15
そして、卒業式の日がやってきた。
卒業式自体はアンソニー殿下にマイア嬢が始終寄り添っていたものの、概ね問題なく式を終えた。
問題はこの後の卒業生や来賓を招いた卒業祝賀会だ。学院主催であるため生徒側…ついさっき卒業したばかりの者を含めて…はダンスや飲食を楽しめばいいだけで、来賓の方達や学院長の祝辞の際に神妙に耳を傾ける以外に特に何もすることはない。
式次第は例年と大きく変わる事は無いはずだから、多少なりともパーティーの流れの把握は出来ているつもりだが…。
開会の挨拶が始まる前、僕はサマンサ嬢の様子が気になって周囲を見渡すと、彼女は王家の色のドレスを着て少し青ざめてはいたが折り目正しくまっすぐにホールの中央…まもなく開会のあいさつがされるであろう場所…を見ていた。王家の色とは言ってもアンソニー殿下個人の色ではない事に心の底からホッとした。
一方でアンソニー殿下は僕以外の側近候補や持ち上げる者達と落ち着きのある金色と濃い緑という自分の色を配した派手なドレスと髪にはリボンを纏ったマイア嬢を侍らせてとても楽しそうに笑っている。
ブライス兄妹は会場の片隅で斜に構えてホールの様子を眺めている。その視線の先はアンソニー殿下とサマンサ嬢それぞれのいる方向で、恐らく二人の周囲にちゃんと自分たちの手駒が居るか確認しているのだろう。特にガブリエラ嬢は扇子で口元を隠しているにも関わらす、大きく笑っているのが見て取れるほどの笑顔だ。
そうこうするうちに、学院長による簡単な祝辞の後、オーケストラにより音楽が奏でられ、ダンスが始まった。
開幕のダンスは我こそはという者たちが踊りはじめ、当然そこにはアンソニー殿下とマイア嬢もいた。殿下の礼服がひらひらと揺れるのに呼応して殿下の髪と瞳の色のマイア嬢のドレスがくるくると周り、それはそれはとても華やかだった。
サマンサ嬢の顔は強張っていて何とか凛々しく立っているが、瞳は涙がこぼれそうなほどに潤ませていた。僕は今すぐ彼女の傍へ駆け寄りたいが、流石にこの状況でそんなことをする訳にはいかず、思いついたのはサマンサ嬢の目に見えるような位置で右手で髪をかきあげる動作だった。以前、強引に貰ったムクロジのブレスレットを彼女が気付いてくれれば、この場所には貴女の味方も居ると知って少しでも気持ちが落ち着いてくれればいいと願って。
ちらりとサマンサ嬢の方を見ると、僕の動作に気が付いてくれたのか、彼女は泣き笑いのような表情を浮かべていた。
あれよあれよという間に一曲目が終わり、ダンスに興じていた者達は礼をとり一旦離れ、また新たな曲が奏で始められようとした時、予想していた予想通りではない出来事が起こった。
「皆の者!私、アンソニー=ボールドウィンはここに、サマンサ=リンゼイ嬢が私の婚約者として不適切であることを証言する!」
取り巻き達とマイア嬢を侍らせたアンソニー殿下が、ホールの中央で高らかな声を上げて発言した。
殿下達から少し離れた後ろにいるブライス兄妹がゾッとするような笑顔で殿下達とサマンサ嬢を見つめている。
「サマンサ=リンゼイ侯爵令嬢、前へ!」
彼女は後ろから誰かに押し出され、突き出されたようで、足取りもおぼつかなくホールの中央…アンソニー殿下の正面にに立たされた。
サマンサ嬢が所在なく戸惑っていたのは最初だけで、それでも気丈にアンソニー殿下の前に立ち礼を取った。
彼女のそんな誇り高さに一瞬気圧されたが、どうにかしようと中央に向かおうとした時、アンソニー殿下がさらに大きな声で申し付けた。
「サマンサ=リンゼイ、貴様とは婚約を破棄する!お前のような爵位を笠に着て傲慢な振る舞いをする者など、将来の王妃に相応しい訳が無いだろう!二度と私の前に、いや、王家の前に顔を出すな!」
「返事は「はい」しか許さん!」
アンソニー殿下はサマンサ嬢に向かって一歩踏み出し睨みつけ、返事を迫った。
