二段階
翌日、朝から降り続いた雨は、昼ごろになって止んだかと思われた。
大学の講義が終わり、一度アパートに帰る。支度を済ませて組合に向かうと再び雨が降り始めた。
組合にはすでに日菜子が待っていた。
日菜子に挨拶をしてると俊太郎のすぐ後に紫雨が傘を差しながら、歩いてくるのが確認できた。
組合の隣にはカフェが隣接されており、そこで一旦打ち合わせ兼腹ごしらえを済ませておく。
窓から見える空は雨がしっとりと降り続く中、俊太郎たちは軽食とコーヒーで軽く腹を満たした。
「驚いたけど、昨日注文していた物がすでに組合に来てたんだ」
「そうなんですか?」
「ああ、それでこれが二人に渡すもの。正直女の子にこんなの渡すのどうかと思ったんだけど、これは紫雨さんどうかな」
昨日購入したのは、白くて長い布。昨今こんなものは学校の運動会でしか見ない。しかしこれはれっきとした、装備品である。
「鉢巻き、ですか」
「一応装備すると、攻撃力があがるみたいなんだよね。本当は防御力を上げた方がいいのかもしれないけど、攻撃役に徹している紫雨さんにはこっちの方がいいかなって」
「いいんでしょうか、こんなものを貰ってしまって……」
「それとこっちは三人で身に着けるもの。これも攻撃力があがる指輪。これは魔力値が上がるやつ。こっちは魔法攻撃力があがるもの。指輪は二つまでなら効果があるようだから、買ってみた。効果の良いものが複数、追加で手に入ったら交換してそちらを付けてほしい」
俊太郎は勢いで二人にアイテムを渡していく。遠慮されても困るし、指輪というのがなんとも気まずい品だったために、勘違いされないようなんの意味もないものとして流れるように渡した。
「指輪は紐などに通して首にぶら下げてもいい。邪魔になるからそうしている人も多いみたいだね。探索者タグと一緒に括り付けている人もいるみたい。付け方は任せるよ」
二人とも遠慮がちではあったが、活動者としての恩恵がこうして探索に役にたったのだと説明すると、受け取ってくれた。
深界人や、見てくれている者たちに向けて何か発言をした方がいいのかと聞かれたが、その必要はないと俊太郎は思う。
特別やりたいのなら止はしないが、出来れば自然体でいてほしいとも。
特に話すことがなく『声』に反応することはあっても、俊太郎は自然体でかつ、それに対し好き勝手言われることに特に思うところはなかった。
攻撃的な発言や誰かを貶めるような発言ばかりが目立つならともかく、今のところそういったものは少ない。紫雨や周りの人間も今のところは受け入れてくれている。それが変わってしまったら、光る珠、深玉と言うらしいが、それを点けることもなくなってしまうかもしれない。
俊太郎が深界人に見てもらうことを受け入れているのは、最初は情報が欲しかったからである。探索する上で、アドバイスは役に立つ。
命がかかっていれば、誰かの分からないアドバイスも一度は頭で考えてみたりするものだ。
確かにこうして装備品などに交換できるようなるとはいえ、あくまで俊太郎がやっているのは趣味の範囲内だ。
それで誰かが傷つくようなら、やめてしまうだろう。
しかし、だからと言って、深界人たちの言葉を強制するようなことは言いたくなかった。
今回行く迷宮は組合の近くにはあるが、少し歩く距離にある。
迷宮は図書館の中にある使われていない一室が、変化していた。この図書館は紫雨も行くことがあるということだった。
探索者の証明であるタグを受付で見せると、手振りであちらと場所を教えてくれた。
図書館特有のインクと紙の匂い。決して新しくない、積み重なった歴史のようなものを感じるあの香りが、俊太郎の鼻を刺激する。
物音をあまり建てないように、カーペットの上を歩いていくと、廊下の隅に立ち入り禁止の看板が立てかかっているのに気が付いた。
