王太子殿下から婚約破棄された侯爵令嬢は小公爵様の愛に応えたいようです?04(ヒューゴ視点)
僕が馬を駆って領内の視察から帰ると、迎えてくれた使用人たちの中にサマンサ嬢に付けている老メイドのマーサが不満顔でいた。
彼女は僕の生まれる前どころか、父上が生まれる前からコリンズ公爵家で働いており、僕も父上も頭が上がらない相手である。
「坊ちゃま!姫様がまた下級使用人のような格好をして、下級使用人のような事をなさって…!今日もまた、『あちらの手伝いに行って来ますわ。』とバケツと雑巾を持って診療所まで足を延ばされて…。坊ちゃまからもくれぐれもお屋敷でゆっくり過ごして欲しいとお伝えになってくださいまし!」
ここ最近はこうやってほぼ毎日マーサの小言を聞く羽目になっている。屋敷内ではマーサが主に専属でサマンサ嬢に付き従っていてもらっているが、屋敷外は流石にマーサに歩き回らせる訳には行かないので、別のメイドと護衛達が交代で付いていてもらっているから安全には配慮しているのだが、マーサが言いたいのはそういう事ではないことはわかる。わかるが彼女はそういう性質の人なのだから理解してもらうしかないのだが、マーサにはどういえば納得してもらえるか…。
苦笑いしながらどう答えようか考えあぐねていると、出迎えの使用人達の中から
「でもよ、ばあさん、姫さんのおかげで、包帯の巻き方や添え木の巻き方なんかも新しい巻き方…止め方だっけかを教わって勉強になったって診療所の先生が言ってたからなあ。」
「そうそう、止血の仕方も詳しくて世話人達が顔負けだって。」
ちなみに使用人達が言う“姫”とはサマンサ嬢の事だ。僕も彼女も高位貴族であるため、多少なりとも王家の血は入っているが…公爵とは言え地方領地の盟主に過ぎない僕よりも中央貴族の一員であるサマンサ嬢の方がもしかしたら王家の血は濃いかもしれない…それはそれとして、彼女は侯爵令嬢であるので令嬢と…ご令嬢もしくはお嬢様と呼ぶのが良かろうと伝えていたのだが、いつの間にかというか彼女を領地屋敷に連れてきて早々に“姫”と呼ばれるようになっていた。
領地屋敷に到着した翌々日には、いつの間にかメイドの服を手に入れて着替えると、屋敷内の掃除を始めようとし…それをマーサに止められると、そのまま領地屋敷のすぐ近くにある診療施設へ向かい、治療の補助や用具の整理整頓・建物の周囲や内部の掃除を始めたのだ。確かに到着した日とその翌日に屋敷内や屋敷に隣接する歩いていける距離にある各種施設を案内したのは僕だけど!
そして診療施設で医師達や看護人達の補助として、王都の様々な治療施設で得た知識や経験を惜しみなく発揮し、それは単純に医療の王都での現在の流行や傾向だけでなく、施設の運営方法や、さまざまな状態や条件の患者やその家族への対応といった中々率先して伝わってくることのない情報は大変興味深い内容だ。
サマンサ嬢自身も多くの施設の状況を体験していたこともあって特定の手法に固執することなく『とある施設で採用されていた手法でも、別の施設ではまったく別の手法をつかっていましたわ!だって施設によって設備や環境や従事している人員が違いますもの。だから此処に合った方法を模索し考えて行きましょう。』という姿勢は彼らや患者にとってとても好感が持てたようで、そういった事が高じて、いつの間にやら“姫様”と呼ばれていたのだ。
「坊ちゃまが何を考えてらっしゃるかは分かりませんけど、領地屋敷まで連れて来るようなお方なのですから、坊ちゃまの“良い人”なんでしょう姫様は。将来の公爵夫人に手肌や御髪が荒れるような事をさせてはなりません!それでも北部の盟主たるコリンズ公爵家の跡取りですか!?」
「う゛っ、ぐっ、ゲホゲホッ!ゴホッゴホッ!」
「あら、ヒューゴ様も今お戻りですの?」
「ぶっ、ぐふっ!」
マーサの率直なと言えば聞こえはいいが若干無遠慮な指摘に思わずむせていると、間の悪いことに…いや良い事に…か?は判断付かないが。当の本人が現れた。今のマーサの話を聞かれてしまっていただろうか?
「や、やあサマンサ嬢、今日も診療施設へ?」
挨拶がわりに軽く右手を上げると、サマンサ嬢はじっと僕の手首を見ていた。手首というかやや強引に貰ってからずっとつけているムクロジのブレスレットを。
「あ、はい。今日はあの、あまり大してお手伝いできませんでしたわ…。」
と頬を少し赤らめた彼女は俯きがちに答えた。もしかして、さっきのマーサの言葉を聞いてしまったのだろうか、内心冷や汗をかいてどう話そうか逡巡していると。
「はいはい、不甲斐ない坊ちゃまはさっさとお部屋へどうぞお戻りに。お仕事がたんまりおありですよ。姫様、無事にお戻りになられて下さればそれで結構でございますとも、さあ、そんな下級使用人みたいな服は早くお着換えになってくださいまし。」
とマーサがさっさとサマンサ嬢を連れて屋敷に入っていった。屋敷内ではマーサに任せておけばいいだろう。ホッと一安心…いや先延ばしだろうか…ができたので、ついでにサマンサ嬢に付き従っていた者たちに、診療施設ではどうだったかと尋ねると、彼らはこれまた微妙な…とても言い難そうな顔をした。
先ほどのマーサの話が聞こえていたのかと思ったがそうでは無く、診療施設で今はミアと名乗り療養中の父親の世話兼施設の手伝い要員として働いているマイア嬢と長い間話し合ったらしい。その中にはアンソニー殿下の事もあったと。サマンサ嬢が今も想いを抱いている様でななかったが、マイア嬢はアンソニー殿下に少なからず好意を持っていたという話を二人でしていたと。
「なるほど…。」
そういう訳でぎこちなかったのか。婚約の事を抜きにしてもアンソニー殿下とはそれなりに長い付き合いだし、僕だって彼がああなってしまったことを止められなかったのだ。多少なりとも悔いはある。最も僕が悔いが残らない位に完璧な行動をとれていれば、アンソニー殿下とサマンサ嬢がめでたく結婚していたのだろうから複雑なところではある。が、だからと言ってアンソニー殿下を貶めたいとか無下にしたいという訳ではなかった。それは今でもそうだ。
やはり誠実に話すべきだろう、今のアンソニー殿下や王都の状況と、サマンサ嬢には呆れられるかもしれないが、僕はアンソニー殿下を|これ以上難しい立場に置きたい《必定以上に制裁を加えたい》訳ではない事を。
「サマンサ嬢に着替えが終わったら、温室でお茶を一緒に飲まないか?と伝えてくれないか?それから、温室にティーセットの準備を頼む。」
かしこまりました。と、使用人の一人が一礼をしてサマンサ嬢の部屋に向かっていくのを見送り、僕は小公爵の執務室へと足を向けた。
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