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文学少女2

 紫雨に迷宮に連れて行ってほしいと頼まれてから一週間ほどたった頃。俊太郎は紫雨と共に迷宮に来ていた。


 探索者になるには、もっと時間のかかるものだと思っていたが、紫雨はすでに資格を得ていた。

 十八歳を過ぎている彼女は、誕生日の日に探索者組合で手続きを行っていたらしい。

 手回しの良さに、俊太郎も圧倒されたものの、悪あがきのように一つの条件を出した。

 それは彼女の母親の了承を得ることだ。

 

 母親の綾子は、紫雨の提案に一度意味ありげな視線を俊太郎によこしたものの、にやりと笑って『いいわよ』と返答したのだった。

 正直俊太郎は、許可がおりるとは思っていなかった。

 紫雨の父親は探索者だった。行方不明になって、最近ようやく亡くなったことが法律上で認められた。

 母親が何を考えているかはわからない。もうすでに彼女たちにとって探索者などははそれほど触れられない、禁忌的な物ではないのかもしれない。

 

 

 そんなわけで、組合でパーティーの申請や、彼女の装備を登録。

 何とか面倒なことは終わらせて迷宮に向かうのだった。

 

 

「今回来たのは簡易迷宮の一段階。主な魔物はゴブリン」


 ゴブリンはとても一般的な魔物だ。他の迷宮ですら、ゴブリンを見かけることはある。すばしっこいわけではないので、油断をしなければやられてしまうようなことは少ないと考えてこの迷宮にした。

 

 その上で、ゴブリンは人型の魔物である。遠距離の攻撃ではなく、紫雨が持つような刀のような武器で攻撃すると、どうしても斬りつけた感触や魔物を殺した感覚がダイレクトに伝わるはずなのだ。

 俊太郎は魔法を使って倒したことしかないため、その感覚は分からないものの、そういったものが苦手で探索者をやめてしまう人間は少なくないと聞いたことがあった。

 

 もしゴブリンが倒せないのなら、探索者はあきらめてもらう。

 こんなことを試すような立場にないのは、俊太郎も重々承知ではあるものの、彼女のような普通の女子高生にはできる限り、平穏な生活を送ってもらいたいと、わずかばかりの抵抗でもあった。

 

 

 俊太郎は魔法使いである。今までさんざん魔法の威力を高めるためだけに、装備を集めたりした。深界石という換金できる石をひたすら集め、換金したお金で魔法使い用の装備を組合で購入するのだ。

 

 けれども、今回は盾を構え、前衛をすることにした。

 

 紫雨は刀を持って戦う近接戦闘が主な戦い方ではあるが、俊太郎が魔物を引き付ける役をこなし、その隙に安全に攻撃させる方が危険が少ないと判断した結果である。

 

「マジックソード」


 一言呟くと、青みがかった半透明のショートソードが俊太郎の手のひらに収まる。

 魔法使いが近接戦闘をこなすときに、魔力の力を使って生み出した剣である。魔力をそれなりに使う割りに攻撃力はそれほどないようだが、今回はそれでもかまわない。

 左手に持つバックラーは組合で安値で購入したものだ。安値だけあって大した防御力は望めない物の、初心者が持つには十分な効果があるだろう。

 

 一層のゴブリンが森の中から歩いてくる。

 この迷宮は前回行ったウルフ型の迷宮とは違い、森の中を歩くことになる。森の中ではあるものの道はしっかりしている。道はうねうねと曲がったり、細道が見えたりはするものの、基本的に一本道だ。

 細道の先になにがあるかは分からないが、よほどのことがない限り、そんなところには入っていかないだろう。

 

 俊太郎はゴブリンと相対した。

 ゴブリンが持つこん棒は、良くても頑丈な木の枝と言ったところだ。

 けれども初めて受けた衝撃に、俊太郎は思っていたよりも強いのだと感じる。

 

『正面から受けたね』

『盾は受け流すようにしなきゃ駄目だよ』

『それをつづけたら、そのうち怪我しそうだ』

『ったく、変な知識教えるなよ。自分で気が付いてなんぼだろ』

『それで死んだら元も子もない』


 本人をよそに『声』が言いあいを始めてしまった。

 この『声』は紫雨には聞こえていない。その場で返事をしてしまうと、紫雨をほったらかしにするような気がして、俊太郎は黙っていた。

 

 そんなことを考えているうちに、刀の軌跡がきらりと煌めいてゴブリンの身体を通り過ぎていったように見えた。

 

 紫雨が刀を振るったのだ。初めてとは思えないほどに鋭い攻撃に驚くと同時に、ゴブリンは砂のように消えていくのが分かった。

 

