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深界人


 迷界から帰ってからは大変だった。


 俊太郎たちが丘を下り、来た道を戻っていく。

 なんとかベースキャンプまでたどり着くと、素早く撤収の準備をした。

 

 さっさと一層を抜けて外にでるとまだ太陽は落ちていない時間だった。

 


 組合の受付に話をする。

 まずは見つけた探索者の遺品。

 いくらかの謝礼を貰えることになったが、金額を気にしていられる余裕もなかった。

 

 そして深界石の提出。そこそこの金額にはなったが、スケルトンの深界石がまだ残っている。

 

 その石を出した瞬間受付の人は無言になった。

 二層で見つかったということを言うと「良く生きて帰れたね」と表情の変わらない顔で言うのだった。

 

 最後にその先のほらあなで「淀み」を見つけたという話をしてから、大変なことになった。

 こうなることは予想していたために、あらかじめ紫雨と日菜子の二人には先に帰ってもらっていた。

 

 

 結論から先にいえば、俊太郎は再び建石の迷宮に侵入することになった。

 

「やあ、君か。『淀み』を見つけたらしいね。大手柄だ」


 からかうような言葉をかけてきたのはあの新谷とかいう胡散臭い探索者だった。

 

「クランのことは考えてくれたかい?」


「あれからまだ一日も経っていませんよ。この台車のことは感謝していますが」


「役にたったかい?」


「ええ。ですがまだ二層で活動する駆け出しには分不相応でちょっと怖いですね」


「なるほど……でも高い金額は設定するつもりはないから、発売さえしてしまえば問題ないと思う」



 俊太郎が新谷と雑談をしていると、ぞろぞろと探索者が集まってきた。

 新谷のクランから数人と、ちょうど組合にいた探索者に依頼して出発するらしい。

 

 俊太郎はマップの位置も教えたのだし、ついていく理由はないのではないかと思ったが、どうにもそういう訳にはいかないようだった。

 

「それだけ『淀み』は危険ということさ。特に土地型を活動の拠点にしている者たちにとってはセンシティブなものなんだよ」



 総勢十名ほどの探索者が迷宮に入っていく姿はなんだか物々しい。

 

 パーティーは二つ分けられ、俊太郎は新谷のパーティーにいれられた。

 

 パーティーは一つの戦闘に六人以上が参加することは原則できないことになっている。探索者の迷宮における恩恵が弱体化したり、スキルが上手く使えなくなることがあるそうだ。

 

 二層にたどり着くと、一人の深界人が待ち構えていた。

 

 その深界人は性別として男だと分かる。

 神経質そうな見た目をした深界人はじろりと探索者たちを見渡すと「行きましょう」と言葉にするだけしてあとは静かになった。

 

 俊太郎はコタマ以外の深界人を初めて見た。本来深界人など気軽に出会えるわけではない。

 

 しかし、探索者たちは大して気にも留めていないようだった。探索者にとってはそれほど珍しい存在ではないのかとも思ったがそうではないらしい。

 

 中には深玉を宙に浮かべている探索者もいる。その探索者は深界人に気が付いている。

 新谷もその一人だ。

 深界人はその神経質そうな見た目どおり、新谷に話しかけられても、涼しい顔のまま適当な相槌を打っていた。

 

 

 

 俊太郎は新谷とともに、二層を進んいく。

 先ほどまでいた場所だが、魔物が相対するまえに魔法などの遠距離攻撃で屠られていく。

 まったく緊張感というものがなく、ただの作業が目の前で繰り広げられていた。

 

 

「深界人さんのこと見たのは初めて?」


「え? いえ」


「へえ、そうなんだ。深界人に期待されている活動者は、探索者としても活躍する傾向にあるらしいよ」


 はあ、などと気の抜けた返事をする俊太郎。

 宙に浮かべた深玉が、はしゃぐように『声』であふれるのが分かる。

 

 俊太郎はちらりと新谷が浮かべているものを覗き見た。

 

「深界人ってなんなんでしょうか」


 後ろから付いてきているパーティーには深界人が混じって歩いている。

 きっちりとしたスーツのような服装を纏っているが、肌は薄青く頭部には角のような触手が生えている。

 コタマと違うのは背が少し高い。性別があるとしたら彼は男性で、コタマは女性なのではないだろうか。

 

「なんなんだろうねえ。僕もわかんないけど、探索者にとっては良い協力者ではあるよ」


 組合が集めた深界石の一部は、深界人が大量に買い取っているらしい。

 それだけでなく、迷界の中で使用できるような道具などの開発も深界人の協力で成立しているのだそうだ。

 

 なぜ新谷がそんなことを知っているのかと思ったが、新谷が渡してくれたトロリーもその一つだという。

 

「僕の知りあいに新製品を開発するヤツがいるんだ。そいつはいつも変わり者の深界人と一緒にいるよ」


 

