噂
砦が完全に制圧されたあと、
蓮たちは憲兵隊の簡易陣地へと案内された。
「形式的な事情聴取だ。
君たちは協力者だから、心配はいらない」
隊長はそう前置きしてから、淡々と質問を重ねていく。
・どのギルドで依頼を受けたか
・戦闘の経緯
・使用された魔法について
ーー途中から、明らかに記録官の筆が追いついてなかった。
エルメスは腕を組み、あくび混じりに言う。
「ま、盗賊団が自滅したようなものだよ。
威嚇一発で終わった」
「威嚇‥‥‥?」
記録官が震える声で聞き返す。
それをエルメスは、にこやかに答えた。
「うん。
街一つ焼けかねない威嚇」
「‥‥‥‥‥」
誰も突っ込まなかった。
事情聴取が終盤に差しかかった頃。
憲兵の一人が、子供達の名簿を持って駆け寄ってきた。
「隊長!
保護した子供の中にーー"身分不明者"が一人います!」
蓮は、その子の方を見た。
薄汚れた外套の下で、
背筋だけは妙に伸びている少女。
年の頃は、マーリンと同じくらい。
隊長が問いかける。
「‥‥‥‥名を名乗れるか?」
少女は、一瞬だけ唇を噛み締めーー
「‥‥‥‥リディア・メルセデスです」
その名を聞いた瞬間、
憲兵たちの空気が凍った。
「メルセデス‥‥‥?」
「まさか‥‥‥‥」
隊長は、即座に膝をついた。
「し、失礼しました!
メルセデス伯爵家のご令嬢でしたか!」
少女ーーリディアは、小さく頷いた。
「‥‥‥身分を隠すよう、言うわれていました。」
蓮は、眉をひそめる。
(‥‥‥‥なるほど)
エルメスが、ぼそりと呟いた。
「やっぱりね。
だから王都が動いた」
憲兵たちが荒ただしく動き出す中、
蓮はエルメスに小声で聞いた。
「師匠‥‥‥‥どういうことです?」
エルメスは、周囲に聞こえないように声を落とす。
「今回の盗賊団ね。
後ろに貴族がいるって噂があったろ」
「‥‥‥‥」
「でーもーこれで終わりだ」
エルメスは、ちらりとリディアを見る。
「伯爵家の令嬢に手を出した時点で、
どんな貴族でも庇いきれない」
少しだけ、意地の悪い笑み。
「噂だけだった連中は、
これを機に一斉に手を引くはずだ」
蓮は、息を呑んだ。
(‥‥‥俺たちが動いたことで、
貴族社会そのものが揺れた?)
隊長が、改めて蓮の前に立つ。
「蓮殿。
この件、王宮での正式な報告が必要になります」
「‥‥‥‥王宮、ですか」
「はい。
メルセデス伯爵家の件も含め、
あなた方は重要参考人です」
エルメスが、肩を叩いた。
「決まりだね!
一緒に行こうか、王宮へ」
マーリンが、不安そうに見上げる。
「‥‥‥‥だいじょうぶ?」
蓮は、微笑んで頷いた。
「ああ。
多分、ここからが本番だ」
***
王都。
噂は、驚くほど早く広がっていた。
「エルメスが地方から戻ったらしい」
「弟子を連れて、だと?」
「盗賊団壊滅、伯爵家令嬢救出‥‥‥
どう考えても新人の所業じゃない」
その噂が辿り着いた先ーー
王都でも指折りの商会、その最上階。
香の焚かれた静かな部屋で、
一人の女性が書類に目を通していた。
シャネルは、ふっと視線を上げる。
「‥‥‥‥やっぱり、あの子達ね」
机の上には、簡潔にまとめられた報告書。
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・地方都市
・エルメス同行
・奴隷商ギルド登録
・盗賊団殲滅
・例外の契約保持者(未確定)
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シャネルは、くすりと微笑んだ。
「少し派手にやりすぎかしら。
いえ‥‥‥‥あの子達なら、これくらいは」
側近が控えめに問いかける。
「ご存知の人物なのですか?」
「ええ。
もう"会っている"わ」
シャネルが、カップを持ち上げる。
「まだ何者でもなかった頃のあの子達に。
だからーー」
一口、紅茶を含み。
「これで確信が持てた」
静かな声。
「エルメスが弟子にした理由も、
"例外"と呼ばれ始めた意味も」
側近は息を呑む。
「では‥‥‥‥接触を?」
シャネルは、首を横に振った。
「いいえ。今はまだ」
余裕の笑み。
「向こうから王都に来た。
それだけで十分よ」
そして、楽しそうに付け加える。
「‥‥‥‥そのうち、
また顔を合わせることになるわ」
「商売の世界は、狭いもの」
シャネルは、窓の外ーー王都の街を見下ろした。
「特に、
ハイクラス同士ならね」