『すごい。一撃だよ』

『シウちゃんカワイー』

『居合術かな。自然と取得する中では珍しいかも』



「大丈夫かい」


「はい。ちゃんとあたって良かったです」


 自分がスキルを発動したのが分かっているのか分かっていないのか、紫雨はあっけらかんとした態度でゴブリンを倒したことなどあまり気にしていないようだ。

 

 

 森に囲まれ、木々が風に揺れるたび、道を照らす木漏れ日もキラキラと輝いて見える。

 土の上を歩いている感覚までするのに、匂いがない。それが現実感のなさを引き立てる。 

 まるでVRのゲームでもしてるかのような体験だが、あながち間違っていないのかもと、俊太郎は考えていた。

 迷界という超高性能なVRゲームであるかのようだ。

 

 

 俊太郎はこんなに近くでゴブリンと戦ったのは初めてだった。

 今までは魔法で一撃で倒すのが当たり前だった。ゴブリンの身体は思っていたよりも筋肉質で重量があることが分かった。

 

 

 ゴブリンのこん棒が俊太郎を襲う。バックラーでこん棒の力を受け流すのを意識する。

 振り下ろされたこん棒。隙だらけのゴブリンの身体を俊太郎のマジックソードで斬りつけた。

 俊太郎の魔力攻撃の性能は高い水準にあるが、まだ慣れていないマジックソードでは一撃では倒せなかった。

 

 紫雨の掛け声が横から聞こえてくる。紫雨の準備が整った合図だ。俊太郎は少し距離を取ると、刀の閃光がきらりとか輝く。

 パッと血しぶきをあげ、ゴブリンの返り血が紫雨にまともに降りかかった。

 しかし、その数瞬後には、返り血も含めて、ゴブリンの肉体もろとも粒子の光となって消えて行ってしまった。

 簡易迷宮の魔物は死体を残さない。まるで迷宮に還っていくように消えて行ってしまうのだ。

 

「本当に消えてしまうんですね」

 

 血しぶきが降りかかった紫雨は、綺麗になった手のひらや刀を不思議そうに眺める。

 

「簡易迷宮だからね」


「では土地型迷宮などでは死体が残されるのですか?」


「そういうことだね。僕も実際には見たことがないけど、魔物もまさにそこで生きているかのような生態をしているらしい」



 簡易迷宮では、魔物を倒すと一定の確率で何らかのアイテムを落とす。

 大抵の場合は『深界石』と呼ばれる蒼い色をした、不思議な石だ。

 これは組合で換金することができ、低ランクの迷宮などではこれが主な収入源である。

 

 ゴブリンが落とした深界石を拾うと、紫雨に渡した。

 紫雨が初めて手にした深界石だ。

 

「初めて手に入れた深界石は、記念に取っておく人もいる」


「思ったより小さいですね」


 小指の先ほどの大きさだが、一段階の迷宮でしかも一階層ではこんなものだ。

 


 それから、何度かゴブリンと戦ったが、正直危なげがない。

 先に俊太郎が攻撃してから、紫雨がトドメの一撃を加える形だが、ただの作業といった具合だ。

 紫雨の攻撃力が高すぎる。

 紫雨の持つ刀は、父親の形見だそうだ。おそらく値段に換算したら恐ろしい金額が提示されるのではないだろうか。

 

「二層にいってみるかい?」


「行ってみたいです」

 

 

 焦ってるわけでも気負ってるわけでもなさそうだった。これなら大丈夫だろうと判断した俊太郎は二階層に向かって歩き始めた。

 

 

「二階層ではゴブリンが二体出てくることもある。もし出てきても慌てないで一体ずつしっかりと倒そう」


「分かりました」


 どうやら集中しているようだ。迷宮の外では柔らかい雰囲気を纏っているのに、今ではその手に持っている刀ように鋭い切れ味を放っていた。

 

 

 さっそく二体のゴブリンが現れた。ぐぎゃぐぎゃと、気味の悪い鳴き声を喚きながらこちらに向かってくる。

 一体は短めの剣をもっていた。


 手前にいたのは、こん棒を持っている。俊太郎はマジックソードで斬り付けると、こん棒を振り回してきた。

 バックラーで受け流す。この動作も意外と慣れてきたものだ。

 

 二体目のゴブリンも剣を構えこちらに斬りかかってきた。剣は恐ろしいが動きは単調で、こん棒よりも簡単に盾でいなすことができた。

 

 そこで紫雨の攻撃が放たれる。スキルなどを発動したときに現れる、不可思議な発光現象がない。

 これはただ斬りつけただけだ。

 ただ斬りつけただけでもゴブリンは倒せる。倒せるが、二階層のゴブリンを一撃で倒すことができるほどではなかったようだ。

 こん棒を持つゴブリンが、血を流しながら紫雨をにらみつける。

 俊太郎がマジックソードでもう一度攻撃するが、こん棒を持つゴブリンは倒れなかった。

 

