日曜日に
大蜘蛛やスケルトンが出現する迷宮を攻略してから一日が経った。
その日も三人で迷宮には行ったものの、短い時間で探索を終えて早い時間に解散した。
本当は休みにしようか俊太郎は考えていたのだが、休みの日でも軽く迷宮に行っていることがばれてしまった。
二人も一緒に行きたいと宣言され連れて行かざるを得なかったのである。
俊太郎が魔法を放ち、二人も攻撃には参加するが、それも倒しきれなかった敵や階層主などがメインである。
大蜘蛛とスケルトン相手ではかなりスムーズに進むことが出来た。
五層を超えて、六層の相手もしてみたが、それまでとそれほど変わった感じはしなかった。
軽く様子を見た後はすぐに帰宅し、三人で食事に行った。
駅近くのレストランに入り、タブレットを見ながら二人の装備などの相談をした。
二人はそこまで見た目にこだわりがないようで、何でもいいと言うが俊太郎としても、二人に変な恰好はさせられないと悩む。
もうすでに、色物っぽい見た目になってるのではないかと俊太郎は気にしていた。
二人と解散したあと、俊太郎は「建石」にある組合に来ていた。
土地型迷宮に入るための申請や、資料を見るためだ。
建石の土地型迷宮は比較的新しく、ここ数年で現れた迷界でもある。
電車から降りてすぐの場所に組合があり、その隣に迷界化した建物が建っている。
建物はカラフルな看板と入り口にクレーンゲームの筐体がぽつんと置かれている。おそらくゲームセンターだったであろう場所だ。
一階はゲームセンターのまま残っている。クレーンゲームやメダルゲームなどの筐体がその当時のまま残されているらしい。
俊太郎はそのまま組合に行くと、探索者のタグを受付で見せ、資料室に入る許可を貰う。
本来探索者であれば、勝手に入ってもいいものだが、この組合には初めて来た。
あちらです、との声の通りに進んでいくと、重たそうな扉には資料室と書かれている。
キイ、と音のなる扉を開け、ゆっくりと閉める。
中は防音が効いているのか、閉めた途端に外の雑音がシャットアウトされた。
そこまで広い室内ではないが、人が一人座っている。奥の棚から資料を探す。
それほど奥まったところではなく、手前の方だったが目当ての資料をいくつか見繕い、先客から一番離れたところに座った。
建石の土地型迷宮では、一階も二階も迷界化したゲームセンターで出来ている。二階の奥まった場所に進むと急に荒野のような荒れた大地が現れる。
物理的にあり得ない構造だが、その荒野はもうすでに日本の地ではない。
異界なのかなんなのか、時空がゆがみ、この世界とは別の時空へと繋がっているのだと語る学者はいるが、確かにそれ以外に説明のしようがないのだ。
出てくる魔物は様々で一階層ごとに様変わりする。
今回も目標である階層は二階層。そこではゴブリン、オーク、大蜘蛛、スケルトンが出現するようだ。
簡易迷宮などで出現するような『アイテムカード』はドロップしない。
魔物を倒し、実際に体内を切り開いて、深界石を取り出す必要性がある。
そして深界石は必ず一つ体内に埋め込まれている。
これが土地型迷宮での収入になるようだ。
そもそも『深界石』とは何なのか。俊太郎は疑問に思い調べたことはあるのだが、詳しいことは分からなかった。
なぜ『深界石』という名前なのか。深界人に関係してくるものだというのは名前からして想像しやすいが、実際のところは分からない。
建石の迷宮では最深部が七階層となっている。まだ歴史の浅い迷宮でベテラン探索者の数も少ないのか、最深部を更新できるような探索者の数が限られている。
実際七階層ともなると、難易度としては簡易迷宮でも四段階ほどであり、かなり手ごわい部類に入る。
世界的に見れば、五段階の迷宮を軽く攻略してしまうような探索者は、かなり数が少なくなる。その五段階にも易度にばらつきがあり、段階の設定も正確ではない。四段階以降の難易度の迷宮を便宜的に五段階としているというだけの話だ。
