エルメスの秘書
「‥‥‥‥改めまして」
秘書の女性は、姿勢を正し、完璧な所作で一礼した。
「私はセシル。
エルメス商会・実務統括秘書を務めております」
(実務統括って‥‥‥もうそれトップでは?)
「エルメス様が現場に出ている間の、
契約管理・王宮折衝・商人ギルド対応・財務監査、
すべて私が担当しております」
淡々と、しかしどこか邪念がこもっている。
「‥‥‥本当に、全部やってるな」
「はい!"やらされている"が正しいですね」
即答だった。
エルメスは気まずそうに視線を逸らす。
「いやぁ、王都って息苦しいじゃない?」
「息苦しいのは私です」
セシルは即座に切り返し、
そして視線を蓮に移した。
「ーーあなたが、蓮さんですね」
「は、はい!」
「例外の契約。
マーリンさんを伴った、問題児‥‥‥いえ」
一瞬、言葉を選ぶ。
「注目株、ですね」
マーリンがぴくっと反応する。
「‥‥‥マスター、褒められてる?」
「たぶん‥‥たぶん、な」
セシルは小さく微笑んだ。
「ご安心ください。
私は"結果を出す人間"が嫌いではありません」
「ただし」
一転、表情が鋭くなる。
「エルメス様の弟子ということは、
これから王都の面倒事に巻き込まれる覚悟がある
という認識で、よろしいですよね?」
「‥‥‥‥」
蓮は一瞬考えーー
「はい」
はっきりと答えた。
「俺は、逃げません」
その言葉に、セシルは一拍置いてから頷いた。
「‥‥‥‥承知しました」
「ではまずーー
拠点を決めましょう」
***
王都・商業区画。
「ここが候補地です」
案内されたのは、
商人ギルドにも王都中心部にもアクセスの良い、
三階建ての石造りの建物。
「一階は店舗兼応接。
二階は居住区。
三階は倉庫と魔術実験室に転用可能」
(完璧すぎる‥‥‥)
「元は中級商人用の物件ですが、
エルメス様の保証付きなら問題ありません」
エルメスが胸を張る。
「弟子の初拠点だ。ケチる理由がないだろ?」
「その保証書類の処理がどれだけ大変だったか‥‥‥」
「聞こえないなぁ」
マーリンは、建物を見上げて目を輝かせていた。
「‥‥‥マスター。
ここ、住んでいいの?」
「ああ。
ここが、俺たちの城だ」
「‥‥‥!」
ぎゅっと、袖を捕まえる。
「‥‥‥‥うれしい」
蓮は、思わず頭を撫でた。
(守るものが、増えたな)
拠点が決まり、
最低限の生活環境が整った夜。
応接室で、
エルメス・セシル・蓮・マーリンが向かい合っていた。
「さて」
エルメスが指を鳴らす。
「王都で最初の仕事だ」
「いよいよか‥‥‥」
セシルが、書類を一枚、机に置いた。
「これは商人ギルド経由ですが、
王宮からも目をつけられている案件です」
書類の表題。
【王都郊外・未登録戦力の保護および交渉】
「未登録‥‥‥?」
「はい」
エルメスが、楽しそうに口角を上げた。
「簡単に言えばーー」
「"勇者候補"だ」
空気が、変わる。
マーリンが息を呑む。
「勇者‥‥‥?」
「正式な勇者じゃない」
エルメスは続ける。
「だが、
王都郊外で独自に魔物を討伐し。
住民から英雄扱いされ始めている少年がいると」
「名前はーー」
一拍。
「アーサー」
蓮の背筋が、自然と伸びた。
(来た‥‥‥)
エルメスは、にやりと笑う。
「王都が警戒している。
放置すれば、どこかの派閥に取り込まれる」
「だからーー」
セシルが淡々と告げる。
「先に接触し、交渉し、確保する」
「戦闘は最終手段。
基本は"話し合い"です」
エルメスが、蓮を見る。
「どうする、蓮?」
「これはーー
奴隷商人としての仕事?」
「いや」
エルメスは、はっきり言った。
「これは」
「お前が"何者になるか"を決める仕事だ」
マーリンが、そっと蓮を見る。
「‥‥‥‥マスター」
「うん」
蓮は、静かに笑った。
「行こう」
「アーサーに、会いに」
ーーこうして。
陰キャ高校生だった蓮は、
王都の中心から、
未来の勇者と交わる運命の歯車を回し始めた。




