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三輪田

 

 講義の予定を済まし、構内から帰宅しようとしていたところだった。

 鞄をぶら下げ、帰りに迷宮によって日課のように魔物を狩るのが、この後の予定でもある。

 最近は低層ではなるべく『マジックソード』を駆使して魔物を狩ることにしていた。一人でもそんなことを続けていれば三層くらいまでなら難なく狩ることができるくらいには、近距離戦闘にも慣れてきたところだ。

 

 

時廣(ときひろ)くん」


 俊太郎は女の声で呼び止められる。足をとめそちらへ目線を向けると、嫌なものを見た、そんな気持ちにさせられた。

 

「そんな顔をしなくてもいいでしょう。さすがに傷つくわよ」


 俊太郎がここまで他人に負の感情を見せるのは珍しいことだった。

 彼女は三輪田。高校の同級生だった。

 

「三輪田日菜子。さすがに覚えているわよね」


 下の名前はようやく思い出したところだった。俊太郎がそういえばという顔をしたのに気が付いたのか、彼女は大げさにため息をついた。

 さすがに失礼だとは思うが、それでもあまり思いやる気にはなれなかった。

 

「お願いがあるの、話を聞いてほしい」

 

 俊太郎が、踵を返そうとするも、聞き逃せない言葉を聞いた。

 

「最近、女の子と一緒に行ってるんでしょう。迷宮」


 俊太郎は日菜子を睨んだが、こちらをからかうような気配はなく、どちらかというと、緊張している、そんな雰囲気だった。

 

 何か事情がありそうだが、とにかく気が重い。

 俊太郎はため息を飲み込むこともせず、盛大に息を吐いた。

 

 

 

 近場の喫茶店で、コーヒーを注文する。

 窓際の席から、帰宅する制服姿の女子高生が歩いていくのが見えた。

 その中に一人、光る珠を浮かべている子がいた。よくよく注視してみるも、俊太郎とパーティーを組んでいる彼女ではなさそうだった。

 

 俊太郎はさすがに空気を読んで、今は光る珠を消している。一度消してしまえば、深界人から俊太郎たちの様子は伺えないはずである。

 

 コーヒーがテーブルに置かれた。

 店員が離れていくと、目を伏せたままだった日菜子は、意を決したように口を開き始めたのだった。



「正直、そんな話をされてもな」


「お願い。知りあいの探索者なんてあなたくらいしかいないのよ」


 そう言う自分はどうなんだと、聞けばどうやら日菜子と組んでいたパーティーはメンバーの一人が怪我をして解散してしまったらしい。

 

 女の子を中心にしたパーティーを組んでいたようだった。

 メンバーの怪我がきっかけとなり、心配した親が探索者をやめさせる。こんな話は駆け出しの探索者にとってありふれた話である。

 探索者なんて不人気な職業はどうあっても親の理解を得られない。

 無理を言っても些細な切っ掛けで終わってしまう。そんな物だろう。

 

「もちろんその際は、私も手伝うし、パーティーを組めというならもちろん私も協力する」


「建石か……『土地型迷宮』なんて僕は行ったことがないんだ。それで協力、と言ってもね」


「私もないけれど、女一人じゃ、さすがに、ね」


 土地型迷宮は、魔物を倒しても死体は消えない。探索者も同じエリアに複数存在する。簡易迷宮とはそのような違いがある。

 当然、探索者が迷宮の中で死んでも死体がすぐに砂のように消えたりはしない。

 

 土地型迷宮とは言え、奥に進んでいけばどこからか正式な迷界があり、そこからが実質的な迷宮の始まりと言っても良い。

『日本の地上まで影響が広がった迷界』というのが、正しいところである。

 下手をすると日本領土内に魔物があふれ出る可能性があるため、その迷宮内は特に厳重に管理され、探索者や国に雇われた人間が日々魔物を狩っているのだ。

 

 危険性についてもある程度組合から説明されていた。

 土地型迷宮は簡易迷宮と違って、一層ごとのエリアがかなり広いようで、迷えば帰ってこれるとも限らない。その上自分以外の探索者にも気を付けねばならない。

 簡易迷宮と違って、自分たち以外のパーティーも存在するためだ。

 組合で管理された探索者と言っても、迷宮の中では何が起こるか分からない。法律で守られた日本では安心できることも、迷宮の中では組合で決められたちょっとしたルールがあるだけだ。誰が見張っているわけでもない。

