06
アンソニー殿下とサマンサ嬢の関係は相変わらず離れたままで、二人仲が近くなることはなくすれ違いが少しずつ深まっていくばかりだった。
そんな日々の中、学院への入学まであと半年程度となった頃、アンソニー殿下は側近候補の一人の実家である伯爵家の領地へお出かけになられる事が許可された。
学院への入学に際しての貴族家の子息子女を対象とした試験・考査が無事に終了し、特にアンソニー殿下は優秀な成績を修められたという事で、褒美という訳ではないがそのような事になったようだ。試験・考査自体はこの後平民向けの裕福な商家の子女や技能に秀でる特待生為の試験・考査が行われるが、特に上位貴族の成績を全て超えるような平民生徒が出る事はない。そのため同学年で一番の成績優秀者はアンソニー殿下という事になるからだろう。
また学院に進学する前に、王都外…実際は王都の事もあまりご存じではないのだが…の事を見聞するのもよかろうということで、それならばと側近候補の一人の実家である伯爵家がぜひ我が領地へと手を挙げたのだ。他にも自領を薦める貴族家もあったとのことだが、その側近候補の領地ニアポートは王都から見てカーディフィーの手前にあるこじんまりとした交易の中継都市を中心とした地域で様々な人たちが出入りするが治安も悪くなく、いざという時はカーディフィーから援軍を呼んだり、あるいは逃げ込む事が素早く出来る立地という事が行先として選ばれる後押しになったそうだ。
僕の家…コリンズ公爵は「もし、サマンサ嬢もアンソニー殿下の長期旅行に付き添う事になったら実家の領地で二人の姿を見るのはヒューゴも辛いだろう」という配慮?で手は挙げなかったらしい。僕の父が手を挙げなかったことで他の北部貴族が我が家を差しおいて手を挙げるはずもないので、安全確保等を考えるとブライス公爵家の近隣地域が選ばれるのは自然な事だった。
実際には公的な旅行ではないという事で、僕を始めとした側近候補の半分は王都に残り普段通りに王宮へ出仕し、もう半分の側近候補…その伯爵家子息を含む…と護衛を含めた数人で当該の領地へ向かう事になった。勿論サマンサ嬢もついていく事はない。
アンソニー殿下がお忍び旅行に出かけて不在の間、ある程度の書類仕事を回すため側近候補達の筆頭的な立場にあることと、受け入れ先の領地はブライス公爵家派と言っていい場所なので恐らくガブリエル令息がもてなし側として迎えるだろうから僕が同行すると周囲に気遣いを増やしてしまう為、率先して留守番を引き受けたのだ。
「感謝するよ。」とガブリエル令息が言っていたとかいないとか…実際に言われた訳ではないが、彼なら言いそうだなとは思った。
王都に残った僕はその日の書類を整理し、重要な箇所やアンソニー殿下の確認が必要な場所に内容によって色変えをした付け紙を挟み纏めて置いた。そもそもアンソニー殿下が不在な事は王宮内では周知の事実なので回ってくる書類は普段に比べて少ない。早々に一日の仕事を終えたこともあり、僕は久しぶりに図書館へ向かい目に付いた本を閲覧室に運んで読もうと席を探していると、閲覧席の片隅て積み上げられた本の向こうに品のあるリボンを載せたベリーブラウンの髪が揺れているのが見えた。
「サマンサ嬢?」
「ほぅぁいっ?!」
どうしたのかと気になって呼びかけてみると、とても驚かせてしまった様で、口から何かおかしなものが飛び出したのかと思うような上ずった声の返事がした。
「やあ、驚かせてしまってごめん、こんなところでどうしたのかと思って。」
「あっ、こちらこそ申し訳ございませんわ、ヒューゴ様。」
席を立って礼をしようとする彼女を制し、僕はちゃっかり隣に座った。
その時にサマンサ嬢の方を見ると、積み上げた本の内側…彼女の周りに広げられた本には何らかの記号が描かれた図案があり、手元の両手より素濃い大きな板に小さな輪っかのような金具が取り付けられている。その金具にはベリーブラウンの紐が巻き付けられている。僕の位置と反対側に置かれた籠にはムクロジの実らしきものと色とりどりの糸や紐が収められていた。
「サマンサ嬢。これは一体…?」
「……結び紐という編み物ですわ。」
俯いた顔は真っ赤で、恥ずかしそうに目を伏せて小さな声で彼女は答えた。
「編み物?」
「衣服用の編み物ではなく、装飾品向けの東方から伝わったという編み方だそうですわ。以前に図書館で見つけて、これなら針も編み棒も使わないから手軽に出来るかもと…でも思ったより難しくって。」
「へえ、そんな手法があるんだね。髪を結ぶ組紐でも作ろうと?」
「あ、いえ、譲ってもらった商人からムクロジの実には健康を願うというお守りにすることがあると聞きましたの。それで、その、アンソニー殿下にお作りしようと…でも、実に穴を空けてブレスレットを作る事はとても難しいので、それでこの結び紐の事を思い出したのですわ。本には様々な形の裸石を加工することなくブレスレットやペンダントにする手法が記されていましたので、それなら果皮丸ごとや種子でも作れるのではないかと思いましたの…。」
「サマンサ嬢は凄いね、そんな風に想われているアンソニー殿下が羨ましいよ。」
アンソニー殿下との距離が開くままな事をサマンサ嬢自身も気にしているのだろうか。そんな彼女のいじらしい行動に胸の痛みが抑えきれなくなった僕はかろうじてそういうのが精いっぱいだった。
僕の答えに、さらに顔を真っ赤にした彼女は、「内緒にしておいてくださいね。」と小さな声で答えた。
数日後、ベリーブラウンの紐を使って編み込まれたムクロジの実のブレスレットをようやく完成させた彼女はホッとした表情でとても嬉しそうにそのことを伝えてきた。職人が作ったものと違い、少しばかり不揃いな編み目をしたものだったが、凝った模様は丁寧さを感じる出来栄えだ。
すれ違いが深まりつつあるアンソニー殿下との仲をどうにかしたいと行動するサマンサ嬢の切なる祈りは届くだろうか…いや、届いてほしいなと僕は思った。
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