 再び、剣を持つゴブリンが降りかかってくる。変な態勢のまま受けた所為か上手くいなせず腕を斬りつけられてしまった。

 

 紫雨は慌てているのか、スキルが発動されていない。それでもこん棒のゴブリンは紫雨を攻撃する前に、倒れたようだった。

 

「落ち着いて。スキルを発動する感覚を忘れないように」


「は、はい」



 二体目のゴブリンも紫雨の鋭い居合のスキルによってあっさりとゴブリンは倒れた。

 紫雨の攻撃はかなり強いが、近接で戦うわりに一撃の隙が大きく、囲まれたりすると危険かもしれない。

 言ってしまうと、近接戦闘タイプの魔法使いのような、攻撃力特化型だ。

 

 魔法使いはスキルの取得方法によっては支援をこなしたりすることもある分間口は広いが、紫雨のスキルはかなり攻撃に偏った編成になりそうである。

 特に刀を使ったスキルはその傾向が強いのかもしれない。

 

 スキルについては俊太郎も分からないことばかりだった。

 

 

『スキルが発動しないとか、初心者にありがちだね』

『今までが上手くいきすぎだ』

『でも初心者でこんなにはやく二階層でも戦えるなら、期待できる』

『一層二層なんてスキルすらいらねーよ』

 

 

 紫雨は危険な状況を作りだしてしまったと、落ち込んでいた。

 

「スキルが発動しないのは、最初のうちはよくあることらしい。気にしないで」


「すみません……」


「スキルというのは武器に依存しているらしい。紫雨は刀を持って迷宮に入ったら剣士系のスキルを覚えると言われたと思う」


「はい。組合ではそう聞きました」


「刀という武器の習熟度によって覚えられるスキルは変わってくると思うけど、基本的に剣士系のスキルなら大抵の物は覚えられるはずなんだ。それは意識次第ともいえる」


「意識……」


「たとえば剣士の有名なスキルだと『スラッシュ』これは大抵の剣士は覚えるのが簡単だと言われている。けど薄さんは刀だからすこしそっちよりのスキルを先に覚えたのかもね」


 例外があるとすれば、盾用のスキルが剣士にも存在するが、それらは盾を持たないと覚えることはできない。

 覚えることができたのなら、自然とスキルを放つことができる。しかしどんなスキルがあるか、どんなスキルが必要なのか、それらを意識的に考えることによって、スキルの習熟速度は変わってくる。

 

 今回俊太郎は、バックラーという小さめの盾をもって戦った。本来魔法使いに盾用のスキルなど俊太郎も聞いたことがない。しかし防御のための手段が必要だと考え、防御の支援魔法スキルを覚えることができたようだった。

 

 

 剣士にはどんなスキルがあるのか、それらを元に俊太郎と紫雨の連携はどのようにしたら良いかを話あいながら、ゴブリンを倒していく。

 

 一度マジックソードを唱え直し、新しいものを生み出すと、少し刀身が大きくなったように見えた。熟練度があがったおかげか攻撃力も少し高くなったようだった。

 

 二階層は最初こそ手こずったが、それ以降は危なげなく戦っていられた。

 紫雨もスキルの発動を失敗することなく、ゴブリンを一刀両断していた。

 

「スキルって不思議ですね」


「そうだよね。こんなこと迷宮の外じゃできるわけないのに」


 

 過去の人類やその達人が編み出した技術が『スキル』などによってパッケージ化されたものだとされているが、詳しいことは分かっていない。

 

「失敗したくないなら最初のうちはスキルの名前を呼んであげると良いよ」

 

 

 探索者や迷宮に関することも、解明されていない謎も多い。

 迷宮などの研究者もいるにはいるが、それらに関する知識は不思議と出回らないものだ。

 探索者が不人気な存在だということもあるかもしれない。

 しかしいないと困るはずなのだ。

 命を懸けるわりに収入が少ないなどと言われるが、それは最底辺の探索者の場合だけだ。

 むしろ、ベテランと言われる探索者になるころにはかなりの収入が望めるだろう。しかしそれらもあまり知られていない。



 俊太郎は世間と自分の心に乖離しているものがあると以前から考えていた。

 

 どうして、誰も語らないこの探索者というものに、こんなにも惹かれるのだろうか。


 今までは一人で探索をしていたが、隣に人がいる。それだけで今まで以上に迷界という存在に心がもっともっとと求めている。

 まだ簡易迷宮の一段階目である。その先はどうか。

 あるいは土地型迷宮とはどんなところか。

 俊太郎の大人しい見た目とは裏腹に、心の渇望は悪魔のように囁くのであった。



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