警備員の恰好をした人間が部屋の前に立っているが、これは組合の職員である。
公的な場所に迷宮が現れると、一般人が立ち入らないように組合から職員が派遣されることがある。
職員に探索者のタグを見せると、中へ入ることが出来た。
部屋の中が迷界化しており、暗い部屋の先には大自然が広がっているのが分かる。
迷宮との境界線のような場所を踏み入れると、一気に匂いが消えうせた。
あるのは自分たちの身体などから発しているものだけだ。
「ここも森の中なんですね」
「ゴブリンとかオークはどこにでもいるけれど、森の中は定番だね。五層を過ぎたくらいで環境が少し変わるみたいだ」
二段階の迷宮は全十層でなっている。簡易迷宮は五層毎にボスが生息し、すべて倒すと攻略完了となる。
俊太郎は新しく買った魔力のバングルを装備していた。両腕に装着しているが、盾と剣の邪魔にならない。
盾やグローブ、その上チェストプレートまで購入したため、タブレット上で使用できるポイントマネーはかなり減ってしまった。
チェストプレートは防御力重視だが、それ以外の物は魔法使用する上で有用なものを選んだ。
バングルは魔力攻撃力が上がるし、グローブもそうだ。盾は防御力と魔力上限値が上昇する。それなりの金額だったが深界人の『声』と相談し購入したものである。
一層はほとんどがゴブリンで、前回の迷宮とかわり映えがしなかった。
サクサクとゴブリンを倒していきさっさと二階層に進む。
今度はオークが出現した。
二階層の森ではオークは最大二体しか出現しないらしい。オークも身体が大きく、一度には出現しずらいのかもしれない。
オークは緑色の肌と豚のような顔つきで、人と同じようなサイズだが、丸まると太っている。
体力が高く、紫雨の攻撃でも中々倒れない。しかし鈍間でこちらに攻撃が向いても楽に回避ができそうだった。
ただ、日菜子が召喚している精霊は、素早く回避することはかなわずまともに攻撃を食らってしまっていた。
俊太郎の保護魔法をかけていてもそれなりのダメージが蓄積されているようだ。
日菜子と俊太郎の攻撃で何とか倒すも、今までのようにバッサリとはいかなかった。
二階層でしばらくの間、うろうろしながらオークを狩っていく。
さすがに二段階の迷宮なだけあって、深界石がよく落ちる。
その上、職業カードがいくつか見かけるようになった。
内容は安物ばかりのようだが、俊太郎たちが転向できるものしか出現しないようなので、仕方のないことだ。
装備は一つだけ。装備もカードになって落ちている。使用すると現品が出現するが、レア度によってカードの色が違う。
今回は白。つまり一番レアリティの低いものだった。二段階で出現するのは大抵白だが、時折緑色の一段上のもの出現することがあるらしい。
入手したのは靴だ。カードには靴の絵が書いてある。革製の靴のようで、組合でも販売している、それほど性能の高くないものだった。
カードの絵が書いてある真ん中を人が押すと、押した人の身体の身体にフィットするように出現する。基本的にカードを使用した場合、使用した本人しか装備できない、あるいは装備しても効果がないという制約があるのだ。
貴重なアイテムを使えば再びカード化することも出来るが、使用するのは大抵五千万以上の価値のあるアイテムだけだろうと思われた。
つまりそのアイテムを迷宮で入手することが出来ればそれと同等の金額を得ることが出来るというわけだった。
その日は無理せず二階層で帰還することに。
あまり遅くなるわけにもいかず、平日の大学や高校に通学してからの探索ではこんなものだ。
迷宮がある図書館を出ると、さすがに陽が落ち薄暗くなっていた。
組合に行って、その日の成果を組合に売りつける。職業カードも靴であるカードも深界石もすべて売ると五万円以上の金額になった。
