04
程なく僕は、サマンサ嬢との婚約と同時に王太子となったアンソニー殿下のお供たちの一人となった。
まだこの頃は、サマンサ嬢やアンソニー殿下、そしてお供たちの皆で庭園を散策したり、宮殿を探検したり、図書館で昔話を探してみたり、勉強や鍛錬に励むというよりも遊びに近い状態でお互いに仲を深めていく事が主な日々の活動だった。
時折ブライス公爵夫人と共に王宮にやってきたブライス兄妹とも交流を図る事があったが、面倒くさがりのガブリエル令息に身分の関係上、僕以外のお供たちが振り回されそうになったところを叱咤し引っ張っていくアンソニー殿下という、普段は穏やかで礼儀正しいアンソニー殿下の意外な一面を知る事が出来、こういう所にサマンサ嬢は好意を持ったのだろうなと思えたことが収穫であり、胸の痛みでもあった。
しかし、サマンサ嬢はゆくゆくは王太子であるアンソニー殿下を支えたいと、アンソニー殿下とお供たちよりも一足飛びに大人たちに交じって勉学に励み、書類整理や資料収集といった事務官の公務手伝いを積極的に行うようになっていった。
そんなある日のこと
「アンソニー殿下、交易船の船員が面白い事を言っていたと港湾管理官からの報告書の手紙に書いておりましたわ。なんでも水につけると泡が出る木の実があるんですって、それで洗濯も出来るとか。本当ならぜひ見てみたいですわね!」
王宮内を移動中にサマンサ嬢が笑顔でアンソニー殿下とお供たちに話しかけてきた。ここしばらく家庭教師から書類の書き方や報告書の確認の仕方について小言を何度か貰っていたアンソニー殿下はそのことを思い出したのか少し嫌そうな顔をして「ああ、そうだな、それじゃあまた」と生返事で、その時たまたま出会ったガブリエル令息とお供たちの何人かを連れてそそくさと修練場(兵士たちが体を鍛える訓練を行う場所)へと向かった。
修練場は男性ばかりなので女性であるサマンサ嬢が付いてくることはないだろうと思っての事だろう。
サマンサ嬢はアンソニー殿下が小言を貰った事なんて知らないだろうし、偶然出会ったアンソニー殿下に世間話のつもりで王都では中々知ることができない珍しい話題をと思って話しかけたに過ぎないのではないか。
素っ気ないアンソニー殿下にサマンサ嬢は明らかに悲しい顔をしていた。僕は話しかけたタイミングが悪かったのだろうことを手短にサマンサ嬢に伝え、アンソニー殿下の代わりに謝ると、お供たちの一人である僕はアンソニー殿下を見失わないように彼らの後を追いかけていくしかなかった。
またある時は
「王妃様の勧めで女子だけのお茶会を開くことになりましたわ!『将来、あなたの侍女や補佐を内外に渡って担ってくれる同年代の令嬢の人脈を作らなくてはね。』って。とても不安だわ…でもやらなくては!アンソニー殿下の為にも!」
と両頬を軽くたたいて気合を入れるサマンサ嬢はとても眩しかった。しかしそのお茶会が行われた翌日のこと、王宮の廊下を沈んだ表情で歩いている彼女を見かけて、つい思わず声をかけた。
「お茶会に参加してくれた令嬢の一人が困りごとがあるものの、なかなか言い出せないご様子で、でもせっかくだからってガブリエラ様が助け舟を出してくださったのですわ。なんでも彼女の家が支援している孤児院で腹痛を訴える子供がとても多いのですって、でも薬を定期的に人数分を用意するには少し高くて…と。アンソニー殿下にご相談したいのだけど公務が忙しいと断られてしまったのですわ。どうすればいいかしら…。」
「うーん…取りあえず王宮の医務官に相談してみたら?そのご令嬢が直接王宮の医務官に依頼するのは難しいだろうからね。その結果で大事になる様だったらアンソニー殿下にもう一回相談してみると良いんじゃないかな?その時は僕も彼に口添えしてみるよ。」
「確かにそうですわねヒューゴ様。彼女に症状の詳細を聞いて医務官に相談してみますわ!」
と彼女はたちまち元気を取り戻し、やる気を見せて去っていった。
それから一ヶ月程経った頃、王宮の図書館で調べものをしているとサマンサ嬢がやってきた。
