王太子殿下から婚約破棄された侯爵令嬢は小公爵様の愛に応えたいようです?06(サマンサ視点)
「ガブリエル卿は今も僕がコリンズ公爵夫妻に相談したことについて、糾弾しているそうだよ『卑怯だぞ!大人に頼りやがって!』って。」
ヒューゴ様はため息を付くかのように話を始められました。
「少し前にお聞きした話では、ガブリエル様やガブリエラ様もブライス公爵家の使用人や学院の講師の先生を利用されていらっしゃったのでしょう?使用人はまあ身内のようなものかもしれませんけれど。でも、ニアポートへアンソニー殿下がお忍びの旅へお出かけになった際に手を回していらっしゃったのなら、大人の助けを絶対使われているはすですわよね…。」
私もヒューゴ様も…恐らく他の方々も指摘はしませんが王宮の役人や使用人の方々…そして他の貴族家の方々も巻き込んでいらっしゃる可能性が大いに…いえ、確実にあるのでしょう。
「彼らにとって目下の者は『大人』ではない、という事だ。つまりその…自分たちと同様の『人』ではないという意味で、だ。ブライス公爵夫妻もそれを知ってとても困惑し落胆しておられるそうだ。」
とても苦しそうな顔でおっしゃったあまりの内容に、私は息をすることすら忘れてしまい、思わずせき込んでしまいました。
「はっ?えっ、けほっけほっ」
「大丈夫かい?サマンサ嬢。」
ヒューゴ様が私の席の横に移動して咳き込む私の肩をそっと支えてくださいました。少し恥ずかしゅうございますわ…。
「あ、あまりのことで驚いてしまって、つい息が出来なくて。」
「無理もない。僕だって彼の口からそういう発言が何度もあった父上たちからの手紙で知ったときは、言葉を失ったからね。」
ヒューゴ様はお茶を一口飲むと、思い切って切り出されました。
「それで、結局ガブリエル卿はブライス公爵家の後継者から外れることになった。ガブリエラ嬢と一緒に今後ずっと幽閉される。恐らくブライス公爵夫人もそれに付き添われるだろう。」
「えっ!」
「更生は難しいのでは?という事でブライス公爵家は別の人を後継者にすることになった。その為ブライス公爵家に瑕疵を付ける事が難しくなったんだ。」
「今回の事件…卒業祝賀会での婚約破棄騒動は表向きには『平民女性のマイアが数多の貴族令息令嬢を誑かし、果てはアンソニー殿下まで惑わして王妃になろうとした。貴族社会の規律・契約を破壊したマイアをこのままにはしておけないため、コリンズ公爵家のヒューゴが惑わされた彼らからマイアを強引に引き離し、マイアからその邪悪な目論見を知り、このままにはしておけぬとひそかにマイアを処分した。』という事になった。」
「その為、ガブリエル卿やガブリエラ嬢に協力した者…関わった子息子女や講師など…のいる各貴族家を処罰しない代わりに、彼ら彼女らを系図から外す処置が行われることになった。表向きの理由に合わせて悪女マイアに誑かされてしまって精神に変調をきたし貴族社会への復帰が難しいためという理由で。つまりマイア嬢にすべての罪を負わせて貴族家に責めを負わせない形で始末をつける。」
「系図から外す…。」
私は驚きで声を上げてしまいそうになり、慌てて両手を口に当てました。
系図から外す…貴族家の系図からその人物がいたことを抹消する。つまり居なかったことになる…その人物の生死に関わらず行われる事がある事象ですが、過去の記録でしか見たことがありませんし、その記録ですらよほどの…本当によほどの事が無ければ行われませんわ。『そんな人物など最初からどこにもいなかった。そしてこれからもどこにもいない。』それを刑とするとは…。
「…ブライス兄妹が首謀とはいえ、王甥・王姪が幽閉される…つまり次代を残すことはない訳だからね。系図もそこで代は終わりだ。ブライス公爵夫人も二度と王都へ足を踏み入れることは無いだろう。様々な事情があったとはいえカーディフィーなんてほぼ訪れたことが無い人なのに子供たちの幽閉先に付いていくなんて。でもそれが罰と言えば罰で償いと言えば償いなのかもしれない。」
ヒューゴ様は俯きながら、絞り出すような声で話されています。お茶を飲んで一呼吸なさると
「……ブライス公爵家自体は別の人が継ぐ。これは決定事項で、今その候補に挙がっているのはアンソニー殿下だ。」
「えっ、え、ええええええ!?」
漏らさないようにしていた声がとうとう抑えが利かなくなって、割と大きな声を周囲に響かせてしまいましたわ。そんな私を気にされることはなく、ヒューゴ様は顔を曇らせたまま更に続けて