 二層にたどりつき丘の近くまで来ると、本格的に道案内がはじまった。

 マップを見てもある程度は分かるものの、こういった道を外れたエリアは詳細な地図が描かれておらず、マップを見ていてもずれが生じてしまうものだ。

 

「やはり魔物の数が多いね」


 淀みのある周辺は魔物が強化され数が増える。二層などでこの淀みが発見されたというのは珍しいことのようだ。

 

 

「そのゴブリンはどこに消えたんだろうね」


 俊太郎たちは淀みを発見した時点で、引き返したため周辺を探したりはしなかった。しかし、なんとなくゴブリンはどこかに隠れていたとは思えなかった。

 

「ここです」


 俊太郎が洞穴ほらあなにたどり着いたことを知らせると、探索者たちは驚きをあらわにしていた。

 

「こんなところに」


「なるほどねえ。こんな場所に発生することもあるのか」


「本来どこにあるものなんですか」


「まちまちだね。魔物が多い場所で発生するのではと言われているよ」



 そんなことを話していると、深界人の男が探索者との話を切り上げ前に出た。

 洞穴の中に入っていくのに俊太郎たちも後をついていく。

 暗闇の中を探索者たちがライトを照らす。それほど大きな洞穴ではないが、その最奥にはしっかりと淀みが発生しているのが分かった。

 

 深界人が懐から何かを取り出す。袋に入っているのは大量の深界石であった。

 それを淀みにばらまく。

 

 地面は石のように硬いはずが、何かが盛り上がって淀みを埋めていく。

 もりもりと埋まっていく姿は、土の精霊が魔法を使っているかのようだった。

 土が被せられ、なにやら蠢いた後、大人しくなった。

 淀みは跡形もなく消え去ってしまっていた。

 

 

「撤収だ」


 深界人に話しかけられた探索者が、頷いた後撤収の号令をかけるのだった。

 


「不思議ですね」


 あっさりと解決してしまった淀み解決の一行は、すでに帰宅の途についている。

 俊太郎は思ったことを新谷に吐露していた。

 

「何がだい?」 


「淀みそのものについてもそうですが……」


 俊太郎はちらりと光る珠を見た。

 それだけで察したのか新谷は、頷いている。

 

「いろいろあるね。あまり口に出すと探索者としての能力が失われる、なんて噂もあったりする。まあこれくらいの雑談なら問題ないと思うが、むやみに話を広めるようなことをすると、彼らの機嫌をそこねるかもね」



『なんだあ? 俺らの話してるか?』

『そうだよな気になるよな』

『ただの傍観者さ』

『恰好付けすぎだろ』


 

 深界人との関係はこれからも続くのだろう。むやみやたらに話をばらまくつもりはないが、こんな不思議なことが一般的にも話題や噂にも登らないというのは、どうにも謎である。何者かも分からないような不可思議な生物が、人の生息圏にいつの間にか入り込んでいるのだと今更ながらに気が付いた。



 組合でそれぞれが解散するというタイミングで、同行していた神経質そうな深界人にじろりと見られた気がした。


 何かあるのかと身構えたが、話しかけられるようなことはなく、さっさと姿を消してどこかに行ってしまった。



 アパートに戻ると日菜子や紫雨から心配するような連絡が来ているのに気が付いた。

 返事のメッセージをアプリで送る。

 

 実は腕時計は俊太郎が持っていた。ごたごたのせいで日菜子に渡すのを忘れてしまったのだ。

 翌日は平日で皆学校がある。

 日菜子たちに予定が空いたら、集まろうと連絡をいれておいた


 

 

 翌日はよく晴れた日だった。梅雨前のこの季節にしては珍しい晴れの日だった。

 

 俊太郎は早めの講義が終わると一人だけ時間が空いてしまった。昨日の今日で一人で探索に出る気にもなれず、カフェで時間を潰していた。

 

 メッセージが届いたことに気が付く。

 なぜか惠からの連絡だった。

 

 

「どうしたんだい」


 駅近くのカフェだったが、惠が会いに来た。

 惠とはそれほど話したことなどなかったはずだ。そもそもメッセージアプリでやり取りをしたこともなければ、アカウントを教えた記憶もない。

 

「実はお礼を言うために日菜子おねえちゃんに教えてもらったんです」


「アイツ……」


「ごめんなさい。ワタシが無理をいったから」


 教えるのは問題ないが、せめて一言連絡を入れるべきだ。そんな言葉を飲み込んだ。

 

「まあ、いいよ。腕時計、僕が持っているんだ。返そうか」


「いえ、皆が集まったときでいいですよ」

 

 

 会話が途切れた。正直、中学生女子とどんな会話をすればいいのか分からない。

 色々なことがあって彼女は普通の中学生よりは大人びているようだが、俊太郎には縁遠い相手であることには変わりない。

 紫雨とだって最初のうちはぎこちなかった。

 