調べた内容をメモで書き取り、重要な部分をまとめていく。
後ほど編集しデータ化しておけば、印刷などを行うことも出来る。
資料を返却し、荷物をまとめる。
「こんにちは」
声をかけられた。思わず驚いて顔を見ると、来た時からこの資料室にいた男がこちらを見ていた。
黒い服は少し暑苦しいが、顔のいい男だった。
髪は脱色でもしているのか、白っぽい。
俊太郎はなんとなく、高難易度の迷宮をいく探索者だと思った。
「どうも。なにかありましたか?」
俊太郎は何か失礼でもしたかと思った。あるいはルールのようなものを逸脱してしまったかと、相手に聞いたつもりだった。
「いや、初めて見る顔だったから」
それだけだ。それだけで話しかけてきたのかと、俊太郎は怪訝な顔をしてしまう。
「ごめんごめん。もしかして『向こう』に行くのはここが初めて?」
向こう、とは土地型の迷宮のことだろう。土地型の迷宮に対して、簡易迷宮は実際には存在しないと言われている。
迷界や異界などと呼ばれる、異世界とは、土地型迷宮のことを差す。
その土地型迷宮を模して造られたものが簡易迷宮であると、そういう説が割と主流として探索者の中では語られているものだ。
「ええまあ、そのために調べものをしているところです」
「なるほど。中々勤勉でよろしいね。探索者はそんな風に調べる人も少ないから。特に土地型は、慎重なほど生き残る。君も行く予定なら頑張って」
そう言いながら、胸ポケットから何かを取り出し渡してきた。
名刺である。
「こんなのを配ってるんだ。結構喜ばれるんだよ」
紙の名刺とはちょっと古臭いが、質の良い紙に彼の名前が書かれているのを見るとおそらくそこそこ有名な人物のようだった。
そんなことよりも、手袋から指先が出ている穴あきグローブというものを付けていたのが気になった。
探索終わりか、これから迷宮に行くつもりなのだろうか。
結局俊太郎が自分の名を名乗る前に、男は資料室を出て行ってしまった。
男の名前は「新谷誠司」
あまり探索者のことを知らない俊太郎は彼がどのような人物なのかを知らなかった。
それからそれぞれの平日を過ごし、再び週末がやってきた。
その間、迷宮に行って探索もしたりしたが、それほど深くには行っていない。
二人にも調べた情報を共有するために時間を使ったり、装備を整えるために魔物を数多く狩ることを優先したりした。
そのおかげか、細かな装備も整った。ポーションなどの消耗品も全員にいきわたったし、スケルトンや大蜘蛛などの魔物にも慣れてきた。
木曜日にはいつも通り、家庭教師として紫雨には会っていたし、その翌日には日菜子と惠を含めた四人で食事にいったりもした。
今回行くことになる迷宮や、どんなモンスターと戦うのかと話したりもしたが、惠は少し心配そうな顔をしていた。
魔物については問題ないはずである。向かう先の魔物の強さも二段階前半の一般モンスターとそれほど違いはないと言われている。
しかし、土地型迷宮では何が起こるか分からない。イレギュラーのようなものも発生する可能性があるし、画一化され、用意された魔物が現れるわけではないのだ。突然変異のような魔物が発見される例もあるらしい。というのは調べて分かったことだ。
土地型の迷宮は簡易迷宮とは違い、遭難などをする可能性があった。低階層は人の目がある場所も多いが、それでも広大なエリアは迷えば戻ってこれないこともある。
特に今回のような探し物をする場合、奥深くまで侵入し探さなければいけないこともある。
簡易的な休息もとれるように、荷物をいくつか背負っている。
多くが日菜子や俊太郎が荷物を持っているが、前衛である紫雨は軽いものを持たせた。
タブレットは俊太郎が持つことにした。
今回俊太郎は魔法をメインに使用することにして、戦闘はできるだけ任せることになった。
電車に乗って建石に向かう。降りてすぐのところにある組合で武器を受け取るのと迷宮に入る申請をすることになる。
