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建石4


 その日の食事はカレーだった。

 ありきたりだが、用意もしやすくその上美味しい。

 さすがにごはんは出来合いのものを持って来ただけだが、疲れた身体にはなんでも美味しく感じる。

 

 周りの探索者たちもガヤガヤと食事の用意をしたり話をしたりしている様子が分かる。

 中にはバーベキューをしながら酒を飲んでいる連中までいた。

 

 

 少しすると落ち着いてきたのか、周囲も静かになってくる。

 光の数も少なくなり、どうやら続々と寝に入っているようだった。

 

 俊太郎はこの不思議な空間を楽しんでいた。

 アパートでは周りの雑音もただ不快だったが、ここではあまり気にならない。

 アウトドアチェアに寄り掛かりながら『声』を聞いていた。

 

 

 紫雨と日菜子がテントへ戻ってきた。

 俊太郎はそれじゃあ、と言って光の珠を消す。

 そのときはたまらず『声』たちがもっと見せろとうるさかった。

 

 このベースキャンプのエリアには簡易トイレやシャワーを浴びるための場所がある。

 当然水は持ち込みで、自分たちで用意しなければならないが水さえあれば、軽く体を洗うくらいはできるのである。

 

 さすがに女性が満足に頭を洗うことまではできないため、二人も節水しながら使用したようだが、身体を軽く洗うだけでもすっきりしたようだった。

 

 三層ともなるとそういった設備ももう少し充実しているらしい。二層くらいでは地上に戻った方が早いということでもある。

 四層や五層の情報はあまりないが、そこまでいくとたどり着ける探索者の数はぐっと減るらしい。

 

 俊太郎はテント中で軽く体を拭く。舞っている砂を浴びているはずだが、不思議とあまり汚れてはいなかった。

 

 

 二人も寝てしまったのか、話声が聞こえなくなった。

 バーベキューをしながら酒を飲んで元気だった探索者たちも、落ち着いたのか気配も感じない。

 焚火の燃え滓が、時折パチリと音が鳴る。

 まだ火の番をしている探索者もいるのだろうか。

 

 タブレットの時間を見ると、午後二十時を超えたところだった。

 少し早い気もするが『建石』の迷宮内ではもう夜も深い。

 

 目を瞑る。

 思い出すのは、今日見つけた遺された『物』のことだ。

 

 探索者が土地型の迷宮内で遭難し命を落とした時、あのように消えてしまう。数日でアイテム化された装備品。それから探索者の肉体が迷宮に吸収されるように消えてしまうらしい。

 

 残っているのは探索者タグ。それから迷宮とは関係ない衣類やアクセサリーなど。

 さらに日にちが経つとそれらもボロボロとなり消えていく。

 今回はそれらが残されていただけましなのかもしれない。

 そのうち探索者のタグだけが残されている、そんな場面に出くわすかもしれない。

 

 迷宮とは何なのか、なぜ地球上のあちこちに、別世界とも思われる入り口が生まれてしまうのか。

 そんな途方もない疑問を浮かべていると、いつのまにか俊太郎は眠ってしまった。

 



 気が付くと、外はうっすらと明るくなっている。

 顔を拭いてから、テントから這い出てみるが、二人はまだ寝ているようだった。

 

 焚火の燃え残りに薪を追加して、お湯を沸かした。

 ドリッパーにフィルターを重ねて、コーヒーの粉を入れる。

 お湯を静かに回し入れはじめると、朝の心地いい空気に良い香りが追加された。

 

 

「おはようございます」


 俊太郎のコーヒーに釣られるように、女性二人もテントから出てきた。

 彼女たちの為にもコーヒーを淹れる。紫雨はブラックで、日菜子はミルクと砂糖を足したものだった。

 


 静かな空気。地上では中々お目にかかれないような景色の中では、贅沢な時間を過ごしているように思えた。

 

 軽食を取ってから、荷物を軽く片付けをする。

 今日も探索を行うが、タイムリミットは早い。当然暗くなる前に地上に戻るには、それよりも早く帰還を始めなければならない。

 

 荷物をまとめ、帰るときにはすぐに出られるようにしなければならない。

 タープだけを残し、テントも片づけてしまう。

 貴重品などだけ、浮く台車であるトロリーの上に置いた。

 

 

 目指すはやはり、丘の近辺だ。

 手がかりはそれくらいしかないが、昨日に見つけた探索者の遺品のほかにも何かあるのかもしれない。

 

 俊太郎がトロリーを引きながら歩いていく。

 硬い岩肌に囲まれた迷路のような道程を進む。

 

 まっすぐあの丘を目指すと意外と素早くたどりつくことが出来た。

 丘に出ると、魔物の数が増えたように思えた。

 なんとか前回の近辺にたどり着くと、タブレットに反応があることに気が付く。

 

「近くに印がある。もう少し先だ。気を付けて行こう」

 

 頷く二人とともに、丘を登っていく。

 

