05
そして時は過ぎて僕たちは15歳になる年になり、来年は王都の学院…2年間で高等教育を学ぶ…に通い、学院を卒業したらとうとう成人の18歳。大人の仲間入りである。
「アンソニー殿下、本日の文書業務の進捗はいかがですか?」
僕は相変わらずアンソニー殿下の元で側近見習いをやっていた。昔とは違ってアンソニー殿下の公務の進捗や行動予定管理を担う側近筆頭とでも言うような立場になった。他の側近見習いは護衛見習いとして鍛錬に励んだり、情報収集…各所との調整や資料調査を行ったり等の事務官見習いとして励んだりしている。
「ああ、提出する書類の作成にもう少し時間がかかりそうなんだ。」
日当たりのよい場所に置かれている執務机に座り、ペンを握りながら窓の外を見るアンソニー殿下の視線の先の庭園ではサマンサ嬢のお茶会が行われている。今日は定期的に行われている同年代の貴族令嬢達との交流会だそうだ。将来的には王妃となるサマンサ嬢の侍女や補佐官になる予定の令嬢達で、その中には前髪が特徴的なブライス公爵家のガブリエラ嬢の姿も見える。
「殿下もお茶会をしたいですか?」
「な、そんなわけないだろう。女達の騒々しいさえずりなど、好んで聞きたい訳なんてないさ。」
「はあ。」
「ただ、さっき偶々会ったガブリエルが『ガブリエラに置いて行かれちゃったよー。』と喚いていたから、何となく気になっただけだ。」
あれから、サマンサ嬢は泡の出る実…ムクロジという植物の発見(厳密には見出した)と我が国での栽培の成功で、流石は王太子の婚約者と持て囃されるうになった。その一方、アンソニー殿下は何もしていないわけではないが、公務にせよ実務にせよ、代々の王太子がこなしていることを淡々と普通になんとかこなしているだけで、どうしてもサマンサ嬢の方が人々の口に上がりやすいのだった。
とはいえ、サマンサ嬢はアンソニー殿下を立てているし、アンソニー殿下も自分の実務の大切さを判っているので納得はしていたはずだった。理解し納得はしていた……と僕は思っていた。
サマンサ嬢は石鹸として使うムクロジの果皮の事を簡易石鹸と位置づけてそう呼んで頻繁に王都の街へ足を運び、特に庶民街の治療や療養などを行う救護施設や孤児院をはじめとした慈善施設へと定期的に訪問し、実態調査や効果検証を行っていた。
折角なのでアンソニー殿下も同行してはどうかと提案し、しぶる殿下を宥めて予定を立てたのだが直前になって馬の調子が悪くなって中止になり、サマンサ嬢も積極的に日程変更の調整を行ったものの護衛等の予定が折り合わず結局立ち消えとなった。
サマンサ嬢は王太子殿下の婚約者…将来の王太子妃で未来の王妃…であるとは言え替えが利く存在で、アンソニー殿下は王太子…王位継承権第一位保持者…という替え難い存在であることの差がこんなところではっきりと示されてしまったのだ。
アンソニー殿下自身もサマンサ嬢と同行することにわだかまる気持ちが少しあるものの、以前から王都…王宮の外、特に人々の実際の暮らしぶりを直接見てみたいと視察について積極的に要望されていたが、何かしらの理由でことごとく潰えてしまい、ついこのあいだも、お忍びで王都の庶民向け商店街の朝市へ見聞を広めに行く予定が天候が荒れた後だから庶民の生活の邪魔をしてはいけないし万全な警護が難しいと前日に延期になってしまい、その延期先がいまだにいつになるか判らない状態だ。
そんな状態で定期的に王都への訪問…王太子が望んでも出来ない事…を行うサマンサ嬢には思う所がある様で、だからこそサマンサ嬢と同行を薦めたが素直になり切れない様で。王都への視察自体アンソニー殿下は「そのうちいけるさ」と独り言ちているが、サマンサ嬢と違いなかなか思うようにいかない自分の状況に歯がゆく思っている焦りのような気持ちが見て取れる。
僕はどちらを応援すればいいのか判らず、気休めの言葉をアンソニー殿下に向けた。
「もう半年と少しで学院へ入学です、学院に通っている間は、もう少し自由に王都やその周辺の町村へ行くことも出来るでしょう。サマンサ嬢が良く訪れる庶民街以外にも、もっと気安いような人たちの集まる下町や、あるいは裕福な平民の集まる街や交易商人が多く集まるような商店街なと沢山ありますから、様々な暮らしを見聞できますよ。」
「…ああ、そうだな。」
アンソニー殿下は再び羽根ペンを走らせ、ようやく書類を書き終えた頃にはお茶会は終わっていたようで、窓の向こうにはもう誰もいなかった。
その書類の提出の為に事務棟へ向かう途中の渡り廊下へ出た時、アンソニー殿下が急に立ち止まったので何事かと思うと、アンソニー殿下の視線の先には何人かの医療職員と共に甲斐甲斐しく動くサマンサ嬢がいた。
着替えたのか先ほどのお茶会とは違う質素なドレスの上に白いエプロンドレスを羽織り、抱えている籠にはこげ茶色の木の実がたっぷり入っている。たしかあの実がムクロジの実だ。つまり彼女はこれから王都にあるどこかの診療所か孤児院…アンソニー殿下が行きたくても行けない場所…にでも向かうのだろうか。
少し傾いたとはいえ陽は未だ中天にあり、影はそれぞれの足元だけに佇んでいるだけだった。
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