紫雨の刀も組合に預けることになっている。刀はもちろん普段街中で持ち歩くわけにはいかないが、それも申請を行えば持ち帰ることも可能だ。
土日に行く予定の迷宮なら最寄りの組合に届けてもらうことも出来るようで、行く前にはそうするつもりである。
俊太郎も盾だけは預けたり預けなかったりしている。
魔法用の杖や腕輪などは持ち帰っても構わない。どうせ持っていても魔法は使えないのだ。
翌日も集まり、三層を目指して魔物を倒していく。
階層が切り替わるタイミングも、出てくる魔物で判断しているが、階段やゲートのようなものがあるわけではなく、それほど明確ではない。
三層も変わらず森の中だが、オークとゴブリンが同時にこちらに襲いかかってくる。ゴブリンの装備も武器だけだったものが防具までつけていたり、ボロボロの剣がしっかりと磨かれた剣だったりと、装備の性能が良くなっていた。
ゴブリン二体にオークが一体が現れる。オークが前衛で突っ込んでくると、後ろで弓を構えたゴブリンがこちらを狙っていた。
もう一体はロングソードをもったゴブリンだ。
日菜子が土精に命令を出す。
日菜子が使うスキルの『防御命令』は、土精に命令すると盾役をするために魔物を引き付けるための行動をすることになる。
土精は音のない叫びを口から叫びだすと、オークたちの視線が土精に向いた。
保護魔法が掛かった土精に矢が飛んできたものの、土の身体に吸い込まれていった。大したダメージにならないのか、気にしていないようだ。
ゴブリンがロングソードを両手で構え、斬りつける。これには土精も防御するように土の身体から腕を伸ばしてはじき返した。
そこに俊太郎も参加し、ゴブリンを魔力の剣で切り付けた。
現在のマジックソードの形はショートソードのような刀身の短いものを使用している。ゴブリンが使っているロングソードよりも踏み込んで攻撃しなければならない。
切り付けたところから、炎があふれ出す。
喚きながら後ろに下がるゴブリンだが、トドメのために構えていた紫雨から逃げられなかった。
これで残り二体。
弓持ちのゴブリンがまるでダメージ与えられないため、無視してオークを倒しに行く。
俊太郎が連続でオークを攻撃すると、一瞬オークの視線が俊太郎に向いた。
防御命令で出せる指示はそう連続して使用できない。スキルには一度使うと冷却時間のようなものが必要で、土精が使うあの音のない叫びは、土属性の精霊が使うスキルなのだそうだ。
俊太郎はぐっと盾を構えるも、紫雨が『袈裟切り』を使用した。
切り上げからの振り下ろす二段攻撃するスキルだ。基本的なスキルの一つだが、紫雨がもつスキルの中では準備時間や冷却時間も短く、継続的に攻撃力を維持できるスキルでもある。
美しい剣の煌めきがオークの身体を通り過ぎると、ゆっくりと大きな体が倒れていった。
『強くなったなあ』
『ヒナコ姉さんが良い味出してる』
『シュンタロも支援系の魔法がかなり効いているな』
『シウちゃんの火力もやべーぞ』
『結構バランスいいんだな』
弓をもったゴブリンアーチャーは紫雨のスキルで瞬殺だった。
その日も三階層を回っていく。このあたりから、分かれ道が増えてきた。
片方は行き止まりで、もう片方が次の階層へとつながる道になっているようで、何度か道のない森の中に入り込みそうになった。
この道を覚えたとしても、次に入ったときに同様のルートをたどればたどり着くことが出来るとは限らないらしい。
簡易迷宮は入るたびに内部の構造が変わるというのは、俊太郎も知っていた。しかし、今まではほとんど一本道であり、あるとしても一層と五層を繋ぐための抜け道くらいしか存在しなかったため、迷うことすらなかったのである。
ようやく迷宮らしくなってきたと感じつつ、二時間ほど魔物を狩るとその日の探索は終えることにした。