建石2
俊太郎たちが再び「建石」の迷宮に来ることができたのは、あれから一週間経った後のことだった。
平日はそれぞれの日常を過ごしながら、軽く簡易迷宮に行ったりしたものの、本格的に探索を行うことはなかった。
新しいスキルを覚えたり、新しい装備を購入したりもした。
更にキャンプ用具なども増やしたが、荷物が多くなるのが懸念材料ではある。
「やあ、こんにちは」
再び集まり、建石のゲームセンターに入りいよいよ迷宮入りだと考えていたところで出迎えていた人物がいた。
新谷誠司と名乗る探索者だった。
相変わらず真っ黒な恰好に気障ったらしい喋り方の男である。
「どうもお久しぶりです」
返事をした俊太郎のことを意外そうな顔で日菜子や紫雨がちらりと見るのが分かった。
これから探索に出ることなどを話ながら、軽い世間話をする。
さっさと無視して迷宮に向かいたかったものの、あまり無下にも出来ない。
特に土地型の迷宮では、探索者同士の顔を覚えてもらうことも重要な要素であるらしい。
「それにしても荷物が重そうだ」
「今回は泊まることを想定した荷物で来てます」
紫雨や日菜子にもその予定で、来てもらっている。
そのため惠ちゃんも紫雨のお母さんに食事の用意をしてもらったりと、色々とお願いしてまわった。
「実はこんなものがあるんだけど」
そう言いながら取り出したのは台車のような大きさの一枚の板である。
厚みもそれなりにある。なにをするかと思えば床に置いた。
するとふわりと宙に浮いている。
「どうだい。すごいだろ。もうすぐ探索者用に出回るものなんだ」
「なるほど。確かにすごいですね。もしかして深界石を使っているものですか?」
「その通り。よくわかったね」
つまり迷界の中や迷宮内でしか使用できないものだ。深界石を使用した便利なものを開発されているが、それらは結局日常では使えない。
迷界などでしか使用できない物だった。
「これを君たちにあげよう」
「いや、そんなの遠慮しておきます。さすがにもらえないですよ」
「実は結構数を持っているんだ。試用して感想を集めている最中でね」
どうやら開発を行っている人間が知りあいにいるらしい。押しが強く断り切れなかった俊太郎は結局受け取ることになった。
「そんなに気になるなら発売したら製品版を買ってやってほしい」
そんなことを言われて受け取ってしまったのだった。
「こんな話をした後だからちょっと気が引けるが、君たちクランは興味ないかい?」
「クラン、ですか」
土地型の迷宮では探索者同士の協力が不可欠である。
パーティーは結局六人までしか恩恵は受けられないにしても、協力しあうことはいくらでもある。
人が少ないパーティーの手伝いや、欲しい物の共有であったり、情報の共有もある。
メインのパーティーが探索を行っている間に、食事やテントの守りをサブのパーティーに任せているところもあるらしい。
それら仲間同士で協力しあう探索者集団が、クランとして組合で登録することが出来るのだ。
クランとして登録できれば、非戦闘員などの協力者もクランメンバーとして認められることもある。
一つの会社のような立ち位置で、組合からもそれなりの恩恵を受けることができるそうだ。
「あまり探索者は群れるのが好きじゃない人間が多くてね。なかなか集まらないんだけど、これでも二十人ほどの仲間がいるんだ」
「新谷さんは、クランのリーダーなんですか?」
そう俊太郎が問うと、ニヤリと不適な笑みを浮かべて「そうだよ」と答えた。
どうにも恰好付けるのが好きな人のようだ。
「まあ、無理にとは言わない。ゆっくりと考えてくれ。よかったら連絡先を教えてくれないか」
そうしてから新谷とは別れた。
残された三人には微妙な空気が流れる。
「なんか変わった人ね」
「探索者には多いらしいけど……」
二階に上がってからさっそく渡された板を浮かべてみる。名前が刻印されており、フローティングトロリーというらしい。浮く台車だ。
それに紐を括り付け、荷物を載せたそれを引っ張って歩くようだ。
荷物を載せるが結構不安定だ。あまり壊れてしまいそうなものは載せられない。テント類や水などの邪魔な荷物を載せるだけでもかなり手軽になった。
こんな便利なものを渡されたが、考えてみたら普通の台車でも問題ないわけである。こちらの方が楽なのは確かだが、使用するのに深界石を使わなければならない。
