文学少女3
あれから何度か家庭教師を経た。内容もどちらかというと、テストというよりは実践向きの内容が多くなった。
将来の進路がどうなるかはともかく、今は迷界について一つでも詳しくないたいという彼女の希望でもある。
週末には彼女を連れて迷宮に向かう。それが決まり事の一つに加えられた。
正式にパーティーを組んではいない。しかしいずれそうなるかもという予想はあるが、はっきりとしたことは決まっていない。
いつこんな関係が自然消滅するとも限らないのではないか。そんなあやふやではっきりしないままだ。
俊太郎と紫雨はあれから三階層を攻略し、四階層に挑もうとしているところである。
ゴブリンの迷宮以外にも、俊太郎がよく通っているウルフ型の迷宮にも顔を出してみたりもした。
問題は特になかったが、やはりゴブリンよりすばしっこいウルフに刀で斬りつけるのは結構大変なようで、まずはゴブリンの迷宮を集中して攻略しようということになった。
三階層ではゴブリンの武装がバリエーションが多くなる。剣や盾。その上弓までもっているゴブリンまで現れる。
弓を持つゴブリンは厄介で、前衛後衛という組み合わせでゴブリンが役割をもって攻撃してくるのだ。先にアーチャーの方を倒そうとも、紫雨の攻撃はゴブリンファイタ―に阻まれて、そちらまで届かないこともあった。
それでも進むことができたのは、アーチャーの攻撃が大した攻撃力を持たないからだ。ゴブリンの器用さはかなり怪しい。剣などをもってもただ単調に振り下ろすだけだ。
剣はそれでよくとも弓はもっと繊細に扱わねば難しい。当然命中率もそれなりだ。落ち着いて攻撃をすればたとえ盾を持ったゴブリンが前衛でも難なく倒すことができるのだった。
しかし四階層ではそうもいっていられない。四階層では最大三体の魔物が現れることがある。
一段階の迷宮はまるで初心者の探索者のために、迷界が用意した、探索者に慣れてもらうための迷宮であるように思えた。
階層を進むごとにゆっくりと敵が強くなっていく。一段階では罠や状態異常というような、初心者殺しのようなものはほとんどないと言われている。
せいぜいが遠距離攻撃が増えたりするなどの攻撃のバリエーションが増えるくらいだ。
『四階層は魔法があるからな』
『アーチャーも三階層より強くなるし、三体同時に出てきたら厄介かもな』
『パーティー増やせ』
『遠距離ほしいねえ』
『シュンタロウが遠距離もできるけどな』
『そういえばシウチャンといるときは魔法使わないな』
俊太郎は今のところ前衛で紫雨を守るように立ち回るのが良いと考えていた。
どうも紫雨の戦闘スタイルは、防御を捨てて攻撃に特化しているようで、スキルも居合術や抜刀技の一撃必殺といったようなスキルだ。
刀の攻撃力も相まって、三階層の魔物でも一撃であるようだ。
しかし四階層では今までどおりのスキルでは一撃ではなかった。
何度も連発することができるようなスキルではないらしく、スキルを使用しない通常の斬り付けも混ぜて戦うことになった。
彼女が言うにはスキル自体は、刀を系統にしたスキル群と同一のものらしく。最初に覚えたのも『横一文字』という基本のスキルの一つである。
もう一つは『袈裟斬り』これも基本のスキルの一つのようだった。
その上で抜刀、構え、納刀、などの動作時に追加で効果が発揮する『居合術』のような自動的に効果が発揮するものがいくつかあるようだ。
正確なところは本人にしか分からない。調べてみても、居合術系統のスキルは名前のついてない物も多くある。
特にパッシブスキルと呼ばれているような、意識して使用せずとも効果が発揮するスキルは、基本的に他人には使用しているかも分からない場合が多く、使用者ですら、無意識で発動していることもあるのだそうだ。
迷宮に入るにはパーティーを組む必要がある。リーダーとなった人間が、その人に対してパーティーメンバーとして許可をする必要があった。そうでないと一緒に簡易迷宮の中に入ることができない。
そのために組合で申請を出すことが義務付けられている。
二度目の紫雨との探索時に、もう一度申請をしようと思ったが、一度で十分だと組合の受付に言われた。
その間もソロで活動していたこともあり、再び申請をしようと思ったが、一緒に迷宮に入る人間は六人までと定められているものの、一度申請をだしたらパーティーの編成は自由だそうだ。
紫雨とともに迷宮内に侵入し、三階層までたどり着く。
二体のゴブリン。盾持ちと弓使い。組み合わせに無駄のない厄介な相手だ。
俊太郎が初めに後方に魔法を飛ばした。最近は魔法を使うようにしている。とはいえ、牽制程度だ。紫雨に攻撃が飛んでいかないように素早く使用できる『ロックバレット』などの単発の遠距離魔法を素早く唱えた。
紫雨が俊太郎の隣で、刀を構える。制服姿の彼女が腰を落として構えを取ると『声』が大喜びする。
女性らしさを兼ね備えた高校生の制服と刀を構えるというアンバランスな行為が、魅力を引き立てているのか、美しくも感じるのだそうだ。
マジックソードで、盾持ちを斬りつける。ゴブリンたちは盾を持っているくせに大した防御も取らない。まともに盾で受けても力で押し負けるのかそのまま押しつぶされるように斬られてしまうから、ダメージを与えられないということはほとんどなかった。
