王太子殿下から婚約破棄された侯爵令嬢は小公爵様の愛に応えたいようです?05(サマンサ視点)
「姫様、ご慈悲がお強くあられるのはよろしゅうございますが、使用人の真似事だけはおやめくださいませ。」
使用人服から着替え、手や腕が荒れていないか、髪が痛んでいないか確認されたのち、たっぷりのクリームを丁寧に塗り込められながら、いつものごとく老メイドのマーサさんにお小言を申し付けられておりますわ…。
「けれども私が皆さんのお役に立てる事なんて、小間使いといいますか雑用位しかありませんもの…。これでも王都の各種治療院や救貧院ではそれなりに重宝がられて役に立っておりましたと思うのですわ。」
「まったく、王都でどうだったかは知りはしませんが、コリンズ公爵家では姫様は大切な大切なお方なんですからね!ご自覚くださいませ。」
丁寧に梳ってもらった髪を片三つ編みに纏めながら、しょんぼりと返す言葉もなく、ただただ聞いておりますが、本来、特に下級の使用人が主人…といっても本来の主人はヒューゴ様か御父上のコリンズ公爵様になるのでしょうけど…に対してこのような口を利くことはあり得ないのですが、この方は既に一線を退き隠居されていたのを私の為に是非にとヒューゴ様が公爵様にご相談なさり、わざわざ来ていただいているので一般的な使用人の区分とはまた違う存在になりますわ。
そして公爵様にとってもヒューゴ様にとってもおしめを変えて貰った方です故、どちらかというと使用人というよりお目付け役かもしれません…。公爵夫人曰く「コリンズ家に長く勤めていらっしゃって色々な事をご存じで、とても頼りになる方だから遠慮なく甘えちゃいなさいな。」との事ですが、あ、甘える?ど、ど、どうやって??甘ぁ…甘い…甘う…甘え…、そう、そうです、こういう時は「私の辞書に(誰かに)甘えるという文字はない!」と言うのでしたっけ…。
…………。
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………………………………。
はあ。こんなだから婚約破棄などされてしまうのですわね…。
コンコン
「はいはい、姫様ちょっとここでお待ちでいてくださいね。」
などと色々考えておりましたら、滞在させていただいている客間の扉がノックされまして、私が反応するより早く傍で控えていたマーサさんが出てくださいましたわ。
「姫様、坊ちゃまから温室でお茶のお誘いですよ。別のドレスにお着換えになりますか?」
「ありがとう、でもこのままで構いませんわ。」
クローゼットにはドレスや装飾品が程よく収められていて、今も定期的に領民の方々がこの地の技法をふんだんに使って制作された素晴らしいドレスが届けられております。確かにドレスに袖を通すのが礼儀ですが部屋で一度袖を通して終わりではなく、袖を通した姿をきちんと披露してこそ彼らへの敬意につながるのではないかと考えたりもしますわ。
そんな風に目を向けねばならない事から逃げるかのように別の事を考えつつ、片三つ編みにした髪の毛の先を手持無沙汰にくるくると回していると、千歳緑のリボンをにっこりと手渡され、何も言えず、でもコクコクと頷いて、マーサさんが結ぼうとするのを制し
「じ、自分で結べますから大丈夫です…わ。」
と、精いっぱいの声で答えると、そうですか、そうですかと満足げに微笑まれてしまいました…。いえ、その、あの…と、もごもごと言葉にならない声を発し、扉に向かう私は一体ヒューゴ様の事をどう思っているのかわかりません…。
私は呼び出しに来た使用人に案内されて温室に向かいながら廊下を歩いていると、広々とした立派な敷地が目に入り、さまざまな木々がヒューゴ様の瞳のような深く鮮やかな千年経っても変わらぬ緑の色を纏っておりますわ。とても目に心地よくて、心が洗われるとはこのことでしょう。
もちろん青々とした木々ばかりではないのですが、所々に白くかわいらしい花を付けている木もあれば鮮やかな赤色や薄紅色の花をつけている木や黄色い小さな花の集団もあり目を楽しませてくれています。また時期になれば様々な…食べられるものからそうではないものまで…実をつけるそうで、特に薬品にもなるという実の収穫は楽しみです。でもそれはまだ少し先の事、それまで私はここで…ここでずっと過ごして?…そしてどうするのでしょうか…。
そんなことをつらつらと考えておりましたら、あっという間に温室に到着してしまいましたわ。
ヒューゴ様が手を振って私を呼んでくださっています。その手首には随分と前に作ったムクロジの実のブレスレットが付けられています。うまく出来なくて何度も挑戦して、必死で糸や革紐を編んでいたので網目が偏っていて、遠目とは言え改めてみると気恥ずかしいものですわね。
「サマンサ嬢、どうぞこちらへ。」
ヒューゴ様に勧められてティータイムの用意が設えられたソファセットに向かい合うようにして座ると、ヒューゴ様はちょっと困ったような難しい顔をされ、話を始められました。
「……その、言い難い話でサマンサ嬢にとってはあまり良い気持ちのしない事だとは思うんだけど。」
なんだかドキリとします、今更帰れとか言われるのでしょうか、多分、違うとは思うのですけれど、とても真面目なお話であることは判りますわ。もし、帰れとか、そうでなくてもコリンズ家から出ていけと言われたら…胸がツキリと痛みます。こんな痛みは初めてのことです。
「貴女にとっては不愉快な事もあるかもしれないけれど、大事な話だから聞いてほしい。」
ゴクリ。思わず小さく息を飲んでしまいました。ヒューゴ様に聞かれていなければよいのですが。
「王都での…中央でのアンソニー殿下やブライス兄妹たちの事についてなんだ。思い出したくもない事かもしれないけど。」
あ、そっちでしたか、言い難い重要な話といえば大事な話でしたわ…。私は安堵の余りホッとして力が抜けて…。…安堵。つまり私はここにいる事を咎められたりしない事を嬉しく思っているという事で。
そのことに自分で気が付いてしまい、それの意味するところにたどり着いてしまい、顔が赤らむのを止める事が出来ません。
「やはり良い気持ちはしないか…。少しでも耳に入れるのが嫌なら…」
「い、いえ、大丈夫です、続けてくださいませ。」
違うのです、これはヒューゴ様が今からなさろうとしているお話とはまっっっったく関係の無いことですわ。いえヒューゴ様には大いに関係がある事ですけれども!
「そうかい?では落ち着いて聞いてほしい。だけど、気分が悪くなったらすぐに言ってね?」
「は、はい!」
身を正し、ヒューゴ様のお話をまっすぐに耳を傾ける私なのですわ。
ヒューゴ様のお話の前にこれまでに教えて頂いた話を含めて整理しておきましょう。
ブライス公爵家の双子こと、ガブリエル様ガブリエラ様はヒューゴ様や私を体よく追い落として自分たちがその立場…側近筆頭と将来の王妃…に入れ替わる事が最終的な目的で、そのために何度か策を弄して私とアンソニー殿下を仲たがいさせ、私を苛立たせ、私に責を押し付けて婚約破棄させる計画だったと。その為、穏便な婚約の解消ではなく、周囲の目が多数あり公の場である卒業祝賀会での婚約破棄騒動を起こした、という事になりますわ。
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