 

 紫雨といえば、こんなことを言っていた。

 

『本当に腕時計って惠ちゃんにとって大事なものだったんでしょうか』


 その時はいまいち気に留めていなかったが、確かに彼女にとって絶対に取り返してほしいものだったのか。

 今となっては少し疑問が浮ぶ。

 

「本当はそんなに大事なものでもないです。ワタシが買ってあげた腕時計であることは本当ですけど、なくなったら無くなったでもいいかなと思っていました」

 

「なんでそんなことを?」


 惠が注文した珈琲に砂糖とミルクを入れてかき混ぜていた。

 何かを思い浮かべているのか、テーブルを見つめると優しく笑う。

 

「日菜子お姉ちゃんには内緒ですよ」


 父親が亡くなった惠は、親がいなくなってしまった。母親は遠く離れたところですでに新しい家族を作っているのも知っている。

 惠自身そんなところに行きたいとは思わなかった。

 そうなれば養護施設に預けられることになるか、日菜子や父親である智成とも絶縁状態である祖父母のところまで行かなければならなかった。

 

 どちらも当然いやだと言った惠はひとまず日菜子と暮らすことになる。

 日菜子は惠と暮らすために尽力してくれたという。

 

「お姉ちゃんと暮らせるのは嬉しいです。すごく感謝してますよ。でもお姉ちゃんが探索者を続けたいっていうのも知ってました」


 智成が亡くなってからの二人は少しずつギクシャクし始めたらしい。

 これは日菜子からも相談されたことだ。

 

「だから腕時計を探してほしいなんてお願いしたんだね」


「そうです。こんなに早く見つかるとは思っていませんでしたけど」


 そういいながら惠は自嘲気味に笑った。

 

「もうこれでお姉ちゃんとはお終いですか? 私はこれからもお姉ちゃんに探索者を続けてほしいんです」


 俊太郎は思わぬことを言われて困ってしまった。

 そういえば、日菜子とは腕時計のために臨時でパーティーを組んでいたことを思い出したからだった。

 

「これからも組むかどうかは、三輪田さん……日菜子おねえちゃんの気持ち次第なのではないかな」


「つまり、日菜子お姉ちゃんが組んでほしいって言えばこのまま一緒ということですか?」


 俊太郎はそうだよと頷く。

 俊太郎と日菜子は、今でこそ気にしていないが、それこそギクシャクとした関係だった。

 同じ大学に彼女が通っていることは知っていたが、日菜子と連絡を取り合おうとは思わなかった。

 

「そういえば高校生の時になにかあったんですか」


 そう問われて、当時のことを思い出す。

 ただ苦手な相手だという感情だけが最近まで心に残っていたが、思い返してみれば大したことではなくて笑ってしまった。

 

「高校のとき、僕と三輪田さんは同じ委員会になったことがあってね。その時は別になんともなかったんだけど、一度彼女と僕が噂になってしまったことがあったんだ」


 その当時の友人には俊太郎は否定した。けれども俊太郎にはそもそも友人と呼べるような相手は少なく、そして日菜子には多かった。

 

 当然、事実は何の関係もないのだから、噂は噂であると悠長に構えていた俊太郎だった。

 しかし驚くべきことに、当の本人である三輪田日菜子が、否定しなかったのだと、あとから友人やクラスメイトに聞かされることになる。

 

 当時の俊太郎にとって、誰かの注目の的にされる、ということに耐えがたい苦痛を覚えた。

 あの三輪田日菜子と付き合っている男、などと噂され高校に行くことさえ億劫になるほどだった。

 

「それで本人に文句を言ったんだ。彼女は大して気にした風でもなかったけどね」


「なあるほどお」


 惠は妙に間延びした返事をしながら、にこにことした顔をしていた。

 

「まあ、今となってはどうでもいいことだけどね」




 それから紫雨と日菜子から連絡を受け取り、惠の家に呼ばれることになった。

 現在は日菜子と惠で暮らしている家だが、元々は惠と父親とで暮らしていた場所だという。

 

 そこでささやかだが、腕時計を見つけたことへのお祝いをすることになった。

 

 ようやく腕時計を本人に渡す。

 渡された惠は腕時計を見て固まってしまった。

 どうしたんだろうと思ったが、彼女は涙をほろりとこぼしたのだった。

 

 思っていたよりもその腕時計は傷だらけだった。ゴブリンが持ち歩いていたくらいだから仕方ないとはいえ、しかしその腕時計は父親そのもののようでもあり、そして俊太郎たち三人がそれなりに大変な思いをして見つけた物でもあった。

 

 それらをその腕時計を見た瞬間に想像してしまったのだと後から惠は語った。



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