規格外
「‥‥‥‥やめてください」
静かな声。
マーリンが、蓮の横から前に出た。
「この人に、手を出さないで」
盗賊たちが吹き出す。
「ははっ!
なんだ嬢ちゃん、魔法でも使うつもりか?」
マーリンは、こくりと頷いた。
「‥‥‥うん。
低級魔法だけど」
(ファイヤーボールか‥‥‥)
蓮は一瞬だけ、迷ったがーー
(当たっても死ぬことはないか‥‥
昏倒でもしてくれたら嬉しいんだけど)
「仕方ない!マーリンっ!」
「うん!」
その返事は、やけに元気だった。
マーリンが、両手を上に上げる。
小さく、詠唱。
次の瞬間ーー
ゴォォォォ‥‥‥ッ!!
空気が、震えた。
小さな炎が、周囲の空気を含み大きくなっていく
巨大な炎の渦が出現する。
赤い炎が、渦を巻きながら天へと伸び、
地面の石を一瞬で赤熱させる。
熱風が吹き荒れ、
盗賊たちは悲鳴を上げて後ずさった。
「なっ‥‥‥!?」
「お、おい‥‥‥!」
「ふざけんな!?
なんだこの火力!!」
砦の外壁が、じゅう、と音を立てて溶けかけている。
絶対にーー
低級魔法じゃない‥‥‥。
沈黙。
盗賊団、完全に戦意喪失。
蓮は、口を開けたまま固まっていた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥ファイヤーボールって言ってなかった?」
「んんん!?
マーリンさんや‥‥‥
低級魔法?威力やばくない!?」
背後で、エルメスが大興奮で叫んでいる。
「ふははははっ!!!蓮っ!!あの子は天才だっ!!!!」
すると、エルメスのローブに火が燃え移った。
「ちょっ‥‥師匠!!!ローブっ!燃えてますって!!」
「そんなの今は関係ない!!
あれは上級魔法の"インフェルノ級だ"!!」
「いやいや!!師匠まで消し炭になりますって!!」
蓮はエルメスのローブを剥ぎ取った。
「マーリン!!」
マーリンは、首をかしげた。
「うん!低級魔法のファイヤーボールだよ!」
「嘘だろっ!!」
エルメスは、目を見開いて言う。
「これは‥‥‥
本当に"例外"を引いたな」
頭目は、震える声で叫んだ。
「ま、待てっ!!
わかった!話す!話をしよう!!」
蓮は、深く息を吐いた。
(‥‥‥助かった)
「よし!マーリン!もうやめていいぞっ!!」
マーリンが気まずそうに言った。
「マスター‥‥‥止め方わからない‥‥‥。」
「えっ?」
ゴゴゴォォオォォォ!!!
「‥‥‥‥どうしよ‥‥‥マスター‥‥‥。」
ゴゴォォォォボオォォォォォ!!!
蓮は必死に考えた。
(どうする!?どうする!?どうやったら止まるっ!?)
「そうだ!!マーリン!!上に向かってそのまま放てっ!!」
「うん!!」
ドゴオォォォォン!!!!
インフェルノ級のファイヤーボールが天高く打ち上がり
大きな爆発を起こした。
(‥‥‥‥助かった)
盗賊団たちは上空を見上げてポカーンとしていた。
「ふぅ‥‥‥とりあえず‥‥。
交渉はーーここからだ」
マーリンは、少しだけ胸を張った。
「‥‥マスター。役に立ちましたか?」
その一言で、蓮の緊張が一気に抜ける。
「‥‥‥う、うん。
めちゃくちゃ、な」
盗賊の頭目は、膝をついたまま、汗だくで叫んだ。
「わ、わかった!!
条件を聞こう!!」
周囲の盗賊たちは、もはや武器を握る手に力すら入っていない。
蓮は、ゆっくりと一歩前に出た。
「いいだろう。
まずは確認する」
視線を、檻の方へ向ける。
「誘拐した子供は、全員無事だな?」
「‥‥‥あ、ああ。
商品価値を落とすほど、馬鹿じゃねぇ‥‥‥」
「その言い方、やめろ」
蓮の声は低かった。
「俺は奴隷商人だが、
人攫いを肯定する気はない」
頭目は、喉を鳴らす。
「‥‥‥じゃあ、何が望みだ?」
蓮は、淡々と言った。
「子供全員の即時開放。
武器を捨て、抵抗しないこと」
盗賊たちがざわつく。
「そ、それじゃ俺たちはーー」
「命があるだけ、感謝しろ」
その言葉に、
背後でゴオ‥‥‥と、まだ熱を帯びた空気が揺れた。
マーリンだった。
「‥‥‥‥まだ、ちょっと熱い」
「マーリン!!
頼むから黙ってて!!」
「うん‥‥‥」
頭目は、完全に折れた。
「‥‥‥分かった。
それでいい」
その瞬間。
ドドドドドドッ!!
地鳴りのような足音。
砦の外から、甲冑の擦れる音と、号令が響く。
「ーー王国憲兵だ!!
この場を制圧する!!」
盗賊たちの顔色が、一斉に変わった。
「なっ‥‥‥!?」
蓮は、空を見上げる。
(‥‥‥‥あの爆発か)
夜空には、
まだうっすらと、インフェルノの残光が残っていた。
エルメスが、肩をすくめる。
「そりゃ来るよ。
王都まで見えたんじゃない?」
「師匠!!
そんな威力だったんですか!?」
「間違いなくね」
憲兵隊長が前に出る。
「盗賊団キルヴァ一味!
誘拐、違法売買未遂の容疑で全員拘束する!」
「ま、待て!!
今、交渉中だったんだ!!」
頭目の叫びに、隊長は冷たく返す。
「交渉?
犯罪は交渉の"対象外"だ」
鎖の音。
次々と盗賊たちが取り押さえられていく。
子供たちは、憲兵に保護され、
毛布をかけられていた。
隊長は、蓮の前で立ち止まった。
「‥‥‥君は?」
「商人だ。
この依頼の受注者でもある」
エルメスが、横から口を挟む。
「一応言っておくけど、
この子、"僕の弟子"ね」
憲兵の空気が、変わった。
「‥‥‥‥エルメス殿の?」
一瞬の沈黙。
「‥‥‥‥事情は、後で伺います」
そう言って、敬礼する。
盗賊団が連行されていく中、
マーリンは蓮の服の裾を、きゅっと掴んだ。
「‥‥‥交渉、失敗?」
蓮は。子供たちが無事なのを見てから、笑った。
「いいや」
少しだけ、胸を張る。
「大成功だ」
マーリンは、ぱっと表情を明るくした。
「よかった!」
エルメスは、満足そうに頷く。
「うん。
これは胸を張って王都に帰れる」
蓮は、空を見上げた。
(‥‥‥‥俺は、本当に
とんでもない"例外"と進むことになったらしい)