盾持ちのゴブリンファイターから反撃を貰ってしまう。こん棒が俊太郎を襲うが、その際に魔力で覆われた防御膜が衝撃を弱めた。
勢いの失われたこん棒を難なくバックラーで弾き飛ばす。
弓の張りつめた音が解放され矢が飛んでくるのが分かった。
俊太郎を覆う防御膜は矢にも効果がある。ただでさえヘロヘロの矢は勢いを失い地面に落ちた。
紫雨の構えが解き放たれる。鞘に入ったままの刀から飛び出た閃光はゴブリンファイターを通りすぎていく。
その勢いのままアーチャーに向かった刀の煌めきは、刀と共に走りっていた紫雨の元へと戻っていく。鞘に収まるとスキルの光は収まった。
あとから血しぶきが舞う。
すぐにゴブリンは粒子の光となって消えていった。
残されたのは深界石が一つ。透き通るような蒼い石は迷界が産み出した神秘なのだろうか。
『慣れてきたもんだ』
『シウさんの流れるような剣捌き良い』
『正直オーバーキル気味だけど、無理はするべきじゃないか』
『まあ、挑戦回数で言えば早い方だし。シュンタロは三層にくるまで何日かかったか』
俊太郎たちは無駄な口を開かず、三層を通り抜け四層を進んだ。
さすがの四層は手ごわい。魔物は三体同時に現れることもある。これまでとゴブリンの形態はそれほど変わらない。ゴブリンにしては大き目の剣を担いでいたり、斧をもつような戦士級のゴブリンが現れる。さらには魔法も扱うゴブリンまでいるが、戦い方はそれまでとそれほど変わらない。
俊太郎は範囲攻撃型の魔法である『アースショック』を放つ。これは直接的なダメージは低いものの、相手の態勢を崩し、隙を作る魔法だ。
範囲効果があり、魔力の消費も多くない。
俊太郎はできる限り、効率的な魔力運用を心掛けている。
そもそも魔力は自然と回復していくものだ。数時間も迷宮内で休んでいれば全回復してしまう程度である。
その上、スキルの中には自らの活動エネルギーのようなものを消費して魔力を回復することも出来る。この活動エネルギーは『活力』などと探索者の中では呼ばれていた。
有名な物で言えば『瞑想』というような魔力回復手段に使うためのスキルが存在している。それ以外にも剣士や前衛が扱うスキルは大抵が活力を消費して使用する物が多い。
俊太郎はそれまで長く迷宮にこもる予定はなかったため、それらのスキルは後回しにしていた。それに『瞑想』は純粋な後衛型の魔法使いが使うものだ。
前衛で戦ったり、一人で迷宮に潜る俊太郎には瞑想などと悠長なことはできなかった。
アースショックの魔法で態勢を崩したゴブリンは、俊太郎のマジックソードの攻撃が追い打ちのように襲う。
前衛の二体を、斬りつけた後、立て直したゴブリンが自らの獲物を振りかぶる。しかし、それが振り下ろされる前に、紫雨の剣閃が放たれ、流れるような横一文字が決まった。
あとは後衛でまごついているゴブリンを倒すだけだ。
四階層でも手こずることはない。思っていた以上に紫雨の攻撃力が高く、こんなにも躓くことなく四階層を進めるとは俊太郎も思っていなかった。
しかし、問題は対応力だと考えていた。今は俊太郎が前衛をこなしているが、元々前衛向きの戦闘職ではない。厄介な魔物や、紫雨が倒し切れないような相手が現れたとき、一気に崩れてしまうような危うさがある。
紫雨の戦闘スタイルもかなり攻撃寄りで、出来る限り紫雨に攻撃が届かないよう気を使わなければならない。魔物の攻撃を受けるような戦い方よりも、一撃必殺でやられる前にやるというような、かなり偏った形だ。
できればもう一人、前衛を任せるような人間か、あるいは後衛型の魔法使いがいれば楽になるだろうと思われた。
魔法使いから盾をもった近接戦闘職に転向するのも一考である。
ある程度四階層で戦ったあと、あまった魔力を消費しながら四階層の魔物をなぎ倒していく。
前衛でもどかしい思いをしながら戦っていた俊太郎は、残りの魔力に気を使いながら、強力な範囲魔法で一撃のもとゴブリンたちを屠っていった。
迷宮から出ると外は湿気で包まれていた。まだ夏にはもう少しあるが、迷宮の中に比べると生ぬるさを感じる。
「今日もありがとうございました」
「いや、こんなすぐにここまで来れるとは思わなかった。刺激になるし稼ぎも悪くないから、むしろありがたいくらいだよ」
お昼を過ぎてから探索を開始して、迷宮を出るころには夕暮れ時だった。
二人で魔物を倒す速度は、俊太郎が一人の時と比べてそれほど早いわけではないが、多くの魔物を倒すことができた。
二人で割っても、稼ぎは悪くない。
「結構遅くなっちゃったね。薄さんのお母さん、薄さんのこと待ってるかな」
「いえ、今日は仕事で遅くなるって言ってましたから。食事も自分でなんとかします」
「そうなんだ……」
俊太郎は言葉に詰まる。この流れは誘うのが一般的だろうが、彼女は高校生である。色々なリスクを考えつつも、結局誘うことにした。
紫雨はえっと驚いた顔を見せた。
行ってみたい場所がないかと聞くと、あからさまに迷う顔を見せた。
紫雨はあまり表情の変わらない女の子だ。家庭教師として教えている時間でも迷宮の中でも顔つきは変わるが、表情は自体はあまり変わらない。
恐らくどこか行ってみたい場所があるのだろう。俊太郎も自然と笑みがこぼれた。