17(本編完結)
「ヒューゴ様、あの、なんだか私たち、場違いなような気がするのですわ…。」
馬車を降りるときも横抱きをしたせいか、サマンサ嬢の頬は若干赤みがかっている。彼女のそんな顔をこんな間近で見つめる事が出来るようになるなんて夢でも見ているのだろうか。
「ヒューゴ様?」
おっといけない、つい見惚れてしまった。
「僕もまさか、こうなるとは思っていなかったよ。」
と肩をすくめつつ、目の前の光景に苦笑いを浮かべた
ここはコリンズ公爵家のタウンハウスである。祝賀会を早々に抜け出してきて…その際にマイア嬢がとんでもない土産を渡して来たのだが、それは後にしておくとして、つい先ほど無事にタウンハウスに帰館したところだ。
帰りを告げる早馬でサマンサ嬢だけでなくマイア嬢も一緒であるという事を伝えたところ、僕たちが到着した玄関ホールで突然の再会が始まったという訳だ。
「うっぐすっ、ぐすっ…。」
「マイア、お前が無事だったようでそれだけでいい、良かった。お前が無事ならばそれで…。」
「お父さん、お母さん…無事で、無事でよかった。」
玄関ホールの片隅では感動の再会が未だ続いている。ニアポート近隣にある治療院に入院していたマイア嬢の父親と彼の看病をしていた母親を秘密裏に連れ出させたのだ。急な事でご両親を驚かせてしまったが、無事にタウンハウスまで連れてくることができた。幸いにもニアポートはブライス公爵領よりも王都寄りの場所…つまりブライス公爵領を通らずに王都へ来ることができる場所だったのが幸いした。
これがもしブライス公爵家領内だったり、王都迄の道のりにブライス公爵家領を通らなければならない場所であれば、こうも順調にはいかなかっただろう。
そして移動の駅馬車は頻繁に馬を取り換えていたので早く王都に着いただけでなく、後続の駅馬車が取り換える交代用の馬が用意できないため、普通の速さでしか馬車を走らせることができない。駅馬車の運用として一度交代した馬は数日の休養を取らせないといけないからだ。
マイア嬢の両親が出奔した事がブライス兄妹の元に伝わるのは未だ数日かかるだろう。といってももう既に知られたも同然ではあるが。それもマイア嬢のとんでもない土産のおかげで慌てなくても良くなった。
祝賀会会場から立ち去る際、マイア嬢は殿下専用の談話室に寄ってくれないかと嘆願してきた。一瞬いぶかしんだものの、こちらにはマイア嬢の両親が居る。下手な事はしないだろうと談話室へ向かうと、マイア嬢はおもむろにソファの自分の定位置の座面を剥がすと本来ならバネやクッションがある場所から布に包まれたトランクケースを取り出して僕に渡した「これには今まで渡された書類が入ってます。本当は燃やして捨てるように言われていたんですけど…もしもの為に。」と言って。そして髪のリボンを外し「お別れの挨拶です、もう会うことは無いでしょうから。」と殿下の執務机に置いていた。
そこからは、マイア嬢の案内で殿下が僕から姿をくらませて街へ出かけるために使っていた人目に付かない通路を使い、馬車乗り場へと向かったのだ。
そんなマイア嬢の感動の再会を横目に僕は、タウンハウスの侍女に頼んで一旦客間にサマンサ嬢を案内し、着替えて落ち着いたら応接室で待っていると伝えた。
僕も手短に着替えて応接室に向かい、紅茶を飲んでゆっくりしていると着替えたサマンサ嬢がやってきた。
扉の近くで恥ずかし気にもじもじと立っている彼女をソファに案内し紅茶を勧め、そうだったと思い出した事があった。
「あ、そうだ、卒業祝賀会の会場で、マイア嬢のご両親を使用人として君に付けると言ったけど…」
「ええと、マイア嬢のご両親を私の付き人にするというお話ですわね?」
「そう、それは一応あの場での建前みたいなものだから、実際にそうするつもりはないから安心して欲しい。」
「そう、なのですか?」
.
「マイア嬢がどう反応するか判らなかったし、そもそもブライス兄妹の…」
「ブライス様達がどうかなさいましたの?」
「ああ、そうか、これはちょっとゆっくり説明しないとな。今日は色々あったから…色々あったのは今日に限った事じゃないけど。うーん、話すことが沢山ありすぎるな。」
「ふふっ。」
少しだけ気分が落ち着いたのか潤ませた瞳のままだけれど、僕を見て微笑んでくれた。
「ようやく笑ってくれた。」
「だって、今日に限った事ではないとは言え、本当に今日は色々ありましたわ…。私たちはすぐに学院をを去りましたけど、あの後は一体どうなったのでしょう?」
サマンサ嬢は少し切なげで寂し気に、遠くを見つめるかのように言い、
「でも、すべてもう、私には関係のない事なのですわね…。」
その瞳から光るものが一筋こぼれ落ちていった。
ハンカチを差し出すと、サマンサ嬢はハッとして、小さくごめんなさいと言ったものの彼女の涙は止まらず、僕は彼女の肩を抱いて、彼女の涙が治まるのを待った。
ひとしきり泣いた後、サマンサ嬢はなんだかバツが悪そうな表情をして、真っ赤な顔で恥ずかしそうに僕を見たり目をそらしたりを繰り返す様子はとてもかわいらしくて今までに見たことのない表情だ。
僕は思わずドキッとしてしまい、その初めて見る初々しくも恥じらう彼女の姿に僕はまた恋に落ちてしまった。冷静に彼女と話そうと思っていたのに、顔が真っ赤になって彼女から目をそらしたり見つめたりと同じ事を繰り返してしまった。
お互いにそれを繰り返すうちに、どちらからともなくふふっと笑い声が漏れ出した。漏れ出した笑い声はしばらく止まらず、ひとしきり笑いあった後、僕は意を決して彼女の指先をそっと掴んだ。
これは初恋ではなくて二度目の恋。
僕の10歳の時の初恋はかなわなかったかもしれないけれど、あれから8年経って胸に覚えたこの恋はまた新しい二度目の恋だからきっとそんなジンクスには負けないだろう。いや、今度こそ、この恋を…こんな気持ちにさせてくれた彼女を守るのだ。
「そうだね、サマンサ嬢、でもこれだけは覚えておいて?もうあなたの事を諦めるつもりなんてないから、これから覚悟しておいて?」
掴んだ彼女の手を慎重に口元に寄せて軽く口づけすると、彼女はさらに真っ赤になって消え入りそうな声で「ふぁぃ…」と答えながらゆっくりと頷いた。
本編END
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本編はここで完結です、後日談がもうちょっとだけあります。そちらも読んでくださると励みになります。
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