リーダー
ゆっくりとゴブリンリーダーが現れた。
まずは一体目。斧を持ったゴブリンウォーリアーだ。こいつは前衛の割りに耐久力がない。その代わり攻撃力が高く、生き残っていると厄介だ。
大きな斧を重そうに担いでいる。剣と盾を持ったゴブリンの横から無防備に身体をさらしていた。
俊太郎が手をかざす。近くには尖った長い石が、ゴブリンに向かって回転している。魔法スキルの『ストーンランス』である。
発射。
斧持ちのゴブリンウォーリアーは、身体の中心に長細い石が突き刺さり、後ろに吹き飛んでいく。
ゴブリンリーダーがなにやら吠えた。
何事か命令でもしたのか、一斉にゴブリンたちが俊太郎の方を見たのが分かる。やはり、ぞわりと何かが俊太郎の身体を駆け巡った。
後ろに控えたゴブリンが何やら魔法を詠唱しているようだ。
土精霊と向き合っていたゴブリンファイターが、ちらちらと俊太郎を見ているが、土の身体で精霊が邪魔をする。
斧をもったウォーリアーはまだ起き上がれるようだ。しかしそこに紫雨がトドメの一撃を放つ。
ウォーリアーは何をすることもなく消えていった。
何かが俊太郎の方へ飛んでくるのが分かった。ゴブリンマジシャンの魔法だ。
火の弾丸、数発が俊太郎を襲う。盾で防ぐが、躱しきれずいくつか食らってしまった。ちょくせつ当たったわけではなくすべてローブの上だったが、熱い。
マジシャンの魔法をどうにかしたいが、その前に盾をもち前衛に出ているファイターがいる。そしてマジシャンの隣にはリーダーがいるのだった。
魔法を数発撃って先に倒すのか、あるいはファイターをまずどうにかするのか。俊太郎は一瞬迷う。
するとウォーリアーを倒した紫雨が、マジシャンを倒そうと向きをそちらに変えた。
俊太郎も魔法の準備をする。
しかし、ゴブリンリーダーが前にでてにじり寄ってくるのが見えた。
紫雨がマジシャンに向かってきりかかる。しかし倒れない。
リーダーが紫雨を攻撃対象にしたのが分かった。このままだと紫雨がマジシャンとリーダーに挟まれてしまう。
「サンダーチェイン」
ゴブリンたちを魔力の線でひとつなぎにして、魔法を放つ。複数対象にした魔法の中で、俊太郎が持つ魔法では一番威力が高い物だ。魔力の消費もそこそこで、連発できるものではない。
マジシャンが吹き飛び、塵となった。
日菜子が何やら祈るようにスキルを使った。
前衛に出ていた土精がぐわりと背を高くすると、機敏に動き出す。
精霊術師がスキルを使用して、精霊を強化する類のものであった。
俊太郎もファイターに追い打ちをかけるようにマジックソードで斬りかかる。火属性の付与がされた攻撃は斬りつけられたゴブリンの肉体から血と炎をあふれ出した。
ぐぎゃぎゃと嫌な喚き声を出しながら、ファイターも倒れた。
あとはゴブリンリーダーだけだ。
ふと見ると先ほどまでいた場所にリーダーがいない。パッと横を見ると、俊太郎のすぐそこ、まさに今、拳を腹にため、殴りかかろうとしていた。
土精霊が殴りつける。しかし勢いは止まらず、ゴブリンの拳は俊太郎を捉えた。
盾で防ごうにも、リーダーの拳は人間よりも少し大きいくらいで、さらに重量があった。
ドンという衝撃が俊太郎を襲う。
強い衝撃に後ろに下がる。
こんなにも強力な攻撃を受けたのは初めてだった。
盾を装備しているものの、相変わらず魔法使いの防御力は大したことがない。その上『保護魔法』も精霊にしかかけていなかった。ゴブリンリーダーの放つ重い一撃が俊太郎の身体をバラバラにするほどの激しさを伴っていたものの、しかしそれでも俊太郎はたたらを踏んだだけだった。
たしかに体力が減らされているのが俊太郎にも分かった。けれどもそれほど危険視するほどのことはないようだ。
俊太郎を守るように精霊が聞こえない雄たけびをあげ、リーダーを攻撃した。
紫雨が挟み込むようにしてスキルを放つ。
そこからは呆気ない終わりであった。
俊太郎も復帰して、斬りかかる。リーダーは目の前の土精霊に気を取られ、後ろから襲い掛かる紫雨に気が付かない。
紫雨が前進する。鞘から抜いた刀を振り上げる勢いのまままず切る。上段に構えたまま、ゴブリンリーダーを袈裟切りにした。
まだ、刀の扱い方も危うく。普通だったら振り回すのも一苦労のはずだが、迷宮内ではこんなにも華麗に操る。
華奢な紫雨から放たれたスキルの威力は凄まじく、ゴブリンリーダーは脳天から血を噴き出して倒れていった。
『そら、あんだけ毎日魔物を狩ってたらいくら魔法使いとはいえ、そんなかんたんにやられん』
『シュンタロはビビりすぎなのよ』
『まーあんだけ安全をとっていたらな。気持ちは分かる』
『でもハラハラした。こわい』
『分かる。まだ連携がちょっとな』