 山というにはなだらかで、ただの丘を想像すると険しい。

 岩がゴロゴロと周囲にあり、登ったと思えば、下り坂の先に再び上ることになった。

 

 しかも大抵そういう場所には魔物がたむろしているのだ。

 

 四体のオークがこちらを見つけて、襲い掛かってくる。

 オークは体力や攻撃力が高い。時間をかけてしまうと、他の魔物が寄ってくる可能性があった。

 

「月影」


 火属性の付与魔法が掛かった紫雨の斬撃がオークを切り裂く。

 振り下ろしからの切り上げまでが一つのスキルであるこの斬撃は、紫雨が良く使用するスキルのうちの一つだ。

 切り裂いた斬撃のあとには、切り口から炎の跡が走った。

 

 紫雨の攻撃力は日に日に強力になっている。

 オークなどの人型の魔物相手には、ばっさばっさとなぎ倒していくような頼もしさまであった。

 

 

 

 そのゴブリンは、丘を少し下ってちょうどくぼみが出来たような場所にいた。

 タブレットを見ると印の位置があのゴブリンがいる場所と重なっているのだ。

 

「先生、あのゴブリン、首に腕時計をぶら下げています」


 紫雨がこそりと言う。

 確かに、何かぼろい紐のようなものを首に括り付けており、ちょうど腹のあたりに黒いものを付けられている。

 

「行ってみよう」



 俊太郎たちがゴブリンに近づくと、そのゴブリンは大げさに驚いた様子だった。

 飛び上がるように、一度後ろにさがるとこちらを警戒している。

 

 日菜子が精霊を召喚する。

 しかし、ゴブリンはパッと背中を向けて去っていく。

 

「嘘でしょ?」


 日菜子が思わずと言った具合で叫ぶも、俊太郎と紫雨だけで追うことにした。

 

「火の精霊だけでくるんだ」


 俊太郎が日菜子に指示を出す。土精は足が遅い。

 魔物を追いかけるのには向いていなかった。


 

 ゴブリンが逃げた先には一体のスケルトンがいた。ボロボロの防具を身にまとい、いくらかの激しい戦闘を乗り越えてきた、そんな出で立ちであった。

 

 スケルトンは、大きな両手剣を持ちながら、こちらをゆらりと虚空から覗いているかのようだった。

 俊太郎たちを獲物と定めたのか、ゆったりと歩き始める。


 ぞわりと鳥肌がたつような、気味の悪さが身体を駆け巡った。

 俊太郎は逃げようかと、後ろを振り向く。

 日菜子が急いでこちらに向かってきているのが見えた。

 スケルトン後ろに隠れるようにしてゴブリンがこちらを覗いていた。

 

 逃げられるとも限らない。目の前にはゴブリンの首にぶら下がった探していたであろう腕時計がある。

 

 俊太郎は急いで魔法を唱えた。保護魔法と火属性付与魔法を自身に掛けると、盾を構えた。

 

 スケルトンがすっと踏み込んでくる。

 紫雨も構えるが、紫雨の方を見ながら俊太郎は首を振った。

 日菜子の方に指を差して、彼女がたどり着くのを待つのだ。

 

 

 スケルトンは大ぶりな攻撃を仕掛けてきた。大きな両手剣は斬るというよりも叩きつぶすという方が正しそうであった。

 ガツンと地面にぶつかる。

 地面にあった小さな石ころにぶつかった衝撃で、砕けた石が飛び散る。

 破片が俊太郎の方へ吹き飛んでくるも盾で顔覆った。

 

 俊太郎はスケルトンの攻撃の隙をついてマジックソードで切り付けた。

 白い骨に魔力の塊がぶつかりはじけ飛ぶ。切りつけた先から炎がぶわりと燃え上がった。

 

 

 日菜子が召喚を終えて準備が完了したようだった。

 土の精霊がスケルトンとゴブリンを引き付ける。

 

 後ろにいたはずのゴブリンまで土精から顔をそらせない。

 俊太郎は保護魔法を唱える。土精に一瞬身体を覆うようなバリアが一瞬輝くように光った。

 

 

 紫雨の刀が煌めく。しかし、スケルトンが剣を打ち合った。無理な態勢からだったが、意外にも素早く剣を合わせた。

 紫雨はさっと引いてから再び剣を鞘に納めると、腰を落として隙を伺う態勢にもどった。

 

 火の精霊がふわりと浮き上がる。玉のような何かが燃え盛り、その周りをファイアーボールが数個産み出された。

 

 そのファイアーボールが発射されるとスケルトンにぶち当たる。

 衝撃は意外と大きかったようで、スケルトンは数歩バランスを崩すように後ろに下がった。

 

 俊太郎が魔法を放つ。

 青白い閃光とともに放たれたのは雷の魔法。魔力でつながった先は、スケルトンとゴブリン。

 バチリと襲撃が走る。

 追い打ちをかけるように紫雨が走る。今度はスキルの輝きが放たれた。

 

