくても、

 お前はお前のままでも誇れる存在だ」


 その言葉は、

 セレシアの胸の奥に、深く沈んだ。


「‥‥‥はい」



小さく、けれど確かな声で答える。

だがその胸の内には、

まだ消えない"憧れ"が燃えていた。


兄のようにーー

"アーサー"の名に恥じぬ者になりたい、という想いが。

 

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