「ねえ、ヒューゴ様、他国の珍しい草木について書かれた資料や書物についてご存じありませんかしら?先月とある令嬢が支援先の孤児院で腹痛が多いという話をしましたでしょう?それが石鹸が肌に合わなくて、痛いくらいに荒れてしまう子が何人も出て…それで使うのを控えていたのですって。その時思い出したのです、泡が立つ実の報告の事。駅馬車を用意して頂いて連絡を取りましたら、見本品を分けて貰えたのです。早速それを試しましたら子供たちも肌が荒れなくてすごく好評でしたの!」
「そう言えばずっと前にそんな話をしていたね。」
「それで草木栽培…特に木の増やし方について詳しい事を知りたくって!」
「植物についての書物なら左から三番目の小部屋がそうだよ。庭師にでも尋ねた方が良いかもしれないけど令嬢が下級使用人に直接話しかけるのはなあ…。あ、温室の管理担当者なら大丈夫じゃないかな?王宮の施設管理者は一定以上の爵位を持っているはずだからね。アンソニー殿下に話してみると良いよ。」
「…あ、えっとアンソニー殿下はガブリエル様と大事な訓練があるそうですわ。だから、ちょっと手が空いていないからと…。」
「…そっか。詳しい事が分かってからアンソニー殿下に報告する方が良いかもしれないね。」
サマンサ嬢の手助けをしたい気持ちはあるが、将来の王太子妃…ひいては王妃となる彼女に、婚約者である殿下を差し置いて一方的に肩入れすることはとても難しい。気休め程度の言葉しか掛けられなくてもどかしいが彼女の立場を考えると、今の僕に出来るのはこれが精いっぱいだった。
その翌週、アンソニー殿下に付き従って王妃殿下への見舞いの花を分けてもらうために温室に向かった時、殿下が急に立ち止まって難しい顔をしたかと思うと「今日は別の所の花にする」と温室に背を向けて歩き出してしまった。何事かと温室の中を少し除くとそこには温室担当者に教えを乞うサマンサ嬢の姿があった。
今日はブライス家の公爵夫人と双子兄妹が王妃殿下の健康伺いに来城されるらしく、王妃殿下が彼らに返礼として渡せるよう王宮で一番良い花をと、アンソニー殿下が要望されて温室へやってきたのだが…。
場所を変えて庭園で花を見繕い、王妃殿下のお見舞いに向かった殿下を見送った後、僕は気になって温室へ向かうと丁度温室から出てきたサマンサ嬢と鉢合い、筆記具と書物を抱えたサマンサ嬢は笑顔で僕に話しかけてきた。
「ヒューゴ様、図書館でかつて王宮の温室管理を担当していた学者の論文を見つけましたの。それで泡が立つ実の木は我が国でも栽培出来そうなのですって!まずは我が家の領地から試してみようってお父様がおっしゃってくださって、今温室の管理官に栽培の注意事項を尋ねておりましたの。この実を使って簡便な石鹸を沢山作れたら、子供たちや肌の弱い人も衛生を保てるようになって、きっと病気が流行りにくくなりますわ!」
「簡便な石鹸??」
「はい、木の実をそのまま使うだけで石鹸になりますわ、簡単で便利でしょう?今までの石鹸は高級品として香りや油脂にこだわってより価値を高めて、簡便な石鹸は使った後に木の実の皮が残りますが、気軽に庶民や子供たちや病人向けの安価な品として位置付ければ棲み分け可能なので既存の権益と被らないだろうとの見解が出ましたの。ですから陛下や王妃様に簡便な石鹸の事業について近々奏上する事になりましたわ!」
サマンサ嬢はいつの間にか、この国に…王家にとってもかけがえのない人物として自らの足で踏みだしていた。
彼女が将来の王妃として立派に学び歩んでいく姿を見て、僕は初恋の胸の痛みを宥められるかもしれないとほんの少しだけ思い始めた。
「あとは、アンソニー殿下との仲がもう少し良くなればな…。」
彼女への気持ちを振り切る様に、自分に言い聞かせるように独り言をいったが、目が少し潤むのを止める事は出来なかった。
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