「…………はい……。」
サマンサ嬢は礼を取ったまま、返事をした。そう頷くしかなった。
「喜べ、ここにいる皆が証人だ!私アンソニー=ボールドウィンとこの女サマンサ=リンゼイの婚約は破棄され、たった今から二人は無関係だ!」
「おめでとうございます!」
「殿下、お喜び申し上げます!」
「お祝い申し上げます!」
殿下取り巻き達やサマンサ嬢の後ろにいた令嬢達が拍手を始め口々にそう囃し立て始めた。
ホール中央での出来事を遠巻きに見ていた者達もそういった雰囲気に釣られて…だれも止めないし、そういうものなのか?と思ったのか…拍手や言葉を発しそうになったその時、僕は手を挙げて叫んだ。
「あの、アンソニー殿下!でしたら僕がサマンサ嬢に求婚しても問題ないという事ですね!」
拍手をしそうになっていた者が呆気に取られて固まっている空気を感じながら、その隙に僕はサマンサ嬢の傍で膝を付いた。
殿下の取り巻き達や令嬢達も茫然として言葉も出ない様だ、視界の片隅にブライス兄妹の形相が見えたが彼らが動き出す前に僕は大きな声ではっきりと周囲にとどろかせるように告白した。
「サマンサ=リンゼイ侯爵令嬢、今こんなタイミングで言われても心が落ち着かなず、気持ちも定まらないかもしれませんが、僕ヒューゴ=コリンズと付き合ってみてくれませんか?できれば将来的に結婚を意識してくれると嬉しく思います。」
膝を付いた体勢のまま、ムクロジのブレスレットを付けた右手をサマンサ嬢に差し出した。
「ヒューゴ様、…でも、私、そんないきなり…貴方の事は決して嫌いではないですわ、けれど…。」
「それでいいよ、今すぐ気持ちを切り替えるなんて無理だろうし。僕はいつまでも待つからさ。」
僕は満面の笑顔で彼女にそう答えたると
「あ、ありがとう…ございますわ…。」
サマンサ嬢の瞳から涙がこぼれ落ちた。喜びでというよりはただの安堵に近い感情かもしれないけれど、それでも僕が彼女に嫌われている訳では無いことは確かだろう。そうやってじっと見つめる僕に彼女はそっと手を差し出して来た。
僕はその手を優しく受け取ると、手の甲にチュッと軽くキスをした。
すると周囲から、きゃあきゃあわあわあと歓声や指笛を吹く音が遠巻きに見ていた者達から自然と沸き起こった。僕やサマンサ嬢とそんなに親しくは無いが、ブライス兄妹達とも関わりの薄い子息や令嬢達からだ。
「きゃあ、まるで物語の一場面みたい!」
「こんな事、小説や演劇でもなかなか見ないもの、素敵!」
「ピュイー!」
彼らの歓声に圧倒されたのか、取り巻き達は焦り顔で及び腰になって少しずつ後ずさっている。
逆にその歓声から勇気を貰ったのかサマンサ嬢の涙も落ち着き、つい先ほどまでは強張っていた顔に笑顔が戻っていた。
僕は立ち上がって、照れくさそうに微笑む涙の痕が残る彼女と見つめあった。
「サマンサ嬢、では失礼して…、皆さんパーティーを楽しんでください、僕たちは一足先に帰ります!」
ブライス兄妹達が何をしでかしてくるか判らない場所にもう用はない、さっさと引き上げるに限る。僕はサマンサ嬢を横抱き…つまりお姫様抱っこという形に抱き上げると、先ほど歓声を上げた者達から更に大きな歓声と拍手が続いた。
取り巻きや令嬢達はこんなことになると思って居なかったのだろう、茫然として焦ってはいるがどうしたらいいか判らない様でブライス兄妹の様子を伺っている。だが、僕が彼らの様子を伺う必要はもうない。さぞかし悔しがっているだろうが知った事か。サマンサ嬢に僕にしっかり捕まっているように促し、祝賀会会場のホールから立ち去ろうとしたその時。
「ま、待って! 待ちなさいよ!」
呆気にとられた立ち尽くしているアンソニー殿下の横で、マイア嬢が肩を怒らせながらたどたどしくも叫んだ。
いいね(リアクション)や評価など、気軽にポチッと押してください!