 そういった犯罪は歴史の中でも何度も繰り返し発生している。


「お気の毒ではあるけれど、さすがに広い迷宮の中で腕時計を探すなんて無理なことは分かるでしょう?」


「……そうよね。でもあの子も父親がいなくなって不安なんだと思う。話を聞いてみるだけ聞いてもらえない? パーティーメンバーも一緒に」


 結局、俊太郎は押しに負けて聞くだけ、聞いてみると返事をしてしまった。

 

 

 その翌日、紫雨と一緒に日菜子の姪である『惠』に会うことになった。年齢は十三歳。現在中学二年生だ。

 まだほんの二か月ほど前に、彼女の父親は迷宮内で、行方不明になった。

 それからひと月もせずに、惠の父は遺体となって発見された。

 遺品がいくつか届けられるも、その中に自分が父の誕生日の時に渡した腕時計がなくなっているのに気が付く。

 探索者のタグにも使用されているもので、専用のスマホや組合で支給されるタブレットから、アプリを使用することで迷宮内でも場所が分かるようになっているものだった。

 

「一万円ほどのものなんで、多分ですけど誰かが取って行っちゃったとも思えないんです」


 レストランの席で暗い顔をした二人の前に座った俊太郎は、話を聞いても口を開くことが出来なかった。

 ちらりと隣にいる紫雨を見ると、話を聞いて視線を落としていた。

 彼女の父親も数年前に行方不になっている。

 

 俊太郎はこの席に着いた時点で負けが決まっていたようだとようやく気が付いた。

 

「先生……」


 すがるような視線を俊太郎に送る。

 

 

「探すのは腕時計といったね」


「はい。探索者組合と時計屋さんが共同で作ったヤツで、アプリで居場所が分かるのです」


 その時計は知っている。出回ったのはここ一、二年の話だが、探索者タグにも使われている技術で、迷宮内でも、ある程度の位置が分かるというものだ。行方不明になった探索者を探すのにこれ以上のものは今のところ存在しない。

 その腕時計がなぜないのか。遺品は渡されたと言うし、腕時計だけ落としたというのは考えにくい。

 あるとすれば、魔物の身体の中か、腕ごどどこかに飛んでいったのか。

 しかし、これを彼女たちの前で口に出すことは憚られる。

 

 

 アプリでも見ながら迷宮を探せばそのうち見つかると思われる。広い迷宮内部で場所も分からず、小さな腕時計一つ探すなんて、とてもじゃないが無理な話だ。

 

 

「一応僕と紫雨さんは、まだ一段階も攻略できていない駆け出しで、パーティーを組んだのも最近なんだ。『建石』の迷宮にいくには多分もう少し時間がかかる」

 

 最低でも二段階の簡易迷宮を攻略できるくらいには強くなっていなければ危険だと言われている。

 説明すると、それでも良いと言われた。

 

 惠の叔母である日菜子とも一緒に組むことになる。

 高校時代の同級生だが、正直やりにくい。とはいえどんな戦い方をするのかは興味があった。

 

 彼女の迷宮職は精霊術師だという。すでに二段階の迷宮に進んでいた彼女は一つ上位の迷宮職へと転向を果たしていた。

 

 

 結局話を受けることにした俊太郎たちは、その場はいったん解散した。

 

 それほど遅い時間ではなかったが、紫雨を送り届ける。その後俊太郎は一人で迷宮に向かった。

 

 最近はあまり使わなくなった魔法を使いまくり、発散するかのように迷宮を周った。

 ストレスが溜まっていたわけではないが、女性に囲まれて少し疲れた。

 その上『声』を聞いていると、なんだか気が楽になってくる。

 二段階の迷宮に行くのも『建石』にある土地型迷宮に行くのも、今のうちからどのように攻略していくか、妄想が止まらない。

 日菜子がどんな戦い方をするのか、紫雨がどのように成長するのか。

 それに合わせて俊太郎は戦い方を変えるつもりであった。

 今は魔法と剣を組み合わせたような戦い方をしているが、魔法使いである。

 この際、剣士の迷宮職に転向してもいいような気もしていた。

 

 

 パーティーを組んで迷宮にいくことがこんなに楽しみに思うなんて、俊太郎自身も思わなかったのだった。


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