「月影!」


 紫雨のか細いからだから刀のように切れ味の鋭い掛け声が上がる。

 二連撃は、スケルトンの胸のあたりから頭を切りさき、向きを変え、再び頭上からの振り下ろす。

 

 明らかにダメージはあるように見えた。頭蓋骨もあばら骨も、いくつかの破片が飛び散っていくのが分かった。

 

 にもかかわらずスケルトンは土精に向けて剣を振り回すようにたたきつけた。

 

 保護魔法すらも意味をなさないかのように、土精の身体からその一部だったであろう土や砂が飛び散っていく。


 俊太郎が斬りかかる。

 火の精霊が再び攻撃をしかけた。今度は火を纏いながらの体当たりを打ち付ける。

 連続で攻撃が当たったスケルトンは、バランスを崩した。片膝をつきながらも武器を構えた。

 振り払うように両手剣を振り回すが、俊太郎は素早く回避をする。

 火の精霊もいつの間にか後ろに下がっていた。

 日菜子が、祈りをささげるように土精を回復させる。その手には鞭を持っていた。

 

 俊太郎は火属性付与を日菜子にも支援する。これまで何度か攻撃しているが、それなりの攻撃力はあるようだし、付与を行えば火属性の通りがいいスケルトン相手には十分な攻撃力を持つだろうとの考えの元だった。

 

 大きな重量のものがぶち当たったかのような衝撃音が鳴る。それが鞭によるものだと気が付いたのは、当たった場所から炎を噴き出たときだった。

 

 重ねるように紫雨が刀を振るう。

 紫雨の身体が飛ぶように早くなった。気が付いたときには刀が振り下ろされている。

 スケルトンはバラバラになるのではと思われるほど、大きく吹き飛ぶ。

 紫雨は反動で動けないのか、刀を振り下ろした姿勢のまま硬直していた。

 

 スケルトンが倒れ、残されたのはゴブリンだけだ。ちょうど隠れるようにしていたゴブリンが驚いた顔をしながら見ていたが、急に切り替えると紫雨に向かった。

 

 咄嗟に身体が動いた。

 俊太郎は左手に持っていた盾で、ゴブリンを殴りつける。

 グギャ、と潰されたような汚い声を上げる。信じられないものを見るようにこちらを見ていた。

 もう一度盾で殴った。

 

 紫雨が俊太郎の脇から飛び出ると刀を振るった。スキルも何もないただの斬撃である。

 下からすっと斬りあがるようなその斬撃を、ゴブリンは恐怖で顔を引きつらせながら後ろに下がって回避した。

 

 ポトリと、腕時計が落ちる。

 

 首にかかっていた紐が刀で切れたのか、ゴブリンがぶら下げていた首からなくなっていた。

 ゴブリン自身もそれに気が付いたのか、首を触っている。

 

 その時、カタカタと音がした。

 そちらを向くと、スケルトンが再び起き上がろうとしているのが分かる。

 地面に散らばった骨たちがスケルトンの方へと戻っていくのが見えた。

 

 スケルトンを起き上がらせると面倒だ。今のうちに攻撃を叩き込もうと合図をした。

 

 俊太郎は腕時計をさっと回収する。ゴブリンを見ると、迷いをみせ逡巡したあと逃げ出した。

 

 俊太郎は追わずに、スケルトンへ攻撃するのに向かった。

 運よく倒せたが、再び起き上がらせると危険だと考えたからだ。

 

 俊太郎の魔法を使い、無理やり倒すことに成功した。震えて起き上がろうとしていた骨はバラバラに散らばり動き出すことはなくなった。

 

 スケルトンが落とした深界石も今までに見たことがないほどに大きいものだ。

 

『ゴブリンもそうだけど、このスケルトンもイレギュラーっぽいな』

『あんな逃げまくるゴブリンなんて見たことねーよ』

『土の精霊ちゃんのヘイトもすぐに振り切って行っちゃったしな』

『しかしよく倒せたね。ちょっとこわかった』



 土地型の迷宮には魔物もイレギュラーや特殊個体といって、一般の魔物とは違い強化されたり、普通とは違う行動をする魔物がいる。

 恐らく今回のゴブリンやスケルトンもそういう個体だったらしい。

 正確には組合に深界石を見せなければならないため、ゴブリンは分からない。

 

 

 俊太郎たちがゴブリンが逃げた方へ進むと、ほらあなが見つかった。

 その中にゴブリンがいるのではと警戒しながら進んだが、それらしい魔物は存在しなかった。

 

 その代わり、黒い瘴気のようなものが漂っている。その中心には渦のような黒い何かが蠢いていた。

 俊太郎はそれを見た瞬間なにやら怖気を抱いた。

 これは存在してはならないものだと本能に訴えかけてくるような、気味の悪さを感じた。『声』もどよめくような騒ぎである。

 

 毛が逆立つくらいぞっとするのだ。

 紫雨や日菜子の二人も青い顔をしていた。

 

 

「戻ろう……」


 俊太郎はそう言葉を発すると逃げ帰るようにその場を後にしたのだった。


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