「流石に王太子殿下を蟄居幽閉にしたり、ましてや系図から外すなんてことは難しい。『“希代の悪女”にたぶらかされたが、側近候補であったコリンズ小公爵が悪女を引き離し早急に処分した。』事になっているからね。アンソニー殿下をどう扱うかという話になった時、そういう案が出たようなんだ。」
「ただでも、ブライス公爵家は派閥に有力諸侯が多くてとりまとめが難しい。そういう意味ではガブリエル卿は最適な後継者だったんだけどね…。多分だけど遠縁の誰かを養子にして派閥内の諸侯のどこかから令嬢を嫁がせることに落ち着くと思う。王家に姫君が居れば良かったんだろうけど…。」
「ブライス公爵夫人のように降嫁させて王家が後ろ盾となる…ですか?」
「そうだね、けれどもし王家に姫君がいたとして二代も続けて姫君を降嫁させる事は難しいし…嫁がせ先に困る位に姫君が居るならともかく。何よりも姫君を降嫁させたことで今回の事件が起こったと言えなくも無いからね。特に子息子女を系図から外さなくてはならなくなった家からしてみると不愉快にも程があるだろう。そういった訳で派閥内の安定を優先する方が良いと思うし、コリンズ公爵家派もそうなるように動いているよ。」
「それでアンソニー殿下は結局どうなるのでしょうか…?」
「当分は王太子のままだね、そして即位する前に体調を理由に王太子の座を退いて隠居することになるか、即位したとしても結婚はせずに体調を理由に退位し隠居することになるかのどちらかだろう。いずれ譲位して弟殿下を立てるにしても国内貴族の安定が取れてから、少なくともブライス公爵家の次代への継承が上手く行われてからでないと混乱が増すからね。それまでのつなぎとして形式の上だけでも王太子として過ごしてもらう事になるだろう。」
「まあ、だからアンソニー殿下派というかアンソニー殿下個人を慮る人たちが『アンソニー殿下をブライス公爵に婿入りさせて、せめて家庭を持たせてあげたい。』と意見をしてきたって訳なんだけど…。」
「子息子女を系図から外すことになった貴族家たちや、非があったとはいえ当のブライス公爵家からすればいい気分はしませんわ…。」
「他の貴族家からしても、『王太子殿下だけ責を一切負わない形になるのではないか?』と疑問や不満の声が少なくないからね。」
「もしそれを強行してしまえば、王家に失望する貴族家が少なからず出て、国が荒れることになりますわね…。」
「アンソニー殿下も被害者と言えば被害者で、ブライス兄妹にそそのかされていた部分はあるけれど、それで許されるような立場ではないからね。でもその立場故にいきなり罰を下してしまえはそれはそれで動揺が広がる。事情を理解している貴族家たちはともかく。一介の国民たちにとっては何事だとなってしまうだろう。特に王都民は学院在学時に成績優秀で街にも何度か訪れていた事を知る…お忍びに気付いた者も多い。だからアンソニー殿下に親しみを感じている人も少なくない。なのに急に罰せられたとなれば…。」
「王都全体に動揺が広がりかねない事ですわ…。弟殿下の即位にも影響を及ぼすでしょうし…。」
私は、ふっと頭によぎったことをそのままヒューゴ様に尋ねました。
「あ、では私たちはここでのんびり過ごしてしていて良いのでしょうか?」
「僕はこの騒動に首を突っ込んた当事者として…結果的にサマンサ嬢の名誉を護り、悪女マイアを討ち取ったけれど、勝手な行動であったため一種の自主謹慎中だよ、両親とはやり取りしているけど、他家との交流は差し控えているし、細々とした領地仕事しかしてないからね。」
「そして悪女マイアの残党に狙われているサマンサ嬢を保護している。という大事な役目もある。」
とヒューゴ様は満面の笑みで私に語られました。一応?表向きには?そういう事になっているのですわね?
「あ、はい。」
「他に、気になる事とか…あの騒動に関わること以外でも、聞きたい事や知りたいことはある?」
お茶が冷めていることに気付いたヒューゴ様は、新しくしお茶を淹れ直すため冷めたお茶の入った私のティーカップを受け取ろうとして右手を差し出され、その手首には不格好なマクラメのムクロジの実のブレスレットが見えました。
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