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「これでいいわよね?」
「ええ、以前もこの調子でお願いしてアンソニー殿下に忠告なさっていらしたもの、十分なはずよ。」
「もう随分、お二人の仲は離れていらっしゃるようだけど、ガブリエラ様が念には念を入れよとおっしゃっていたもの。」
「ゴホッゴホッ、ン゛ン゛ッ、君たち、ここには私たちしかいないとはいえ、明け透けな物言いをし過ぎだろう。」
「すみません、先生。つい気が緩んでしまって…。」
「サマンサ様がガブリエラ様の思惑通りに動いてくださって、一安心ですもの。」
「これまで何度も同じ様にアンソニー殿下へ忠言をなさって下さる様にお願いを繰り返していますから、もしかしたらサマンサ様は殿下にはもう関わりたくないと思っておられるかもしれないですし…。」
「うーん、それならそれでガブリエラ嬢がサマンサ嬢の立場になり替わりやすくなるだろうから、ガブリエル卿も喜ばれるのではないかね?」
講師も令嬢達の仲間であるのか、良からぬ会話に違和感なく参加し、それどころか令嬢達は講師のその言葉に大きく頷いている。
同時に冊子を整頓している講師の袖から見えたカフスにはマンダリンオレンジの色石が輝いているのが見えた。僕はハッとして、令嬢達の服装をよく見ると、彼女たちの髪留めやブローチ、リボンに小さなマンダリンオレンジの色石が嵌め込まれている。
そういえば、あの講師は僕が何度も書類を渡した相手…殿下による厄介払い仕事の提出先…でもある。それはつまり…
「あと、殿下達が卒業式が終わった後で何をしようが私は関知しないからな。それとなくそういう風にしておく。それでいいんだろう?」
「ではそれもガブリエラ様ガブリエル様にお伝えしておきます。」
女生徒たちはそう言って講師に軽く礼を取ると教職員室から足早に去っていく。
「勉強熱心なサマンサ嬢には悪いが、こちらも生活が懸かっているんでね。卒業式が終わった後なら学院内の連中にはどうとでも言い含められる。それに殿下とはもう修復できない仲だろうし、なにより公爵家には逆らえないさ…。」
そう言ってサマンサ嬢に協力してもらい作ったはずの冊子を乱暴に木箱の中へ放り込むと、講師は手短に帰り支度を始め、さっさと教職員室から帰っていった。
頭の中でもやもやと曖昧に渦巻いていた疑念がいきなり目の前で言葉になって表れてきてしまい、僕は息をすることを忘れてしまったような感覚を覚えた。かろうじて息を継ぎながら、周囲にもう誰もいないことを確認すると慎重に息を吐いた。
先ほどブライス兄妹を愛称で呼んでいた取り巻きの中心らしき令嬢…そうだ、彼女は入学式でマイア嬢に制服を汚された本人た。
僕は再度大きく深呼吸をして、今見聞きしたことを頭の中を整理した。
薄々…薄々感じていた事ではあったが、サマンサ嬢の取り巻き…将来の侍女・補佐官候補と称している…サマンサ嬢自身もそうだと思っていたであろう令嬢達や、頼りにしていた学院の講師は彼女の味方ではなかったのだから。
それどころか、ブライス兄妹の手先だったのだ。いや、そもそもアンソニー殿下との仲たがい自体がブライス兄妹の企てである可能性が高い。
そもそもマイア嬢と出会ったという都市ニアポートはブライス公爵家の近隣で領主の伯爵家も当然その派閥だ、だからこそ街の案内にもブライス兄妹が参加していたのだ。
ガブリエル卿が王太子の側近候補を面倒だから辞退したと聞いたときは、ああいった性格だしそう言うのも不思議ではないと納得していたけれど、今になって考えてみれば一度側近候補になってしまえば行動の自由が利かない。そして公爵家嫡男ならば側近筆頭としての立場を僕と争うか、あるいは側近筆頭として側近候補にならなかった行動に自由の効く僕と対峙しなくてはならない。僕としてはむやみに争う気はないがどうしても利害が対立せざるを得ない場合がある。
そう、例えば王太子の側近筆頭と婚約者を同じ派閥…しかも同じ家から出すなど、いくらそれが公爵家と言えど専横が過ぎると大きな反発を招くだろう。
だがしかし、この状況…側近筆頭と婚約者の双方が王太子から不興を買っている…で新たに側近と婚約者を選びなおす事になったとしたら…?
確かにそれでも両方を兄妹で分け合う事に異論は出るかもしれないが、兄妹は元王妹殿下を母に持つだけあって王宮の機微や作法に詳しいし、サマンサ嬢以外の、次期王妃の侍女や補佐官に選ばれるような高位貴族の令嬢は全員兄妹の配下だ。他に高位貴族の令嬢が居ない訳では無いがサマンサ嬢と同じ目に合うのが分かっていて立候補するような…娘を差し出すような親は居ないだろう。
側近候補にしても同様だ。ただこちらに関しては、ガブリエル卿が側近候補を辞退したことでブライス公爵家派閥から大目に子息が選ばれているのだ。もうとっくに僕以外の全員がマイア嬢を持ち上げている、つまりガブリエル卿の思惑通りに行動している位だ。ガブリエル卿が側近筆頭…いや側近になることすら無かったとしても、名目上の側近筆頭が立つだけになるだろう。
単に気まぐれな所があって面倒な事は嫌だからと側近候補を辞退した訳ではなかったのだ。今更こんなことに気付くなんて。殿下とは兄妹の様に育ったからと只の貴族特有の我儘で王宮に良く来ていたのだと思っていた。
僕は手に持っていた書類の事に気付き、よろよろとした足取りで提出に向かったが、提出相手である講師は先ほど帰路についた姿を見ていることもあって、教職員室に設置されている提出箱に講師宛の名前を書いて…勿論提出者には僕の名前を書き、それを入れながら先ほど見聞きしたことをゆっくりと思い出していた。
「卒業式が終わった後。か…。」
念のため、殿下専用の談話室に戻ったが誰もおらず鍵がかかっていた。つまりもう殿下たちはみな帰ったという事だ。複雑な…いや何とも定まらない気持ちを抱えながら、僕は我が家の馬車に乗ってタウンハウスへと帰りついた。
「卒業式が終わった後は…行事としては祝賀会が行われる予定だ。いわゆる卒業パーティーだけど…まさかパーティーで何かするのか?まさか。」
「うーん、サマンサ嬢と踊らずにマイア嬢や他の令嬢…ガブリエラ嬢達とだけ踊る、なんてことはありえるか。あ、でもガブリエラ嬢はマイア嬢の両親を詳しく知っているようだったな。まてよマイア嬢の両親を使ってマイア嬢に何かしようと…あるいはさせようと?」
サマンサ嬢とマイア嬢の共倒れを狙う事はブライス兄妹からすればあり得る話だ。入学式の貴族令嬢とマイア嬢の騒動も恐らく兄妹の差し金によるものだ。同じように何らかの騒動を起こしても不思議はない。
僕は今日の事を含め見聞きしたこと全てを改めて整理し、再び両親へ手紙を書いた。前回以上に慎重に、誰にも気づかれないように。
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