プロローグ
連載第二作目です。
タロットカードの「ペンタクル」と「拝金主義」の化学反応です。
たぶん(`・ω・´)
「お断りします。」
銀髪の少年がにこやかに、受付台の前に立っていた男性に向かって言った。
男性は、目を丸くしてとっさに返す言葉が出てこなかった。
少年は、司祭の長衣を纏っていた。
床と壁は、磨かれた石造りだった。
少年の背後には、黄金に刻まれた五芒星が象徴的に配置されていた。
「……ええと、拝金教では寄付を受け付けていないのですか?」
男性は、ようやく気を取り直して少年にたずねた。
「五芒星教団です。お客様。」
少年は、それだけを言った。
男性は首をかしげて、もう一度言った。
「拝金――」
最後まで言わせることなく、少年は被せるように言い切った。
「五芒星教団です。お客様。」
それから、露骨に作り笑顔を向けた。
そして、作り笑顔のままで、少年は続けた。
「まず我々は、誰彼構わず寄付を受け付けることはしておりません。」
「は、はぁ……」
男性は、少年の言葉に困惑して気のない相槌を打った。
すると、少年は肩を微かにすくめた。
「ええ、寄付の申し出が善意であることは理解しております。」
少年は、それから一息置くと、さらに続けた。
「しかしながら、我々に献金してよいのは、教団の高位の司祭に限られます。」
「……はい?」
男性は、少年が言っている言葉の意味がわからずに首をかしげた。
少年は、あからさまにため息をついてみせた。
「拝金教とお呼びいただいている時点で、教義への理解など期待しておりませんが――」
それから、刺すような目つきで、強く言った。
「あまり、舐めないでいただきたいものです。」
「ひぃっ……!?」
周囲の司祭たちが、その様子に少しだけ目をやって、それからため息を漏らす。
もっとも、当事者である少年は気づいていない。
少年は、再びため息をついた。
それから、淡々と語り始めた。
「確かに――我が教団は、お金を奉じています。それは拝金と呼べるでしょう。」
男性の反応に目をやりながら、しかし、それとは無関係に少年は続けた。
「ならば、お客様の様な、もののわからない残念な方が――」
「も、ものがわからない……?」
男性は、あまりの言いぐさにオウム返しになった。
しかし、少年は気にしない。
「我々を金の亡者と見なし、寄付を手土産だと……まあ、それは許しましょう。」
一度両目を閉じて、深呼吸をした。
そして、目を開くと、再び語り始めた。
「お金は良いものです。正しく使えば、人生を豊かにします。」
「はぁ……」
男性が生返事で応え、少年は続ける。
「しかし、考えの足りない使い方をしてしまえば、その人生は貧しくもなります。」
男性は、どう反応してよいのかわからず、固まっていた。
少年は、男性のそんな様子をしり目に続ける。
「ところで、お金は価値交換の手段であり、その使い方は価値観の表れと言えます。」
「は、はぁ……そうですか……」
男性は、少年の言葉に生返事で相槌を打った。
相変わらず、少年は男性の反応など気にせずに言った。
「従って、お金の価値を最大化することは、自らの価値観を磨くことと通じます。」
「はぁ……」
男性の生返事も、遠巻きに見守る司祭たちの小さなため息も、まるで意味をなさない。
「我々の教義は、お金の価値を最大化することを目指し、それを道程標として善き生を追求するところにあるのです。」
少年は、男性を憐れむよう眺めながら言った。
「我々にとって、寄付とは、お客様が思い描くよりもはるかに神聖なものなのです。」
少年は、自分でうなずきながら、続けた。
「自らの価値観を磨き、善くお金を用いようとする人々がなおも、我々に託す――だからこそ、我々も献金を受け取り、それに応えるべく善き使い方を模索するのです。」
少年は、そう言った後に男性を睨みつけた。
「あなたは、その教義も理解せずに、我が教団に寄付をすると?」
「ひぃっ!?」
男性が悲鳴を上げようと、少年は憤怒の形相を露わにする。
「――このような冒瀆に対しては、然るべき処置をしたくなりますが……」
「あ、あわわ……」
男性は、少年の表情に恐怖を覚えたのか、後ろに一歩下がった。
すると、少年は不意に微笑を見せた。
「そのような度し難いお客様でも、お金を使うわけですから――」
一息置いて、言った。
「いたずらに処すことは、お金の価値の最大化と言う観点から好ましくありません。」
それから、少年は言った。
「従って、お客様には回心の機会を与えましょう。」
「は、はい……?」
男性がこわごわと言うと、少年は完全に自己陶酔しながら言った。
「お客様には、我が教団に入信していただき――」
男性は一目散に逃げだした。
しかし、少年は気づかず、悦に入ったまま続けた。
「お金を奉じるとはどういうことか、徹底的に学ぶ機会を持っていただければ幸いです。」
少年は、まだ気づかない。
「お金は万人に開かれた、知性と理性への、ひいては神性への入り口。」
もはや、周囲の司祭は生温かい目で見守っていた。
「共に、お金により良く尽くし――あれ?」
そう言って少年が男性に手を差し伸べようとして、初めて男性の姿がないことに気づいた。
少年は、目を丸くした。
「……コホン。」
それから、咳ばらいを一つ。
そして、何事もなかったかのように席に座った。
これは破門されるでしょうな(ーー;)