リーダーを倒してからも、ちょっとの間呆然と立ち尽くしていた。日菜子がようやく動いて、俊太郎も思い出したかのように、残されたアイテムを確かめた。
ゴブリンリーダーが残したのは深界石と、一枚のカードだった。
このカードは、内容が様々だが色で種類が分かる。白色であればスキルカード。黒色であれば職業変更カードである。その他にも装備や魔物の素材なのがカードとして現れる。カードのままなら取引が容易である。
今回ゴブリンリーダーが落としたカードは黒色。職業変更をするためのカードで、一段階の迷宮で入手できるものはほとんどが、これのようだった。
職業変更は、一段階上の上位職になることが出来る。変更カード自体に決められた職業がランダムに定められているため、どんな職業を入手できるかは運の要素が強い。
それでもパーティーメンバーが就いている迷宮職から、変更できる内容でしか、ドロップすることはないと言われている。
ただそれでも今のところはほとんどが初期職業と言われている物ばかりだろう。その上、一段階のボスを倒して入手した変更カードは、二段階の迷宮からはそこら辺の魔物からも入手が可能になる。あまり貴重なものでもなかった。
「お疲れ様。今日は帰ろうか」
近くに隠し部屋のようなものがないか確認したが、見つけることが出来なかった。
他に落ちてるものはないか確認し終えると、俊太郎は声をかけた。
するとそこに人影が現れたのだった。
思わずマジックソードを手にしようとして、すでに時間制限が過ぎて解除されてしまったのに気が付いた。
「おつかれさま。一段階の迷宮攻略おめでとう」
現れたのは青い肌をしたコタマという深界人だった。
人間の女性のような見た目だが、肌は青く染まって頭には二つの角のような、あるいはちいさな触手のようなものが生えている。
『でたよこの女』
『しゃしゃりですぎ』
『私と変わりなさい』
深界人たちの『声』からは大不評だ。
そのことにコタマも気づいているのかいないのか、なんだか優越感に浸っているような表情をしているようにも見えた。
深海人の表情判断に自信は持てないが、コタマはわりと人間ぽさを感じるときがあった。
「ああ、おつかれ。どうしたんだい?」
「一応、賛辞を。一段階迷宮、攻略おめでとう。それと伝えることがあった」
コタマが言うにはタブレットの機能にアップデートするらしい。一段階を攻略することが条件になっているものがいくつかあるようだ。
「組合で渡されているタブレットに追加されているはず。これはあなたたち活動者にしか利用できないようになってるものもあるから気を付けて」
確かに組合からタブレットを渡されているが、あまり気にしていなかった。
組合から発行されているニュースや探索者が情報交換をするようなSNSなどのアプリが搭載されているが、ニュースはともかくSNSはさほど活発ではない。
「探索者としては、ようやく始まり。活動者としても探索者としても、期待してる」
そういってコタマは迷宮の奥へと進みどこかへと消えていった。
深界人が地上に現れたという話は聞いたことがないから、迷界の中なら自由に行き来できるのではないかと俊太郎は考えていた。
迷宮の奥から一階層の入り口付近の洞窟に直接帰ることができた。距離としては明らかにおかしい。五階層までの距離はそれほど短くはないはずなのに、一階層へ戻る道のりは数えられるくらいの歩数しか歩いていない。
どこかでワープでもしたのか、あるいは距離など関係ないのか、迷界の中は不思議で満ち溢れている。
迷宮から出ると、溜まっていた疲れが一気に押し寄せてくるようだった。
実際には迷宮の中では自分たちの身体が、超常の物へと変化しつつあるからだそうだ。一段階迷宮の五階層まで攻略した俊太郎たちは、迷界の中では一般人と比べて人間の範疇を超えてきているが、迷界から一歩でも離れると普通の人間に戻ってしまう。当然スキルも使えない。
「疲れたね」
紫雨も日菜子も同じ意見なのか、小さく頷いた。
なんだか紫雨の元気がないように見えた。
地上は匂いが満ちている。様々な匂いが混ざり合い、鼻を刺激する。
迷界の中では気にしていなかったが、紫雨や日菜子から感じる香りも混じってる。おそらく化粧品などの香料だが、なんだか変に意識してしまった俊太郎は少し落ちつかなかった。
階層主が落としていった深界石を組合に提出すると、一段階の迷宮を攻略したとみなされるらしい。
どういった仕組みか分からないが、虚偽は行えないそうだ。
その日はやはり疲れたのか、組合で解散することにした。
これで土地型迷宮も参加できるようになったが、だからと言って、すぐに向かってもむしろ時間がかかりそうだった。
惠のことを思うと、早く見つけてやりたいという気持ちが募る。しかし焦るなという思いが同じくらいの大きさでぶつかりあうのだった。