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「あ、あなたたち、待ちなさいよ、勝手に帰って良いと思っているの?」
マイア嬢は僕たちの方へ近づき、息を切らしつつそう叫んだ。
「ああ、勿論だよ。学院長の挨拶も済んでいるし、そもそも卒業式はとっくに終わっていて、今は只の祝賀会だ、いつ帰ろうと自由だろう?」
「そ、それは…。」
僕がはっきりと言い切ったことでマイア嬢は言い淀んだが、サマンサ嬢は不安そうに見上げてきている。視界の端ではブライス兄妹がこちらを見つめてニヤニヤしているのが判る。勿論いつ帰ろうと構わないのだが、大抵は「早く帰る理由が無いから最後近くまでいる」に過ぎない。こうやってマイア嬢に話させているのもブライス兄妹による足止め工作の一環だろう、彼らの思うとおりになんてさせるものか。
僕は一旦サマンサ嬢を下ろし、彼女の肩をしっかり抱きしめてマイア嬢へ向き直って言った。
「マイア嬢、僕は新しい使用人に壮年の夫婦を迎えようと思っていて、彼らの名前はウェルチ夫妻と言うんだ。夫君は数年前の事故で左足の膝を悪くしていて歩くのが不自由な人でね。つい最近まではニアポートという街の近くの治療院で入院暮らしをしていたそうなんだ。」
「……!そ、それは本当なの? いえ、あの、本当なのですか…?」
「夫君の方は白髪交じりの茶髪で少しくすんだタンポポ色の瞳で、夫人の方は君の髪色に似たオレンジのような桃色の髪だ。そういえば君の髪の様にウェーブがかっている女性だよ。」
「父さん、母さん…。」
マイア嬢は両手を合わせ、口元押えると涙を流した。
「彼らは今、コリンズ公爵家のタウンハウスに居る。」
僕はマイア嬢だけに聞こえる様に…サマンサ嬢にも聞こえているだろうけど、他の人には判らない位の大きさの声で答えた。
「ああ……ごめんなさいっ、ごめんなさい!」
さっきまでの虚勢が剥がれ落ちたようで、よろよろと僕たちに向かって来ながらマイア嬢が呟いた。
「彼らには、僕たちが領地に帰るまでの間サマンサ嬢の付き人をしてもらおうかと思ってね、なんでもサマンサ嬢と同い年の娘がいるそうだから、適任だろう?」
僕は最後の一押しとばかりにそう言ってから、サマンサ嬢と共に祝賀会会場を立ち去ろうと出入り口へと向かった。
「………あ、あ、あああ…。サマンサ様ごめんなさい!私、私、貴女についていきます!」
マイア嬢はそういうと、靴を脱いでドレスの裾を掴み大股で走って、今まさにホールを出ようとする僕たちを追いかけて後ろについて来ようとしている。
恐らくだけど誰にとってもまさかの出来事だろう。今日までに何とかマイア嬢の両親を保護することができてよかったと言うしかない。ひそかに捜索してくれた両親やマイア嬢の両親の保護を手伝ってくれた我が家の使用人達には感謝するしかない。
お陰でアンソニー殿下どころか周囲…取り巻き達だけでなく、僕たちに祝福を贈ってくれた外野の者達でさえ、茫然と、あるいは困惑し立ち尽くしている。
そんな中、去り際にホールの奥の方からパキッという扇子が壊れる音が、静まり返った会場内に鳴り響いていたような気がした。
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