二層までたどり着く間に荷物が一度転がった。こぶし大ほどの岩の上を通り過ぎたとき、トロリーが斜めにつきあがって荷物が落ちてしまった。
どうにかならないかと紐で括り付けたが問題なさそうでそれ以降はなんともならなかった。
出来ればゴム紐などを装着できる部分があれば便利そうである。
そんなことを考えながら歩いていけば大した魔物とも遭遇せずに二層のキャンプエリアまでたどり着く。
少し空いた場所にテントを張り、荷物を広げていく。貴重な物なのでトロリーも置いてはいけない。そこに盗まれてはたまらないようなものを乗せていく。この際被害があっても数千円で済むようなものは置いていくことになる。
この中で言えば、テントが一番高いかもしれない。わざわざそんな目立つことをするような探索者はいないはずだ。
なぜなら二層でさえ魔物を狩った方が稼げるはずだからである。
「よし行こうか」
少し休憩を取った後、出発する。
ポーション類を腰のポーチに装着していることも確認し、改めて二層の探索の開始である。
少し歩くと魔物の遭遇率が高くなっていくのが分かる。
スケルトンに大蜘蛛。その上オークだ。
もう個々の戦闘力では相手ではない。しかし、継続的に戦うにはまだまだだと分からされる。
この中で言えば、一番継戦能力が低いのは俊太郎である。
この日は魔法の剣を召喚し、盾をもって戦っていた。
できるだけ魔力の消費を抑えるためだ。支援の魔法もその都度必要な支援を補うように使用していた。
「マジックドレイン」
新しく魔法を覚えた俊太郎が、魔法名を唱えた。
魔物から持っている魔力を吸い取り、魔力を回復する魔法だ。
あまりどの魔物も魔力を持っていなさそうだったが、それでも俊太郎の魔力は多少回復した。
しかし、ぐっと身体から別の力が抜けていくのが分かる。
紫雨が言うにはそれが『活力』の抜ける感覚だという。
『魔法使いは活力少ないから気を付けろ』
『剣士とかなら攻撃してれば回復するけど、魔法使いは回復手段すくないからね』
『マジックソードはどうなんだろ。回復するのか?』
『わからんな。そもそもそういう戦い方してるヤツは少ない』
魔力ポーションも余るほどあるわけではなく、何も考えずに使ってしまうとすぐになくなるだろう。
マジックドレイン以外にも『瞑想』などというスキルもあるが、一度座ったり集中しなければならない。迷宮の探索中に使うには中々度胸のいるスキルであった。それでさえ、結局は活力を消費するのである。
魔力をあまり消費しないようにマジックソードで切り付ける。
スケルトンには魔法系統の威力が通りやすいのか、結構サクサクと倒すことができた。
するといつのまにか『活力』が回復しているのが分かった。
活力が少ないというのは、意思の力が弱まっているような、そんな感覚である。
眠いときのような精神状態に近いかもしれない。
「活力が減るのって結構キツイんだな」
「私も最初は結構驚きました。だけど迷宮で魔物を狩っているうちにあまり気にならなくなりました」
それはおそらく、剣士としての能力があがって、所謂『存在力』というものが上昇したのがきっかけだろう。
存在力が上昇し能力が増すと活力などを中心に能力が上がるのが剣士という迷宮職業なのかもしれない。
逆に、魔法使いには活力はほとんど上がらない。魔力値や魔法影響力などが上昇するため、本来であれば前衛などは向いていないということだ。
二層は周囲を大きな岩壁で囲まれている。
入り組んだ谷底に、這いまわっているようにも感じるほどだ。
そのおかげか、砂埃は一層ほど感じられない。
暑さもそれほどではなく、ジワリと差し込むような日光とひんやりとした日陰のコントラストがここちよいくらいだった。
岩の隙間からスケルトンがカタカタと出てくることにも慣れてきた。
まるでホラーだが、そういうものだと思えば、なんとなく出てきそうな場所は分かってくるようにもなる。
蜘蛛もそういった隙間から這い出てくることが多いが、オークやゴブリンなどはまるで探索者かのようにぞろぞろと歩いてくるのだ。
おそらくタブレットがなかったら迷っていると確信できるほどに、入り組んだ地形は、なぜこのような形をしているのか不思議なほどに迷宮然としている。
迷界と呼ばれる所以はこういうところにあるのだろうかと、思わず俊太郎は考察してしまうのだった。