初めて入る土地型迷宮では申請書を出し、サインをかかなければならない。入るのは自己責任であるということを理解しているのだと最終確認をするためだ。
ゲームセンターの建物の入り口を進む。ゲームセンターらしくユーフォーキャッチャーなどが置いてある。
なぜか中に商品がおいてあるが、これは迷界化したせいでそこにアイテムが補充される仕組みのようだ。
プレイすることも出来るようだが、お金ではなくゲームセンター内で購入したコインでしかやることはできないらしい。
一階のゲームセンター内には探索者らしき人物が数人遊んでいるように見えた。
コインに換金するには深界石が必要で、換金する機械の前で青い石を大量に投入している人物がいた。
俊太郎が出会った、新谷誠司である。
俊太郎は気が付いたが、二階にさっさと進むことにした。
二階にもゲーム機の筐体がいくつか並んでいた。こちらではプレイしている人はいなく、あるのも完全にゲーム機ばかりでプレイしたところで遊ぶことしか出来なさそうだ。
普通ゲームセンターは暗い場所だ。二階の一番奥まった場所はやはり暗いはずだが、そこからは光が漏れている。
岩がゴロゴロとした景色がいくつも広がった荒野のような場所だ。
入り組んだ迷宮のように大きな岩に囲まれている。
自然などの緑はところどころにあるが、それでも圧倒的に少ない。
「不思議な場所ですね」
紫雨が言うように不思議だった。
その上、簡易迷宮などで感じていた匂いがなくなることもなかった。
砂埃が混じったような埃っぽい匂いが、ここに立ち入ったときからずっとしている。
中では探索者を見かけることがあるかと思ったが、一層にはいないようだ。
さっそく進んでいく。二層があるゲートの位置はいくつか発見されていて、道も整備されているくらいである。
タブレットを開くとマッピングツールというアプリケーションを開いた。
未開のエリアを探索するときなどは、アプリに書き込んでいけば簡易的なマップを作ることができるし、それらはオンラインで公開することも出来る。
さらにカメラなどと連携すれば自動で詳細なマップをデータ化できるという優れものである。
ここ一年かそれくらいに新たにアプリとして公開されたもののようだが、誰が作っているのかは不明だ。
そのマッピングのアプリから建石の一層を選ぶ。
すると何もない荒野のマップが表示された。そこにタブレットの位置、つまり俊太郎たちがいる位置も表示されている。
「それにしても砂埃がひどいわね」
日菜子が言うように確かにひどい。
荒野は風が吹き荒れ、風に流されて砂が舞っている。
念のために用意してきた、数枚のハンカチを鞄から取り出し二人に渡す。
「口を覆うだけでもした方がいいかもしれない」
ハンカチを広げて三角にすると口を覆ってから括る。
一時間ほど歩いただろうか。ようやく一層の半分ほどにたどり着いた。
ここまでちらほらとゴブリンの影が見えたくらいで、こちらに寄ってくることもなかった。
前方から、何かが歩いてくる。タブレットをしまい、戦闘が出来る用意をする。
紫雨や日菜子にも注意を促す。
カチャカチャと音を立てて歩くのは探索者だった。
軽く挨拶を交わしながら通り過ぎた。迷宮内で人に会ったのはこれが初めてだった。
俊太郎はかなり緊張していたのに気がつく。
『休憩挟んだら』
『結構強そうだったな』
『いやーこえー』
深界人までざわついたようで『声』が流れるように聞こえてくる。
「少し休憩しようか」
迷界の中にいる間は、休息もそれほど必要ないが、やはり精神まではなんともならない。
当然睡眠は必要だし、疲れは蓄積されていく。
リュックの中からペットボトルの水を飲む。そういえば、迷界の中で飲み食いをしたのはこれが初めてだと俊太郎は思った。
軽く食べることのできるビスケットや保存食も持ち歩いているが、おそらく必要はないはずである。
二層までは行く予定だが、軽く探索したら今日は帰る予定であった。